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第63話「もしかして俺は関係ない」
テーブルの上の食べ終えた串焼きの皿を、出入り口になっている襖に近い方へ置く。
それにイカ飯の乗っていた丸い皿とタコワサの小鉢も重ねて、飲み終わったビールのジョッキも2つそちら側に押し出しておいた。
「女だったら良かったのにな。そしたら口説けんのに」
「それな」
はあ、と重たくため息をつく芽依を見て、ふふ、と笑いを漏らしながら泰清は襖を開く。
「おばちゃーん!!お皿お願いしまーす!あとねー、レモンサワー欲しー!!」
「はーい、いくつー?」
「1個!」
このレモンサワーは芽依の分だ。
2杯目以降はビールではないものを頼むときが多く、泰清はそんな芽依の癖なども把握している。
彼は器用だ。
芽依はアルコールの回った怠さからテーブルに上半身を倒して乗せ、肘をついている。
いつものダラリとしたポーズ。
「じゃあー、しゃーねーから女探しに行くか!」
「あ、うーん」
「え。なに。やなの?」
チャンポンが終わった泰清はジョッキに注がれている緑茶に口を付ける。
氷がたっぷり入ったそれはガラスが汗をかいていて、持ち上げるたびにぽたぽたと表面の水滴がテーブルに垂れた。
「鷹夜くんはいいとして、女の子、、まだ少し怖いと言うか」
「え、でも松本遥香は平気だったんだろ?てかむしろ松本遥香いけば?」
「いや遥香ちゃんはそう言う感じじゃない。喋ってみ。マジで。クラスにいる話しやすい体育祭実行委員って感じだから」
「例えわかりやすっ」
元気はつらつと言った具合で場の空気を和ませるのも盛り上げるのもお手のもの。
同じように愛され上手な面があった栞と違うのは、女を全面に出さず、重みのあるいち人間として人の懐に入ってくるところだ。
そして芽依から見た松本は、鷹夜に会いに行く背中を押してくれた存在でもあった。
恋愛対象に入れられるかと言うとそうはならない位置にいるのだ。
「仲良くしたいけど友達がいいなあ。ふざけやすいし」
「ふーん、何だ。めっちゃ可愛いしいい子だからそのまま付き合ったとかならねえんかな?って思ってた」
「あはは。なれたら良かったかもなあ、いい子だし」
しばらくして襖が開けられ、女将が積み上げた皿を全て持って行ってくれる。
代わりに置きに来たレモンサワーを受け取って、芽依はキンキンに冷えたそれをひと口飲み込んだ。
シュワッと口の中でレモンとアルコールがはじける。
「誰かいないの、今」
「まったくいない」
「真面目過ぎだよメイ。本当にこの1年、オナニーで凌いできたってことかよ」
「っ、んぐっ、、やめろやそう言うの!!そうだけどさあ!」
唐突過ぎる泰清の発言に思わず口の中にあったポテトサラダをあまり噛まずにグッと飲み込んだ。
喉に詰まりかけたのだ。
泰清はニヤつきながら、混ざりが良くない自分の緑茶のジョッキに箸を突っ込んで掻き回している。
「そのままじゃマジで鷹夜くん押し倒しそうだな」
「ほんっっっとにそれ!!」
「、、もしかしてもう未遂はしてる?」
「え?」
泰清はにんまりと笑った。
芽依の態度が迫真過ぎて怪しんでいる。
「チューぐらいしたか?」
「え"ッ、、?」
言われた瞬間、芽依の身体はビクッと大きく揺れた。
それを見た泰清は余計に笑みを深くして、テーブルに両腕を置いて組み、重ねた手の甲の上に顎を置いた。
「しちゃったのかなああ?」
芽依の脳裏には先日押し倒したときの鷹夜の顔が思い出されている。
驚いて、明らかに芽依の行動にときめき、自分の顔に見惚れている顔。
「何かをしてしまう」には十分過ぎるほど、あのときの鷹夜が可愛くて、格好良くて、堪らなかった。
『俺は格好悪い芽依くんたくさん見たけど、格好悪い芽依くんも好きだよ。可愛くて』
その言葉が、ずっと頭から離れない。
「してませぇん、」
「えー?マジで?嘘ついてね?」
「ついてませぇん」
思い出すたびに、トクン、トクン、と芽依の心臓が波打っている。
耳が熱くて、けれど全部をアルコールのせいだと思いながら、芽依は泰清の握っているジョッキに手を伸ばして奪い取った。
「あ、おい」
グッと仰いでごくごくと緑茶を飲む。
頭が痛くなるほど冷たいそれを飲むと、少し頭の後ろの熱さが取れた気がした。
「んでも、女の子と関わんないとそれどうにもならんくない?」
「そうかなあ、、いや、そうだよな。分かってはいるんだよ」
「鷹夜くんに紹介してもらえないの?」
「んー、無理。向こう婚活してたんだよ?鷹夜くんの方が彼女欲しいだろ」
「まあ、お前出てくると絶対奪えちゃうもんな」
「そう言うことではないけど」
婚活をしていた人間に、いい女の子いない?なんて聞ける訳がない。
ましてやその婚活を邪魔した自分には決して。
芽依は緑茶のジョッキを泰清に返すと、座布団から尻を上げて四つ足で襖に近づき、少しだけ開けて顔を覗かせ、女将に烏龍茶を2つ注文した。
「そうか、考えてみりゃ婚活してたんだよな」
「んん」
「今もしてんの?」
「え?」
座布団に戻って座り直した芽依は泰清の発言に動きを止める。
理解できない、という顔で彼を見つめ返した。
「してないでしょ、俺いんだから」
「は?お前関係ないだろ、いてもいなくても」
「えっ?」
何で、と言う顔をした瞬間、泰清は顔を歪めた。
「お前いてもいなくても、彼女じゃねえんだから女は探すだろ」
「え、」
芽依の胸に嫌な感覚が湧いた。
襖を開けた女将がテーブルに烏龍茶を置いてもそちらを向けず、どくどくとうるさい耳の後ろの血管の音だけ聞いている。
「おばちゃんありがと〜」
泰清は烏龍茶を受け取り、芽依の目の前にドン!と音を立てて置き、もうひとつには口をつける。
「メイ?大丈夫か?」
飲む前に下から覗き込んだ顔は、眉間に皺を寄せて一点を見つめている。
「もしかして、、」
そのままどこかを見つめた芽依は、驚愕の真実にたどり着いたような深刻な表情を浮かべ、不安げな色を瞳に滲ませて口を開いた。
「ん?」
「俺といても、それはそれで、別で付き合う女の子探してるってこと、、?」
泰清は面食らった顔をした。
「、、当たり前だし、お前は関係ないだろって」
彼は決意した。
「鷹夜くん」と言う男に下手な感情を抱き始めている友人が彼にしつこくして嫌われる前に、穴を埋める女性を見つけてやらねば、と。
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