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第54話「誰と行くか」
「あ、時間潰すのさ、近くのカフェ行かん?」
「お。いいね。俺、前はよくカフェ巡りしてたよ」
「1人で?」
「1人だったり、荘次郎と行ったり。泰清いると目立つからめんどいんだよね」
マンションの裏手にあるコインパーキングに芽依の車を停めて、2人は鷹夜の家にいた。
少し古いマンションは築39年の10階建。その8階の角部屋が鷹夜の家である。
6年程前にリノベーションされた後に鷹夜が引っ越してきたので、住んでいる部屋自体は新しくて綺麗だ。
ユニットバスのトイレは少し流れにくいが。
ついでに文句を言うなら、キッチンのシンクがいやに小さい。
30センチ×40センチくらいしかなく、洗い物をするのが不便でならなかった。
芽依はカーペットの上に座って小さいテーブルに肘をつき、テレビを見ている。
「男の部屋って感じ」
鷹夜の家に入って第一声はそれだった。
殺風景だが生活感だけはある部屋を見回し、ぐちゃぐちゃなクローゼットの中を見て笑い、とりあえずもう一度回し始めた洗濯機が止まるのを待つ事になった。
鷹夜は着替えが終わったところだ。
「すげーな。やっぱイケメンは違うな。俺1人でカフェ行けないから、今だ!!と思って誘った」
「なんそれ。何で?」
「オシャレじゃん。1人で行くの怖いじゃん!!」
「ええー、、」
また三十路だ何だと騒ぐのか、と芽依は呆れて苦笑いを浮かべる。
ぼふん、とベッドに座ると、鷹夜は腕を組んで彼を見下ろし、ふん!と勢いよく鼻息を吹いた。
「俺みたいな地味な奴が1人でカフェ行ったら絶対場違いって思われるじゃん!!」
「偉そうに言わないで??」
鷹夜の私服は昨日一度着て脱ぎ捨てていたものだ。
白いTシャツにネイビーのパンツを履いて、先程もう一度ごった返しになっているクローゼットを漁って見つけたサコッシュを肩から掛けた。
「鷹夜くん、人に自虐やめろとか言うくせに自分もすごいやるよね」
「はっはっはっ。うん」
ベッドの上で腕を組むのをやめ、鷹夜はシーツに手をついて天井を見上げた。
ゴウンゴウンと低い音で洗濯機が回っている。
「すぐそこのカフェ、割と最近できたんだよ。ただ女の子が多くて行きにくい」
「あー、それは少し分かる。竹内メイってバレてめっちゃ騒がれたことある」
「はは、芸能人も大変だな」
芽依の今日の服装は、昨日と違って黒いダメージジーンズとスニーカー、上はダボっとしたくすんだグリーンのTシャツを着ている。
昨日と同じなのは黒い帽子と黒いマスク、あと度の入っていない黒縁メガネだ。
「今後の参考に聞きたいんだけど、その辺の店とかコンビニは普通に入って良いんだよね?昨日もスーパーとか寄ったし」
「うん、大丈夫。そんなに気付かれるもんでもないし、全盛期よりファン減ったからそこまで騒がれない」
「自虐ネタじゃねーか。お互い人のこと言えないなあ」
「あ、ホントだ」
笑い合ってから、洗濯機が止まる時間を確認する。あと30分と出ているが、テレビを見て待っているのも何なのでやはりカフェに行く事にした。
「カフェ行って帰ってきて洗濯物干したら、とりあえず合鍵作りに行くか」
「付き合いたてのカップルみたい、、幸せになりましょうね」
「いや、気持ち悪いから」
マンションのエレベーターの中でマスクを付け直した芽依は、鷹夜ににっこりと笑い掛ける。
「手繋ぐ?」
「いーやーだッ!」
パンッ
差し出された手を勢いよくはじき落とすと、手のひら同士がぶつかって良い音がした。
「いって!!」
代わりに芽依は手のひらがジンジンと痛み熱を持ってしまった。
ふざけながらマンションの目の前の大通りに出ると右に曲がる。いくつかコンビニを過ぎ、八百屋を過ぎ、公園を過ぎ、首都高の下を歩いて橋を渡ると、横断歩道の向こうの通りにカフェが見えた。
