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第71話「影落ちる」
「まずその、やめましょうよ。アプリの悪用とか」
「分かってる、それに関してはめちゃくちゃ反省してるから傷抉らんで、、」
「んー」
鷹夜との秘密を全て松本に話し終わると、彼女はドン引きした顔で椅子にふんぞり返ってやはり芽依を睨んだ。
午後、機材トラブルで休憩が長引いている。
2人が休んでいる木陰には充電式のワイヤレス扇風機が何個か置かれていた。
まずまず涼しい、と言う程度だが、汗水垂らして働いているスタッフを見つめているのはそれでも申し訳なくなった。
「昨日は会う筈だったのにドタキャンされて、そんで鈴野さんと出会って、クラブ抜け出して2人で鈴野さんの家でお茶して帰ったと」
「そう。もう本当にいい子だった。純粋無垢」
「キスまでしといてなに言ってんですか。展開早すぎ。手、早すぎ」
「そうかなあ」
そこでまた鷹夜の事が頭をよぎっていった。
「展開早くしないとさ、、鷹夜くんにちゅーしそうだったんだよね」
「んグッ」
今日の芽依はいつにも増して口が緩いようだ。
小さな声で独り言のようにこぼしたのだが、それはきちんと松本の耳に入り、彼女が口に入れて噛み始めたばかりの唐揚げを思わず飲み込み喉に詰まらせるには充分に破壊力のある発言だった。
「うっ、ん"ッ」
「食べすぎ食べすぎ食べすぎ!!!」
隣の彼女の様子がおかしい事に気がついた芽依は松本の椅子のドリンクホルダーに入っていたお茶のペットボトルを取り、急いで蓋を開けて手渡す。
受け取ると松本はドボンドボンと音を立てながら中身を飲み干して行った。
良い飲みっぷりだ。
「、、、っ、ぶはあっ、はあっ、やば、あざす、死ぬかと思いました、うへっ」
「危なっかしいな」
「そうじゃないっしょお!!」
蓋を閉めたペットボトルを勢いよくドリンクホルダーに叩き付けて戻すと、松本はまた芽依を睨み付けて声を荒げる。
木陰の2人が騒ぎ立てるのを、遠くで彼女の恋人である片菊が呆れたように眺めていた。
(迷惑かけてないかなあ)
活発すぎて人を振り回しがちな彼女の事をよく理解している片菊は、芽依に失礼な事をしていないかと不安そうでもある。
「あっ、してないからな?!」
「待って下さいよ、まとめましょう今の状況!なんかおかしいっすよメイさん!!」
「ああ!?」
頼んでもいないのだが、携帯電話のお絵描きアプリを起動させた松本が指で画面にサラサラと何かを描き、「はい見て」と芽依に画面を傾ける。
白い画面の上に「メイさん」「タカヤさん」「鈴野さん」と書かれていた。
「いいですか。まずメイさん、タカヤさんはとんでもない出会いがあって、それすら乗り越えてます。これは主にメイさんの人徳とかではなく、タカヤさんの心の広さと優しさ、大人としての寛容な精神のおかげです。メイさんうんぬん一切なし」
「すごい言われよう」
「だってそうじゃないですか。タカヤさんじゃなかったら、メイさん今頃また仕事なくて食いっぱぐれてますよ。事務所解雇ものじゃないですか、アプリの件、クソみたいな話しだったし」
「ねえねえ待って、もう少し言葉遣い気を付けよ?」
「それ片菊にもよく言われますけど、知らん」
松本は話しを続ける。
「で、アプリの件を乗り越えたおかげでメイさんはタカヤさんとお友達になれました。その後の合鍵の件に関しても何にしてもタカヤさんが凄くないですか?メイさんの無理難題ワガママ放題に突き放すことなく応えてくれてる。とにかくメイさんを大事にしてくれてますよね。そのタカヤさんにチューしそうになったんですか?」
