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第55話「発砲」

「はい、俺の家の鍵」 「ありがとう、、」 その鍵は、呆気なく芽依の手のひらに乗った。 「、、、」 こんなに幸せで大丈夫だろうか。 何かまたハメられようとしてるのか。 芽依の頭の中には余計な考えがぐるぐると旋回している。 目の前にいる男・鷹夜はそんな事は気にも止めず、自分の家の鍵と一緒に受け取った芽依の家の鍵を小さなビニール袋から取り出して手のひらに乗せた。 「芽依くん」 「ん、ん?」 名前を呼ばれてハタ、と空想と考察の世界から意識を戻した芽依は、真剣な顔でこちらを見上げる鷹夜が差し出してきた彼の右の手のひらの上を見つめた。 そこには、自分の、竹内メイの家の鍵がある。 「もらっていい?」 「、、、」 「俺が騙すかもとか考えてるなら、これ、いらねーから受け取って」 「え、」 思わず視線を移した先の鷹夜の顔は真剣そのもので、そして何より大人の顔をしていた。 「ぁ、、」 彼はこう言う顔をする。 歳の近い面倒見のいいお兄さんかと思うとそうではない。 きちんと会社に勤め、自分の生活費は自分で稼ぐ社会人で、自分の責任は自分で持っている人だ。 「持ってて」 「、、、」 「鷹夜くんを信じてる。悪用しないって信用できる。だから持ってて」 芽依は手を伸ばし、彼の右手をゆっくりと包み込むとその手に鍵を握らせた。 「芽依」 「は、はいっ」 酔っ払ってもいないのに急に名前を呼び捨てされ、思わずピッと背筋が伸びた。 目の前の彼は睨む様にこちらを見てから、芽依の緊張した表情をしばらく凝視して、フッと力を抜いて笑った。 「俺だけにしろよ。そうやって知り合ってすぐの人信じるの」 伸ばされた左手に、帽子を掴まれてぐっぐっと頭を撫でられる。 途端に、顔が熱くなった気がした。 「何その自信っ」 「俺嘘付けないから信用していいけど、世間て割と嘘吐き多いよってこと。あ。考えてみたらお前もか」 自分が騙されていた事はもう笑い話らしい。 鷹夜はカラカラと笑うと右手に持っていた鍵をキーリングに通した。 自分の鍵は元から付いている。 「で、何だっけ?こっちの鍵で開けるの難しいんだっけ?」 「あ、そうそう。俺の家、カードキーで開けてたっしょ?」 「あれ?確かに!じゃあこの鍵はなに?」 「それはカードキーがもし使えなくなったら用の普通の鍵。カードキー挿したとこの下にこのくらいの平べったい箱付いてたの覚えてる?」 芽依は両手でこのくらい、と携帯電話くらいの大きさの四角を作って示す。 そう言えば、芽依がスマートにカードキーをドアの口に挿したとき、確かにその下には四角く平たい、焦茶色の箱が付いていた。 「あれ下からパカってフタ開けると鍵の差し込み口とタッチパネル出てくるから、その鍵挿したまま311588って打ち込んで、ピーッて音が鳴ってる内に鍵回して、ガチャンて言ったらドアが開く」 「まっ、、て、、数字なんだっけ、、」 「ふははは、難しいよね、分かる。鷹夜くんさあ、明日休みなんでしょ?今日も俺の家泊まらない?鍵の試運転かねて」 「あ。それいいな」 ビシッと鷹夜が芽依を指さすと、「指差すのやめな」と芽依はその手を下に下げさせる。 2人は鷹夜の家の最寄り駅の改札横にある合鍵作りと靴の修理を行なっている店で鍵を作った。 無論、鷹夜が1人で鍵2つを持って店に行き、芽依は少し離れた券売機の側で待機していた。 自宅の鍵と言う事もあり、一応、店員にも顔が見られないように警戒をしたのだ。 それをそれぞれに配布したのは駅から少し離れた、カフェに行く途中に通った公園だ。 桜の葉が青く生い茂り、様々な花が咲いている。立葵が鮮やかなピンクだ。 「明日もドラマの撮影?」 「そ。あ、でも午後からは別現場だ。