「昼?飯が軽かったからお腹すいた」
時刻は14時過ぎくらいだ。
「トースト2枚食ったけどな。ケーキ美味しいよ、あそこ」
「あ、いいねケーキ。食お〜、、あれ。鷹夜くんてあの家で同棲してたの?」
「ん?あー、、半同棲かなあ。ほぼ日和がうちに住み着いてたな。俺の家の方が職場近いからって」
「だから全部1人用のものだったんだ」
ベッドのサイズや部屋の狭さを思い出し、芽依は歩きながらポン、と左手のひらに右手で作った拳を落とした。
横断歩道の信号が青になると、大きな通りを渡り始める。
日曜なだけに人出はあり、やはりすれ違い様に芽依を見上げる女性は多いように思えた。
(少し緊張する)
良い気になっているだけかもしれないが、隣に竹内メイを連れて歩いていると言うのは新鮮で少し鼻が高い。
ただあくまで自分は友人と言うだけで、凄いのは隣にいる竹内メイ本人だ。
(自慢するのは変だし、俺がすごいって訳じゃない。浮かれてないで、芽依くんが竹内メイだってバレないようにしよ)
芽依に対してどこまで気遣えばいいのかはまだ手探りだが、徐々に慣れていこう、と鷹夜は密かに考えていた。
横断歩道を渡って右に曲がり、2つ目の曲がり道の手前にカフェがある。
辿り着いた木のドアを開けると、カラン、と頭上でベルが鳴った。
「いらっしゃいませー!」
こじんまりしているのかと思いきや、店は奥へ広がっていて中々の面積だ。
店員に「2人」と伝えるとさっそく席へ案内され、窓際に連れて行かれる。
「あ、、すみません。窓際眩しいんで、奥の席じゃダメですか?」
「あ、はい。大丈夫です。ではこちらへどうぞ」
窓際の席は警戒しているらしい。
芽依が控えめな声で言うと、一瞬驚いた店員はすぐに笑顔で今度は店の奥の席へと連れて行ってくれた。
「何にする?」
2人は向かい合って座った。
芽依が周りの席に背を向ける椅子に座り、対面に鷹夜がついた。
鷹夜の後ろは壁で、すぐそこに絵が掛けてある。
「天井落とすの流行りだなあ」
「ん?」
メニューを見ている芽依と違い、鷹夜はボーッと天井を見ていた。
ダクトや配管が露わになっている天井は高く、居心地が良い。
「あ、そっか」
鷹夜の仕事が、こう言う店の内装のデザインだと思い出した。
「、、あっ。ごめん、何食べる?」
「ンフフッ、いいよ。謝んないでよそう言うの。何にしよっかな。鷹夜くんケーキ?あ、セットあるやん」
「ここの美味いよ、チーズケーキとガトーショコラおすすめ。俺、チーズケーキにしよっかなあ。芽依くんが飲めないコーヒーで」
「ひと言余計な。まあいいや、んー、、じゃあガトーショコラにしよ。何か女の子みたいだよね俺たち」
「ふはっ、確かに」
芽依の言葉に吹き出して笑い、くっくっと肩を震わせる。
鷹夜が店員を呼ぶと、ケーキセットを2つ頼んだ。
「チーズケーキとアイスコーヒー。もうひとつがガトーショコラと、、飲み物は?」
「んーと、、アイスカフェオレで」
「はい。かしこまりました」
店員が去っていくと、芽依はやっとマスクを外した。
帽子も取ると、Tシャツの襟元を掴んでパタパタと引っ張る。
外が暑かったらしい。店の中は冷房がガンガンに効いていて、外から入ってきた身体ではちょうど良い涼しさだ。
「カフェオレは飲めんの?」
鷹夜はメニューを眺めたまま聞いた。
「カフェオレはね。コーヒーは無理」
「ふうん。そういう人多いよな」
「鷹夜くんは大人っすね。さすが。サラッとアイスコーヒー頼んだもんな」
「ふははっ」
パタン、とメニューを閉じると、それを銀色のメニュースタンドに掛けて立て、テーブルに頬杖をついて芽依を見上げた。
「芽依くんよりはお兄さんですから」
「っ、」
ニッといたずらに笑われると、また芽依の心臓はドクン、と変な音を立てた。
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