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第64話「言えない」
「飲んだなあ」
タクシーに乗り込んだ2人は背もたれに深く寄り掛かり、目を閉じて息を吐いた。
泰清の家はすぐそこだが、芽依の家までは30分程かかる。
泰清を家に送り届けてから、そのままこのタクシーで自宅に帰るつもりでいた。
(俺がいても関係ないのかなあ)
芽依は途中からずっとそんな事を考えていた。
膨れた腹の中でアルコールと烏龍茶、食べた様々な料理が混ざって重たい。
最後にポテトを頼んだのは間違いだった。
店を出る前に何度もトイレに行ったがアルコールが入るとやはり尿意の間隔が短くなるな、と思いながらタクシーのシートベルトを締め、窓の外を眺めた。
華金の夜。
賑わっている大通りを抜けてタクシーが走る。
「じゃ、ありがと。またな」
「ん、また連絡するわ」
泰清を下すと、運転手に家の近くのビルの名前を伝えた。
竹内メイ、窪田泰清とバレていたときの事を想定して、一応、泰清の家の近くのコンビニの前で別れた。
運転手は特に話しかけてはこないので、バレてはいないのかもしれない。
泰清もマスクはしていたが、芽依は白いTシャツに気に入っている黒いダメージジーンズを合わせ、また黒いキャップとマスクをつけている。
いつも通り防御は完璧だ。
「、、、」
1人になった瞬間にぶり返すように鷹夜のことが頭に回り始めた芽依は、マスクの中で口を尖らせる。
(会いたいなー)
窓の外の真っ暗な空に星は見えず、仕方なく街の明かりを目で追っていく。
居酒屋の看板、チェーンの牛丼屋の看板、蕎麦屋、カラオケ、ラーメン屋、カフェ、たまに本屋と焼肉屋。
少し暗い通りに入ると、ラブホテルが並んでいた。
(してない気がする。婚活)
鷹夜が芽依を避ける為に、一時期は手当たり次第に婚活アプリに登録していたのは知っている。
けれど彼といたとき、そんな通知が携帯電話に入ったような事は一度も言わなかった。
ブルッと携帯電話が震えたところも見なかった。
鷹夜は基本的に携帯電話の画面を伏せて置く癖がある為、通知が来ても画面は見えないから絶対とは言えないにしても、もう全部退会しているのではないだろうかと芽依は考えている。
(婚活、してないと思う、てか、思いたい。いやしてないっしょ。だって、)
だって俺と毎日連絡してるんだし。
芽依は連絡用アプリの返信が止まっている鷹夜のページを開いた。
朝少しだけやりとりしたところで会話が終わっている。
(、、鷹夜くん家行こうかな)
[今度いつ会える?]
[土日ならいつでも。またドタキャンするかもしれんけど]
[分かった。俺のスケジュール確認する]
そこから返事は来ていない。
むしろスケジュール確認を終わらせて芽依が連絡するべきなのだが、最近予定が詰まっていて空きが見つからなかったのだ。
(でも明日は11時入りだ。ロケ現場、鷹夜くんの家の方が近いとこだし、、)
芽依は意を決して鷹夜にメッセージを送る事にした。
[鷹夜くん家行っていい?今から]
ぽん、とメッセージが画面に上がった。
驚いたのは、すぐに既読のチェックマークが付いたことだ。
(起きてた)
寝ていたら行くのはやめようと思っていたのだが、この速さだと起きている。
芽依の胸はまたどくんどくんと高鳴り始めてしまった。
(会いたい、めっちゃ会いたい。ちょっとでもいいから、、)
ピロン
(ん、返信きた)
六本木に向かってもらっている途中だが、行き先を変更したいと運転手に声を掛けるか迷っている。
[無理]
「え」
運転手がバックミラー越しにちらりと芽依を見つめたが、彼が携帯電話をものすごい形相でガン見しているのが目に入り、また前を向いた。
(何で無理!?女連れ込んでる、、あ、仕事終わってない?)
時刻は12時34分。
いつもなら帰宅途中の筈の時間だ。
[えー、仕事?]
(女はやめて女はやめて女はやめて!!)
芽依は先程まで「彼女作らなきゃ」と言っていた自分を棚に上げ、携帯電話を握りしめて返事を待つ。
泰清が引くのも分かるほど、芽依は鷹夜に対して少し面倒な感情を抱いているようだった。
[言いたくない]
「うっせえな、、」
ブツブツと後部座席でつぶやく芽依に運転手は「気持ち悪い客乗せちまったなあ、、」と聞こえていないふりで運転を続けている。
相変わらずタクシーは六本木に向かっていて、芽依の家まではあと15分程で着きそうだ。
鷹夜の返信に嫌な予感が増していく芽依は、ぎこちなく、大きく聞こえだしたドックンドックンと言ううるさい音に、手の甲を額に当てて下唇を噛む。
[何で〜]
嫌われたくないと言う心理で「〜」を付け足して文章を柔らかくしたものの、芽依の本音的には、鷹夜が目の前にいればガンガンに詰め寄って質問攻めをしているところだ。
女を連れ込んでいる可能性も怖かったが、それよりも家に来てほしくない理由を自分に言えないと言ってきた鷹夜に、寂しさと怒りを感じていた。
(俺と鷹夜くんの仲なのに言えないってなに!!)
大分拗らせてきた感情は芽依を興奮させていく。
ふん、と力を込めて鼻から息を吐き出すと、ピロンと返信が来た。
[お恥ずかしい話しですが、部屋に足の踏み場がありません]
「は?」
そしてすぐに返ってきた返事に対して眉間に皺を寄せた。
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