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第79話「君のことを想う」

芽依、泰清、久々に荘次郎。 それから冴と松本、片菊。 初めて集まるメンバーで、その日は芽依の家で飲み会が開かれた。 「片菊とメイさんてあれっすよね。役柄気にしてあんま話さないようにしてますよね」 全員がテレビの前のローテーブルに集まったところで、「乾杯」と言って飲み食いが始まった。 「あ、バレてた?」 松本の話題に食い付いたのは芽依だ。 「俺もちょっと避けてました、その方が嫌い合ってる感じ出るかなあーって。すみません」 「俺もだから一緒ですよ。こっちこそすみません」 芽依と片菊は役で言えば悠太郎と、その恋敵であり湖糸の婚約者である優作だ。 何となく演技しやすくする為に、お互いにあまり接触して来なかったところがある。 芽依が鷹夜と連絡を取らなくなってから既に2週間が経っていた。 7月の終わりで、夏はまだまだ深くなるばかり。 セミの声に包まれた外を歩くと嫌気がさすほどに暑く、すぐに喉が渇く。 芽依は歳上ながらに「すみません」と言ってきた片菊に対して頭を下げ、「すみません」と言い返した。 「あ、メイくん、敬語やめよう?堅苦しいのなしで。お酒飲むと俺結構酔って訳わかんないこと言うから、今のうちに無礼講ってことにして」 「え、そうなんですか、意外、、あ、じゃあタメで。ね!」 「うん」 「メイさん気を付けて下さいよ〜、片菊はマジで酒飲ますと荒れますから」 「ちょ、おい!」 松本がハイボールの缶を片手にジトっとした目で語ると、片菊は堪らず彼女の肩に手を置いて揺さぶった。 「そうなん?飲まそ」 「えー!!持って帰るの私なんですよ!?やめて下さい!」 「そんな飲まないから!ね!!遥香!!」 文句を言い出した松本を押さえ込み、片菊は困ったように笑う。 そう言えば撮影チームでの飲みの席でも片菊はあまり酒を飲んでいなかったな、と思い出した。 (鷹夜くんも、酒、弱かったな) 誰にも何とも言わず、芽依は1人だけそんな事を考えてしまった。 「、、、」 そんな彼の影の差した顔を、冴が密かに見つめている。 鷹夜と最後に会った日に、芽依は彼の家の鍵を狭い部屋の中に唯一あるテーブルの上に置いてきた。 戻ってきたいなら、彼に「いらない」と思われない人間になってからだと決めたのだ。 鷹夜のいなくなった日常は辛く、日を増すごとに存在が薄れていく感覚が切なかった。 そんな気持ちがありありと顔に出てしまうのだが、気がついて声を掛ける冴に何度聞かれても「別に何もないよ」としか芽依は話していないのだ。 (芽依くん、やっぱり元気ない) この2週間で、芽依は冴を大切にする為に努力をしていた。 不安にさせない為にどうしたらいいのかを調べたり本人に聞いたりして、それをとにかく実行している。 7月、今日会うと取りつけていた約束を繰り上げして、1時間でも会えるならと彼女の家に通うようにしていた。 その努力も実り晴れて付き合うようになってから1週間が過ぎ、約束していた今日は皆んなを招いて2人が付き合ったお祝いの飲み会にしたのだけれど、冴はどことなく芽依に違和感を感じている状態だった。 「窪田くんは初めまして。宇野くんは、こないだぶりかな」 「初めまして!」 「久しぶり」 片菊と荘次郎は舞台での共演経験があり、定期的に開かれる「修羅組」と呼ばれる飲み会で1ヶ月に一度は顔を合わせていた。 「ぶるどっぐ」と言う有名な劇団が定期公演で設けている演目が「修羅」と言う劇で、全く同じ内容、台本を毎シーズン違うゲスト役者を交えて演じるのだ。 その17代目のゲスト役者が片菊と荘次郎、それから同い年くらいの若手女優2人だった。 半年間と言う長期間、演技を覚えて舞台に上がり演じる。 