カッ、カッ、と松本は画面の「メイさん」と書かれた部分を爪で叩いた。
「だって、、タカヤくんが俺のこと好きって」
「ええ!?」
「や、あの、ライク!絶対あの言い方はライクなんだけど!」
「それで!?」
「あ、はい」
いやに緊張してきた芽依は一度自分のお茶を飲んだ。
太陽は真上でギラギラとしている。
「ライクなんだけど好きって言われて、その、悪い気はしないし、好きって言うまでに、芽依くんはこうでこうで、ってたくさん話してくれるし、とにかく俺のこと買ってくれてるって言うか、俺のこと見ててくれて」
「ほうほう」
「そんでまあ、結構ときめいたりして、そんでまあ、その、、会いたいって思う日も多いし、鷹夜くんといたいとか話したいって思うとき多いし、その、、ちゅってしたいなって思う日もあったわけだよ、うん」
話し終えると、芽依は顔を真っ赤にしていた。
「で、今は鈴野さん?」
「そう!!いやだからね、俺が鷹夜くんにちゅーしたいとか思ったのは、スキャンダルのこと気にして1年も女の子との触れ合いがなかったからなんだよ!!そこに現れたのが冴で、」
「それってさあ」
「あ、はい」
それはその日の中で、松本が1番彼を睨み付け、怖い顔をした瞬間だった。
「タカヤさんは都合良くメイさんの寂しさ埋めさせられてたってことっすか?」
「え、」
何故だろう。
ドクン、と嫌な音がして、いきなり胸が苦しくなった。
「彼女みたいな人とか言ってはしゃいでたくせに、鈴野さんが現れた瞬間にポイ、なんてしないですよね?」
「する訳ないじゃん、、だから、昨日はたまたま、」
「でも昨日のそれから会うこと考えてました?」
「え、、いや、」
「メイさん、自分の寂しさ埋めるために色んな人利用しようとしてません?」
「っ、、なに、」
何故だろう。
一瞬、頭の中にジェンの顔がよぎって行った。
「、、、」
ずっとずっとそばにいてくれた彼が最後に染めた銀色の髪。
日本人のくせにやたらと似合っていた色。
それが目の前にチラチラと蘇って、すぐに消えて行った。
「だってメイさんおかしいでしょ。アプリの件も、タカヤさんに対して会いたい会いたい言い過ぎるのも、、偉そうに言って申し訳ないですけど、話聞いててちょっと怖くなりました」
「、、、」
それには彼自身、気付いていたのだろうか。
それとも誤魔化し続ける気で見ない事にしていたのか。
芽依は「真を突かれた」と言う気持ちがして、言い返せなくて気持ちが悪くなっていた。
真夏の生温い風は湿気たっぷりで吹き抜けていく。
公園の中での撮影は空気自体はのんびりしているが、2人の間だけは不穏だった。
「人と関わるならもっと丁寧に、大切に扱った方がいいですよ」
食べ終わった唐揚げの箱を持って彼女が立ち上がる。
「後悔する前に」
そう言いながら、ゴミ袋のある折りたたみ式のテーブルが置かれた隣の木陰に歩いて行った。
そっちにはスタッフ達の休憩用の椅子があり、メイクや衣装の担当者達が何か楽しげに話している。
「、、、」
芽依は耳の後ろの血管の動きがうるさくて、俯いて腹を抱えていた。
(寂しさを埋める、、俺が?)
何度考えても、やはり見えてくるのはジェンの影だ。
支え合い、お互いにお互いを掴んで生きてきた相手。
その背中だった。
(寂しさで人を、鷹夜くんを求めてた?でも冴と出会ったから鷹夜くんを用済みだと思ってる?そんな訳ない。鷹夜くんは友達で、冴はそうじゃない。ちゃんと区別はついてるし、そんな理由で2人を求めた訳じゃ、)
けれど昨日、あの電話を切ってから、一度でも鷹夜のことを思い出したか?
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