何だっけ。何か、クイズ番組出る」 「えっ、、、大丈夫か?予習とか」 「馬鹿で売ってるので問題ありませんな」 「ふはっ、悲しいなあ」 2人は人気のない東屋の中のベンチに座っている。 日差しが遮られ、近くの砂場で遊ぶ子供の声が聞こえる場所は時間がゆっくり流れている様で、ゆっくりと息がしたくなった。 「、、今日めっちゃ楽しい」 「なーんもしてないけどな。うち来てカフェ行って洗濯物干して合鍵作っただけ」 「充分だよ」 水鉄砲を撃ち合いながら、小学生でもなさそうな身長の男の子達がキャーキャー言いながら目の前を過ぎて行く。 幼稚園児だろうか。 「、、、ちょっと待ってて」 「え?」 鷹夜はおもむろに立ち上がると公園の前の道に出て、左に曲がって見えなくなった。 (え、俺置き去り?) 芽依は戸惑ったが、何となくコンビニかな?と思って追うのはやめた。 「、、楽しそ」 フッと笑った。 東屋からは砂場も、鉄棒も、新設されたらしい綺麗な公衆トイレも、葉桜も、都会を流れる川も、ブランコに乗っている小さな女の子2人も、その前に立って携帯電話で彼女達を撮りながらベビーカーを揺らす女性も、全てが見渡せる。 (こうしてると、世界って割と、俺のことどうでもいいんだよな) 自暴自棄になっていた時期は、世界の全てが自分を攻撃している様に感じられていたのに。 芽依は帽子のツバを掴んでグッと下に下げると、俯いて、足元のコンクリートを這い回る蟻を眺めた。 (俺はちゃんと、小さな人間の内の1人だ) それは鷹夜に思い知らされた。 彼は「竹内メイ」を知っていたものの、それを利用する気も、弱味を握って脅す気もさらさらないほど、メイに興味がなかった。 ジェンとアイドルをしていた事も知らず、ズケズケと芸能界の事を聞く訳でもない。 ただすんなりとそこにいて、そこにいるときはあくまで小野田芽依を触るだけだ。 気遣いはたまにあるものの、自分を左右するのはちゃんと自分だと理解していてこちらの機嫌を取ってきたり下手な遠慮はない。 怒るときは怒り、子供扱いするときはふんだんにしてくる。 それは、芽依がスキャンダル以来過剰に感じてきた「芸能人・竹内メイ」と言う大役を目の前で踏ん付けて、躓く事なく小野田芽依の側にいてくれるのだと言う信頼になった。 (楽しいな、こう言うの。地元の友達も色目使う様になってきた気がして会いづらかったから、何か本当にいいタイミングで、) 「芽依くん」 「えっ?」 ブシャッ 「ぶあッ」 感動は一瞬で消えた。 名前を呼ばれて見上げた先には、アイスをたべながら芽依に向かって水鉄砲を構えている鷹夜がおり、その弾丸は容赦なく彼へと放たれたのだ。 「、、、」 「ふはっ、あはははは、やーいのろま〜」 「あ"!?」 あまりにも卑怯な手にカチンと来た芽依は立ち上がり、太く長い右手をグン、と鷹夜に向かって伸ばす。 「何すんだよ濡れただろッ!?」 「やーいやーい」 「ばはッ、おえっ、口入った!!」 鷹夜はちょこまかと芽依の手から逃げ回り、隙をついては彼に弾丸を撃ち込む。 無論それは水鉄砲に込められた水で、始めは顔に噴射されて眼鏡がビショビショになり、次で水が口に入り、慌てて吐き出している。 「てか何アイス食ってんの!!俺のは!?」 「自分で買ってこいよ」 「はあ!?それよこせ!!」 鷹夜はソーダ味のアイスにガリッと噛み付き、シャクシャクと噛み砕いていく。 途中で頭がキーンとした。 芽依はその隙をついてアイスを奪い、バクッと口に入れる。 「アイス泥棒ー!!返せ!!」 東屋から飛び出た2人は途中で先程通り過ぎて行った男の子達と鉢合わせし、芽依が銃を2丁持っていた子から大きい方を借り受け、3対4の撃ち合いになった。

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