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第65話「ときめき1人分」

「きったねえ〜!!」 「帰れよ」 リビングのドアを開けるなり、芽依は大笑いしながら部屋の中を指差した。 「鷹夜くん、汚部屋男子じゃん」 「帰れって」 「でも俺も寝室めっちゃくちゃにするときあるから分かる。しかもこれよりひどい」 鷹夜は突然家に押しかけてきた彼に呆れつつ、合鍵を渡したのは自分か、と自分にすら呆れた。 午前1時少し過ぎ。 マンションの8階、鷹夜の家に芽依が到着した。 「あ、今日泰清と飲んでてさあ、鷹夜くんの話ししたんだ!今度会いたいって」 「俺はいやだからね。あと帰れ」 「何でよ。あ、これ食べる?プリン買ってきた」 「いーらーなーい。帰る気ねえな、、俺もう寝るところだったんだよ」 出しっぱなしになっていたゲーム機を片付けようと床に並んでいるペットボトルの林を避けながら鷹夜はテレビに近づいた。 笑えるくらいに汚い部屋の中は、ベッドの上だけがいつも通り綺麗に保たれている。 仕方なく冷蔵庫を開けて買って来たプリン2つをしまおうとしたのだが、中は隙間がないほどパンパンだった。 (やば。相当忙しかったんだな、今週) 買っておいた食材を使う暇も、中に入っている惣菜を食べる暇もなかったのだろう。 テキトーにプリンを押し込み、扉を閉じた。 「まじごめん、汚くて」 「ぜーんぜん平気。俺が押しかけて来たし」 この1週間は本当に忙しかったらしく、帰宅時間も火曜日からずっと1時過ぎや2時近かったと鷹夜は疲れた顔で語った。 彼の仕事的に忙しい時期はまだなのだが、後輩達の仕事で手間取り、それをずっと手伝っていた為に時間が押したのだ。 「ゲームよりここ片さないの?」 「明日やる」 芽依が手を付けようとした洗濯物の山を無視。 足元に広がっている飲みかけのペットボトルの立ち並んだところも無視。 部屋の隅に置かれたゴミ袋の中の1週間分のコンビニ弁当の容器を眺めて、芽依はため息をついた。 (身体壊しそう) 何がどう忙しくなるのか、鷹夜の仕事をそれ程細かくは把握していない。 けれどこのままでは彼が死ぬのではないかと心配するには充分だった。 「俺もう寝ていい?」 今日、来るべきではなかったかもしれない。 鷹夜の眠そうな声を聞いて、芽依は静かに頷いた。 「ごめん、急に来て」 「いいよ。ふあ、、ん、眠い。寝る」 「ん」 ふらふら歩く鷹夜は大きな欠伸をして、ベッドの上の掛け布団に触れた。 「芽依くんて、明日休み?」 「ううん、仕事あるから朝起きて出てく」 「なんだ、そっか。一緒にゲームやりたかった」 そう言えば、コントローラーがひとつ増えている気がする。 芽依はチラリと横目でそれを見てから、ベッドに入っていく鷹夜を見下ろした。 「ねえこの、」 「風呂とか勝手に使って、ハンガーとかも。目覚まし時計そこ。それも使って」 「あ、うん、ありがと」 「寝るのこの布団でいい?」 「え?」 鷹夜の言葉に甘えてシャワーだけ借りようとリビングのドアに向かおうとした芽依が足を止める。 ぐるんと振り返ったが、鷹夜は既にベッドに潜り込み、壁側に寄って寝そべっていた。 ベッドはセミダブルで男2人で寝るには少しキツそうだが、彼は気が付いていない。 (ね、寝る?この布団で?一緒に??) ドクンドクンと、また胸がうるさくなった。 ユニットバスの浴室にはコンセントがなく、鷹夜が起きるだろうなと思いつつリビングに戻ってからドライヤーを借りた。 乾かし終わると、芽依の髪はサラサラになったが相変わらず長くて前髪が目に入る。 居酒屋で泰清の吸うタバコと酒。それから色んな食べ物の匂いを吸い込んだ服はハンガーに掛けてカーテンレールに干し、消臭芳香剤をブシュブシュと吹き掛けておいた。 「、、、」 余程眠かったんだろう。 寝るか、と見下ろしたベッドにはドライヤーの音にも起きず、掛け布団を被ってスヤスヤと眠りについている鷹夜がいる。 「、、っん」 ゴクッと唾を飲む音が、無音の部屋に響いて消えた。 風呂から出たばかりの身体の火照りと見下ろした先の鷹夜の存在で下手に緊張が回り、身体はやたらと熱くて手汗をかいていた。 (いやいやいや、意識すんのやめようや) 芽依はブンブンッと頭を横に振り雑念を振り払った。 大きく息を吐いて、「いざ」と心の中で唱えて薄掛けを捲る。 (いくらこないだチューしそうになったからって、ドキドキしたからってそんな、、ははっ、こんな緊張せんでもいいじゃないか俺。寝ろ、寝てしまえ、全部忘れろ、俺!!) やはり、セミダブルだと少し狭い気がした。 布団に入ると枕元に置いてあったリモコンで電気を消し、薄掛けを引き上げて被る。 一応、鷹夜に背を向けて寝転がった。 (いやおかしいだろ、ドキドキすんなドキドキすんな、これは違う、鷹夜くん意識してる意味がわからん。違う違う。女の子。女の子と繋がらなければ。大丈夫、俺は女が好き。抱きたいのは女の子。柔らかくていい匂いがして高い声で笑う子。大丈夫大丈夫) 芽依は心の中で何度も何度もそんな事を唱えている。 ギュッと目を閉じて両手をグーにして握って、顎に力を入れて口を閉じた。 背中が触れ合わないように必死だった。 少しでも触れれば、熱い身体も心臓の鼓動の激しさも、全部バレそうで恐ろしい。 (息しにくい) 鷹夜の規則正しい寝息に耳を澄ませると、いつものようには眠くならず、逆に胸の苦しさが増した。 (男とチューしたことあるとか言うからいけないんだよ、本当に。あーー寝れねえ。ほんと寝れねえ) 世間ではそれを「もんもんとしている」と言うのだが、芽依は唸り声を上げないようにしながら寝返りを打ち、眠れない眠れないと思いながら鷹夜の家の天井を見上げた。 「ん、」 「うへっ」 数秒後に、鷹夜も寝返りを打った。 まだ目が慣れていない暗闇の中、もぞもぞと隣の体温が動き出す。 アホみたいな高い声を上げた芽依は注意深くその動きを探って声を潜ませる。 「ん、、ん」 「っ、」 鷹夜が、芽依のいる方へ身体を倒して動きを止めた。 (な、なに、、なに?) 変な期待を込めて、ずりずりと頭を傾けていく。 枕の代わりに鷹夜が置いておいてくれたバスタオルをズラしながら、芽依は左を向いた。 「ぇ、」 自分の肩口のすぐそこに、整った顔の男が眠っている。 ふぅ、ふぅ、と規則的に吐き出される吐息が当たると、じわりと肩が熱くなった。

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