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第82話「変われ」

『俺は格好悪い芽依くんたくさん見たけど、格好悪い芽依くんも好きだよ。可愛くて』 「、、、」 その言葉が、頭から離れない。 「今度、私の友達に紹介してもいい?」 「ん、、え?」 半同棲的な生活が始まって1週間と少しが経った。 先日の飲み会は参加メンバーが全体的に仲良くなって終わりを迎え、また忙しい日々に戻っている。 冴の要望で、芽依は彼女に合鍵を渡し、出来る限り彼の家で一緒に時間を過ごすようにしていた。 「どうしたの?ボーッとして。私の話し聞いてた?」 ソファに座って窓の外の曇り空を眺めていた芽依の隣へ冴が座る。 無表情でこちらを向いた彼は、心ここに在らずと言う顔をしていた。 「ごめん、なんて言った?」 「もうっ。今度、私の友達に芽依くんのこと紹介しても良い?って聞いたの」 「ああ、うん」 やはり少し上の空だ。 今に始まった事ではなく、付き合う前、2度目に会った日あたりから芽依はずっとこうだった。 早々に浮気をされているのかと思ったがそうではない。 携帯電話はいじっていないし、唯一浮気相手の可能性があった松本遥香は片菊と言う恋人がいた。 ならば何故、芽依はこんなにも自分を見てくれないのか。 冴には疑問でしかなく、そしてどんなに寂しい想いをさせないようにと気遣ってそばにいてくれても、遠出をした先に迎えに来てくれても、何も埋まらない源因だった。 (芽依くん、、) まるで自分を見ていない彼を、冴は悲しげな目で見つめる。 「あ、、あのね!彼氏、竹内メイだよって言ったら、皆んなにスゴい!って言われちゃった。ふふっ、芽依くんはすごいね。皆んなに好かれてて、演技力も高いよねーって言われたよ」 無垢に笑いながら、冴は芽依に向かって笑うと静かに肩に寄り掛かって目を閉じた。 「そっか、良かった」 芽依はまた窓の外を眺めた。 どんよりとはしているが雨が降るわけではなく、ただただ曇っていて世界が暗い。 鷹夜と会わなくなってからの芽依の世界がそのまま目の前に現れたようだった。 (ダメだ。何か、生きる気力が湧かない。鷹夜くんと食べた朝ごはんの味忘れた、どうしよう) そんな事ばかりが頭の中を回る。 (あんなに落ち着く空間、やっぱりなかったんだなあ) ふうー、とゆっくり深く息を吐き、肺を押しつぶした。 脱力した身体はドッと背もたれに体重を預けたが、どこか重たく怠い。 (会いたいなあ) 隣にいる冴をちらりと眺めると、満足そうな顔で目を閉じ、眠っているようだった。 『竹内メイだよって言ったら、皆んなにスゴイ!って言われちゃった』 「、、、」 その言葉は残酷にも聞こえた。 けれど納得もしていた。 冴が求めているのが「竹内メイ」だからだろう。芽依は彼女の前で力が抜けないのだ。 格好付けていないと、笑っていないと、行儀良くしておかないと嫌われてしまう。 そんな気がしてならず、落ち着かない。 鷹夜のように格好悪くて良いと言われても、多分彼女の前ではずっとこのままだろうと思った。 (鷹夜くんは、ちゃんと俺を見てくれてたんだなあ) 今更ながらにそう実感していた。 芸能人なんて、一般人なんて、鷹夜には関係なかったのだ。 だからこそ力を抜いて、容赦なくふざけて、笑い合えた。 いい意味で緊張感がない。相手を警戒させる事がない。 この人にとって自分はきっと重要なのだと勘違いしてしまうような、丁寧で誠実な人当たりをしてくれる。 (鷹夜くんが言ってた後輩と俺は、まるっきり一緒だったんだ) 芽依は鷹夜を傷つけようとした。いや、傷つけてしまった。 鷹夜の隣が心地よくて安心できて、誰にも取られたくなかったが為に。 「ここにいるのは俺だよね?鷹夜くんも求めてくれているよね?」 そう確認する為に彼女を用意したり、知らない女のことを聞き出そうとしたりした。 結局は寂しさを埋めてくれる鷹夜と言う人間を離したくなくて、向こうが同じように自分を求めてくれるかを試してしまったのだ。 (本当に最低だ) 芽依は、どうしたら鷹夜に「いらない」と思われない人間になれるかを探していた。 けれどそれは無理なような気さえしている。 自分が180度変わらなければ、鷹夜から抱かれている「古市に似ている」と言う印象は覆らない。 (俺が俺じゃなくならないと、) どれだけ似ているかを考えるより、どこが似ていないのかを見つけないといけない。 変わらなければ鷹夜を失う。 そして、この先ずっと、今の自分のままでいる事になる。 「、、変わらなきゃ」 「ん、、え?」 このままでいたら、ずっと先の未来まで、芽依はジェンを追い続ける事になる。 彼と求め合い、埋め合い、傷付け合い、そして終わったあの懐かしく眩しい日々のように、また人を求め、自分を教え込み、傷付けて愛を確かめようとしてしまう。 それを繰り返し繰り返し、相手を取っ替え引っ替えして、生きている限り繰り返すのだろう。 (変わろう) 変わらなければならないのだ。 ここできちんと人と向き合う事を学ばないと、自分は一生誰かに縋るだけで向き合って立つ事ができない人間になる。 『人で埋めようとするからダメなんだよ。自立しろ』 この胸にぽっかりと空いた穴は、彼自身が埋めないといけない。 鷹夜が自立した大人であるように、自分も自分の脚で立ちたい。 芽依はソファからゆっくりと立ち上がった。 「芽依くん、、?」 「冴、ごめん」 「え、、?」 もうこれ以上人を傷つけてはいけない。 芽依は決意を決めて、ゆっくりと口を開いた。 「ごめんなさい。俺と、別れて下さい」 「っ、、」 まずは、これから始めないといけない。

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