つまり2人は、半年間ほぼ生活を共にして切磋琢磨した友人同士だった。 「もっちろん片菊さんのことは知ってますよ!こないだの舞台、俺、見に行ってたんで」 「えっ、そうなの!?」 「はい!00(ぜろぜろ)、めっちゃ面白かったです。戸部さんてどんな方なんですか?やっぱり厳しい?」 まだまだ舞台でひっぱりだこな片菊の出た舞台を観に行っていた泰清は、流石のコミュニケーション能力を発揮して彼と会話している。 泰清自身、演じるのも好きだが芝居を見るのが趣味でもあるのだ。 戸部と言うのは舞台「00」を春頃に公演した舞台演出家である。 「厳しいよ〜!俺ずっと頭叩かれてる」 「うははっ!台本でバンバン叩いて来るのマジなんですか」 「軽めだけどね」 2人の会話を聞きながら、周りの人間達は買ってきたつまみや女性陣で作ったサラダやパスタを食べている。 せっかくだから、と今回のドラマで主題歌を歌っているアーティストの曲を小さな音で掛けていて、スマートスピーカーからゆったりと部屋に音が流れていた。 「、、元気ないね、メイ」 「え、?」 隣にいた荘次郎は芽依に小声で話しかけた。 食べる気がしないのか、彼はふんぞり返ってラグの上に手をつきながら芽依をぼんやりした顔で見つめている。 芽依はそれに振り返り、どくん、と鳴った心臓を誤魔化すように笑った。 「元気だよ。撮影で疲れてっけどな」 ソファには冴と松本が座っている。 男性陣はみんな床のラグの上だ。 「そうかな」 「お前こそ元気ないじゃん。と言うか、最近どした?あんま飲みにも来ないじゃん」 「んー、、家にいたくて」 「んー?じゃあ今度、荘次郎ん家行っていい?」 「それはダメ」 「ええ、、」 松本と冴は泰清と片菊の話しに集中している。 「何で」 「今散らかってるから」 「お前の散らかってるって床のこんなちっちゃい埃取ってないとかだろ。全然行けるんだけど。気にならないし」 芽依は右手の親指と人差し指の先を近づけ、ほんの少し、2ミリ程度だけ離して荘次郎を見せた。 「それはメイが気にしないだけで俺は気にするんだよ」 ふふ、といつも通りの笑みを見せられたが、やはりどこか元気がないように見えた。 芽依も荘次郎もお互いの異変に気が付きつつ、自分が異変を隠せていない事に関しては今言われて気が付いた状態だった。 (鷹夜くんのこと考えるのはやめよう) (あんまり考え込むのはダメだ) 互いに悟られぬようにとそんな事を思案していた。 「そういえば、泰清に聞いたよ。アプリ、やめたんでしょ?」 「あ、うん」 話題が話題なだけにチラ、と冴を見つめた。 彼女は相変わらず興奮気味に泰清の話しを聞いている。 「タカヤくん、だっけ?」 「っ、、」 その名前が他人の口から出るだけで、どうしてここまで胸が苦しいのだろう。 芽依は手元のハイボールの缶を眺めて、一度、グッと唇を引き結んだ。 (鷹夜くんは友達だろ。こんなことで嫉妬する方がおかしい) 「、、うん、鷹夜くん。すごい良い人だよ」 泰清の事だ。 自分と鷹夜の間にあった事をもう全て話してしまっているかもしれない、と芽依は警戒した。 キスしそうになった事をだ。 (実際にしたことは誰にも教えてないけど、) 荘次郎はニコ、と笑った。 「良かったね、良い友達ができて」 「うん」 良い友達。良い友達。 いいともだち。 (ただの、良い友達、、、) 芽依の脳裏にはゆっくりと、いつだかの泰清の言葉が蘇っていた。 『すごいなその人。メイの凍った心を溶かしちゃったわけだ』 仲の良い普通の友達なら、それは泰清でも荘次郎でもできた筈だ。 ならどうしてその2人ができなかった事を、雨宮鷹夜と言う男は成し遂げたのだろう。

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