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第50話「セクシーエプロンマン」

やたらと眠れた気がする。 「ん、あー、めっちゃ寝た。何時だ?」 芽依は大きく伸びをしようとして、手がソファの肘掛けに当たった。 「いて、あ、そっか。ソファで寝たんだった」 部屋の片側全面を埋めている窓から、カーテン越しに日差しが差し込んでいる。 テレビをつけて画面の右上の時間を確認すると、午前11時20分と表示されていた。 「ギリギリ午前中、、鷹夜くんは、寝てるか」 起き上がると身体が痛んだ。 ベッドで寝ていないから仕方ないな、ともう一度伸びをしてから、芽依は立ち上がって顔を洗いに行く。 昨日は風呂に入らずに寝てしまったからか、髪がベタついていて気持ちが悪く、顔を洗いに行ったついでにそのままシャワーを浴びる事にした。 「んー、、あ。朝飯作ろ〜!鷹夜くんに食べさせてやろ!あの人軽過ぎるから太らせた方がいいよなあ」 昨日抱き上げたときの軽さを思い出し、豪勢に先日買ってきたベーコンを全部と卵は1人2つずつ焼いて、トーストも2枚食わせよう、と悪巧みをする。 温まった身体で浴室から出ると、着替えを持ってきていなかった事に気がついた。 パンツだけは脱衣所の棚の中にある。 「まあいっか」 テキトーに買った派手な柄のボクサーパンツを履いて、役柄のために伸ばしたままにしている髪から滴り落ちる水滴をタオルに染み込ませ、ガシガシと頭を拭きながら脱衣所を後にした。 「エプロンエプロン」 着替えは全て寝室のクローゼットの中だが、せっかく鷹夜がゆっくり寝ているのだからと遠慮した芽依はそのままの格好にエプロンだけを付けて、冷蔵庫から卵、ベーコン、食パンを取り出した。 (俺にしては珍しく食品買ってたなあ) 普段は酒とつまみくらいしか入っていないときも多々あるのだが、いつだったか帰りに中谷が寄りたいと行った深夜までやっているスーパーで一緒に買ったものが今はどっさり入っていた。 野菜は腐るからと迷ったが、中谷に押されて買ったレタスとキャベツ、ミニトマト、ジャガイモ。バランス良く栄養を取るように、と言われたものは全部同じ飼っていた。 ニンジンも。 (まあ主に、朝ご飯用のものなんだけど) これだけは世話できないから、と笑って言われたのを覚えている。 あんまりにも忙しかった頃は、朝ご飯まで迎えの車に用意してくれていた時期もあったが、彼女の負担が大き過ぎてそれはやめるようにと芽依自身が言ったのだ。 だからと言って現場に用意されている朝飯はと言うと、太りそうなコンビニのパンやおにぎりばかりだった。 「ちゃんと作るのは久々だなあ〜」 だから、たまに抜くがトーストだけは家で食べるときがあった。 けれどこうしておかずもきちんと添えるのは久々だ。 一緒に食べる人がいる嬉しさもあって、芽依はるんるんとフライパンを火にかけ油を敷いた。 「朝ご飯って言うか、昼飯の時間だけど」 深夜まで飲んでいた事もあり、変に腹が張っている彼としてはこれくらいの量がちょうど良い。 下手にラーメンやバーガーは食べに行かない方がいいだろう。 出来上がったら鷹夜を起こそうと決めて、それまでは大きな音を立てて起こさないよう、静かに腕を振るった。 「、、、んぁ、」 一方で、鷹夜はいい匂いがして目が覚めていた。 「ひ、より、、?」 それは半年前まで先に彼女が起きた休日によく嗅いでいた匂いで、まどろむ意識の中でとても懐かしく、愛しく思えた。 「日和、、あ、れ?違う、芽依くん、か?」 ジュワッと言う音が頭に響いた瞬間、鷹夜はパチッと目を開いて覚醒した。 意識がハッキリすると、自分がもう日和と別れている事も、日和にされた裏切りも、一気に頭の中に思い出される。 そして何より、ここが俳優・竹内メイの自宅であった事も、昨日散々飲んだ記憶も頭を駆け巡っていった。 「ふあ、ん。めっちゃ良い匂いする」 どこだ?と思うような部屋のベッドから足を下ろして立ち上がると、少しフラついた。 あくびをして振り向くと、やたらと大きいベッドが目に入る。 向き直って目の前にある引き戸をガラリと開けると、良い匂いはいっそう強くなって、眩しいリビングが視界いっぱいに広がった。 「あれ?鷹夜くん?」 まだしょぼしょぼする目を瞬きさせながら声のした方に向かった。 よたよた歩いて玄関から繋がっている廊下まで行くと、キッチンで芽依がフライパンを持って立っていた。 「起こしたか。おはよ。よく寝れた?」 「、、寝れた。おはよ」 それは何だか、お互いに気恥ずかしくなった。 つい先日までメッセや電話で言い合っていた言葉を、相手の顔を見てきちんと言ったからだ。 芽依は照れたようにニッと笑い、鷹夜は少し眠そうにしながら、笑う彼から視線をずらし、足元のフローリングを見ながら言った。 「めっちゃ良い匂いする」 「んー!今ベーコン焼いてて、目玉焼きも、」 「いや待て!!お前どんな格好で料理してんの!?」 「え?」 芽依へ視線を戻した鷹夜はすぐさまその違和感に気が付いた。 竹内メイとは日本の俳優でアイドルもやっており、「存在に顔射(感謝)する」と謳われていた程に顔が良く、エロい。 そんな男がパンツ一丁にエプロンを身につけた男版の裸エプロン状態には、流石の鷹夜でも驚きを隠せなかった。 (朝からハンパなくエロいな!!?) 鍛え上げられた硬い肉体。 腕の筋肉は美しい曲線を描いていて、浮き出た青い血管すら艶かしい。 乳首やら腹筋やらは見えていなくとも、脇の下や横っ腹にすらついた筋肉がチラチラと見えるのは何ともいやらしかった。 「あ、これ?だって鷹夜くんが寝室いたから着替え取れなかったんだもーん」 「もーん、じゃねえよ!!裸エプロンじゃん!!天下の竹内メイが何してんの!!」 「天下ってなに」 くっくっと笑う芽依を見て、鷹夜は「漁るからな!」と言って寝室に戻ると、クローゼットを漁って見つけたTシャツを持って再びリビングに戻り、芽依のいるキッチンまで大股で歩いてくる。 「着ろ!ベーコン焼くのは俺がやる!」 「え?いいの?ありがと〜」 改めて見ると、エプロンとパンツ以外着ていない後ろ姿は中々にエロい。 広い背中にギュッと刻まれた筋肉の凹凸はまじまじと見入ってしまうくらいに見事だった。 (いいなあ。俺もあのくらい筋肉欲しい) 芽依がフライパンをコンロに置くと、鷹夜がTシャツを渡して場所を入れ替わる。 エプロンを脱いでソファの背もたれに掛け、Tシャツを着て、芽依は一息ついて鷹夜の方を振り返った。 (鷹夜くんと迎える朝っていいなあ、、昼だけど) 鷹夜がキッチンに立つ姿は、何とも言えないごく普通の日常のワンシーンだった。

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