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第66話「チューも犯罪の内」
「では次の質問です。多くの女性から支持があり、色気たっぷり、セクシーな俳優として人気の竹内さんですが、気になる女性が現れたら、やはりご自分からアプローチされるのでしょうか?」
「そう、ですね。昔から、好き!って思ったら一直線で、結構ガツガツ行きますね」
「あぁ〜!やっぱりそうなんですね!」
「はい。もう、その人が他の人のものになるとか考えたくもないので、とにかく俺を見て、ってアプローチします」
「きゃ〜!!ステキ、男らしいですねえ!」
頭の中を、先日のインタビューの内容が流れて行く。
何故今それを思い出しているのだろうと頭の片隅でぼんやりと考えながら左手をシーツにつくと、体重がかかった手の周りにギュッと皺が寄る。
芽依は体勢を変えながら、なるべく音を出さず、ゆっくりと鷹夜に近づいた。
「、、、」
ふぅ、ふぅ、と小さな寝息が聞こえる。
人間の衝動とは実に恐ろしく愚かで、芽依は興奮でイカれた頭で冷静に考え直すこともできず、深い意味も探さないまま右手の甲で鷹夜の頬を撫でた。
寝息は乱れない。熟睡している。
「っ、」
こんな距離でもきっと彼は自分を意識したりしない。
起きていたとしても狼狽える事なくいたずらに笑って、「早く寝ろよ」と言って目を閉じてしまうのだろう。
何だかそれは悔しい気がして、そしてもったいないとすら思えて、同時に今のこの状況に芽依は酷く胸が高鳴っていた。
(何してるんだ、俺)
昔ならこういうときどうしていただろう。
据え膳食わぬは何とやら、と言う言葉が出かかったのだが、それもすぐに興奮で掻き消えた。
「、、鷹夜くん」
ほんの小さな声で彼を呼んだ。
昔と言うのは彼女、栞に出会う前の事だ。
それなりに遊んでいた時期で、芽依はそこかしこの女を恋愛対象として見ていた。
恋愛と言うよりも、性の対象と言った方が正しいかもしれない。
童貞はデビュー後にできた1番初めの彼女で捨てた。高校2年生の終わりだ。
今もたまに深夜枠の30分程度で終わるドラマに出ている子だ。
その子と別れてから、大きいアイドルグループに所属している子と何回かセックスをした。
付き合いはしなかったが、しばらくセフレとしてお互いをキープしていたのだ。
その子とのセフレ期間にもう1人、一度だけセックスをした大物俳優の娘、2世タレントがいた。一時期売れていた子で今はプロゴルファーと結婚して1児の母になっている。いくつか歳上の女性だった。
セフレ達と関係を切った後は暫く空けてモデルと付き合った。どこかの雑誌の専属で、昼の番組に出始めたのがきっかけで有名になり、色んなバラエティ番組に呼ばれるようになった辺りで生活リズムが合わなくなり、別れた。
今はもうあまりテレビでは見ない。
それから付き合ったのが、グラビアアイドルの内村栞だった。
芽依は女性に対してガンガンアプローチをする方で、対照的にジェンは迫られる方が多い。
お互い見た目通りの恋愛観をしていた。
泰清達と仲が良かった事もあり、芽依はこうして一時期女性と取っ替え引っ替え付き合っているような時期があった。
(そうだ、あの頃はもっと器用だったのに)
暖かい鷹夜の顔を見下ろして、芽依は息を殺して顔を近づける。
衝動とは、興奮とは、儚く愚かで抑えが効かない。
確かに芽依の身体からは先程のアルコールが抜けていないが、けれど、そのせいだけの判断力の低下ではなかった。
(何で今はこんなに不器用なんだろう)
あと数ミリで、鷹夜の唇に触れる。
芽依は彼にキスをしようとしていた。
彼の顎を掴んだ手は少しだけ震えていて、ベッドについた左手はシーツを掴みながら握り締められている。
ふぅ、と鷹夜の吐いた息が、芽依の唇を撫でた。
(鷹夜くん、、)
『俺、芽依くんのこと好きになったよ。だから、友達になってよ』
(、、ダメだ)
脳裏に蘇った言葉に、笑顔に、芽依は動きを止めた。
唇まであと4ミリ。
けれどそれ以上、近づけなかった。
(何してんだ、やめろよ)
身体の向きをぐるんと変えて、静かに起き上がって床に足をつける。
ベッドに座りながら前にかがみ、背中を丸めた芽依は膝の上に肘を置いて頭を抱えた。
俺、今、何しようとした?
ドクン、ドクン、と耳の後ろで嫌な音がしている。
下手くそに唾を飲むと、扁桃腺の辺りに痛みが走った気がした。
奥歯を食いしばりながら電源の入っていないテレビ画面を見つめる。
目はもう随分と暗闇に慣れて、部屋の中が薄暗く感じ、見渡せるようになっていた。
(何しようとしてた、友達なのに。せっかく友達になってくれた人なのに、大切にしたいのに、何しようとしてた)
頭に触れた両手で髪を鷲掴みにする。
頭の中では沸騰しそうな程、自分を責めていた。
(これ本当にダメなやつだ。最低だ!チューでもダメだろ!!流石に!!犯罪だよチューでも!!鷹夜くんの会社の人達、この人に何してくれてんだよ!!)
ハアッと止めていた息を吐き出す。
今夜はもうベッドに潜らないと決めた。
「、、何であんなとこで寝てんだ」
ベッドから1番遠い部屋の隅。
窓のすぐそこの角で、芽依が身体を縮めて眠っている。
久しぶりによく眠れた鷹夜は、癖で6時に1度目が覚め、二度寝をしたのだが8時近くにまた起きてしまっていた。
目覚まし時計は芽依が設定した時刻、9時丁度に針が合わせられている。
(まだ寝てていいんだろうけど、一晩中あそこにいたのか?布団入って来たような気がしたのに、、、俺の部屋が小さく見える。丸まってもデカイな、あいつ)
のそのそとベッドから抜け出した鷹夜は芽依をベッドに乗せようかと考えたが、明らかにデカ過ぎる身体を彼が持ち上げるのは不可能だった。
せめて、とクローゼットの中からブランケットを引っ張り出して、部屋の隅にいる芽依の上に掛けてやる。
このブランケットは日和がこの家に置いていったものだ。
特に深い意味はないが取っておいてしまっていた。
「とりあえずこれでいいか。ベッドで寝れば良かったのに」
芽依の事だから遠慮してしまったのだろう、と思った。
9時まではまだ1時間以上時間がある。
鷹夜は芽依に朝食でも作ろうと冷蔵庫に向かい、ガパッと扉を開けて後悔した。
積み上げた納豆とプリンが崩れて来たのだ。
「おっと、、やべえやべえ」
床に落とさないように、ボロボロ出てくるそれらをキャッチする。
鷹夜は朝食なんていつもは家では食べない。
平日は会社についてからコンビニのおにぎりを食べるし、休日は昼まで寝ているので必要ない。
ましてやおにぎり等の簡単なものを作ろうにも、最後にいつ使ったのかすら覚えていない炊飯器を開けるのは躊躇われた。
(作るより買いに行った方がはえーな)
プリンと納豆のパックを、買い物だけしてまったく使っていない食材でパンパンになった冷蔵庫に戻していく。
調理はさっさと諦め、鷹夜はTシャツにスウェット姿のまま、財布と家の鍵だけ持って部屋を出た。
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