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第78話「ゴミ」

「急にその後輩からパワハラされるようになった」 「え、」 その言葉は頭の中にストン、と響いた。 「自分で処理しきれない苛立ちは俺に当てるようになった。後輩なのによく分からん理由で俺を呼び出してお説教。俺に頼まれた仕事を拒否。自分の説明不足で招いたミスで怒鳴り散らして八つ当たりして来て、さも自分が怒るのは当然って顔をしてくる。そのくせ、任された仕事が終わらないとなると俺にやらせてくる。まあ、ようは甘えだよ」 「甘え、、」 ズクン、ズクン、と全身が軋むような音が芽依の体内から聞こえる。 「俺は優しいから大丈夫。俺なら嫌がらせしても離れていかない。俺なら酷いことしても許してくれる。受け入れてくれる。それくらい信頼し合ってる」 「、、、」 「そのくらい、彼自身が俺に好かれてると思ってた」 「!」 何故だかギク、と芽依の心が揺れた。 「職場で散々嫌がらせするくせに、仕事が終わると一緒にご飯食べたい、鷹夜さん家に泊まりに行きたい、休みの日も会いたい、飲みに行く日を自分のスケジュールに合わせて設定して欲しい、彼女より自分を優先して欲しい、特別扱いして欲しい、とかね。散々色んな要望をしてきた。凄いよなあ、肝が座ってんだか馬鹿なんだか」 「、、、」 「正直疲れた。その要望を拒絶すると翌日の仕事してくれなくて、でも上野さんは俺のこと嫌いだろ?だから何か変だな?って思うと、俺が呼び出されるんだ」 テレビ台の上の時計から、秒針が動く音がする。 それだけが大きく部屋に響いている。 「理由を話しても、公私混同したお前が悪い。甘やかしたお前が悪い。大人になって対応しろ。お前が悪影響だったんだ。そればっか」 何だか気分が悪くなって来た。 「結果、俺が鬱になった」 「っ、」 ドン、と重たいものが肺の中に現れる。 息がしづらい。胸が苦しい。 暑いからではない。芽依は背中に冷や汗をかいていた。 「でもまあ、3ヶ月くらい会社休んでから復帰したよ。その後輩が辞める事になったから」 「、、、」 「上野さんは俺を辞めさせようとしたらしいんだけど、周りが俺を庇ってくれてさ。営業の人とか現場管理の部署の人とか。で、多数決で俺の勝ち。向こうがそれとなく辞めさせられた」 フッと鷹夜が表情を緩める。 けれどそれは、やはりどこか疲れたような顔だった。 「何が言いたいか分かる?」 「、、、」 言わないで欲しい。 けれど芽依は、それを聞かなければならないと思った。 この先の自分の為に。 鷹夜と言う人間の中身を、より深く知る為に。 「似てない?芽依くんに」 「っ、」 やっぱり、と思った。 「君が俺を傷付けるのは2回目だな。もしこれ以上俺に甘えるなら、俺は今度こそ、自分を守る為に君から離れる。自由に恋愛したいし。悪いけど、芽依くんはアイツがおかしくなる前に取ってた行動と同じことを今俺にしてるから」 「、、、」 「大人になれよ、芽依」 重たい言葉だった。 「許して」と言えば優しい鷹夜が笑って「いいよ」と言ってくれる事を彼は知ってしまっていて、それに甘えて来ている事を鷹夜が認識している。 バレているんだ、と頭のどこかで思ってしまった。 「俺、許さないって決めたら本気で許さねえから」 噛んだ下唇から血の味がした。 (俺、本当に、この人に対して何してるんだ) 聞いた限りのその後輩と芽依はまるで同じ人間のようだった。 持って生まれた他人に甘える癖がまったく一緒で、切り離して考える事ができない。 (このままじゃ、本当にこの人に嫌われる!!) 膝の上で握り締めた拳は震えていた。 「後輩さん、、とは、」 いつも聞く職場の話の中には無論、辞めてしまったその後輩の話は出てこなかった。 だから聞いた事がなかったのだ。 けれど、友達としても最高だったと語られたその人間がどうなったのかが知りたくなった。 鷹夜の言った「許さない」と言う言葉の意味がそこにあるのだと分かって、知らずにはいられなくなった。 「ん?あー、、最後までしつこかったけど、自宅に来たりしたらストーカーとして通報するってひと言言って着拒ブロックして縁切ったよ」 自分もいつかそうなるのか、とまた一段と胸が苦しくなる。 「俺の人生にいらないもんだからね」 「、、いらない?」 鷹夜はやっと、ニコッと笑ってくれた。 「そ。鬱が軽くて済んだから何とか復帰出来てるけど、もしかしたら一生ダメになってたかもしれないだろ。俺の人生壊すやつは、俺のそばに居なくていい」 「後輩じゃなくて、友達でも?」 「違うよ。会社辞めた時点で後輩じゃなくなったけど、俺に害を加えてる時点でもう友達じゃない」 「ぁ、、、」 どくん、どくん、と嫌な音がする。 「そうなったら俺の中ではもう何者でもない。興味もない。しでかしたことを取り返すチャンスを与える気もない。いらない人間なんだよ」 芽依は、鷹夜の冷たい一面を知った。 「俺が壊れない為に。俺が俺を守る為に」 言葉が出なかった。 鷹夜の中で自分が「いらない」にカテゴライズされていないかは分からないのだ。 今は許すと言ってくれているけれど、それが嘘か誠かも分からない。 距離を置く、が彼の中では「いらないと判断した」になるのかもしれない。 「いらないって思ったら、秒で捨てる」 優しくてお人好しで誠実の塊。 そんな鷹夜が持っている、けじめと責任の強さを重んじる、残酷な一面だった。

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