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第85話「誰よりも」
「前に泰清言ってたじゃん、俺がいても、鷹夜くんが彼女探すことに変わりないって」
「あー、言った」
芽依はテーブルの上のおしぼりで指先を拭いた。
「ほんとそうで、鷹夜くんやっぱアプリ続けてた。たまたまケータイの通知見ちゃってさー、、めっちゃ悲しくなって、お前に関係ないじゃんって面と向かって言われて、キレて、気が付いたらキスしてた」
「んー、、お前、鷹夜くんのこと好きなの?」
それには言葉が詰まる。
喉から出て来ず、そこに溜まってしまって苦しかった。
「、、俺いま、好きって感情がよく分からない。人としては好き。優しくて安心するから、大好き」
「俺が聞いてんのは恋愛としての話し。だって何でキスしたの?」
2人とも食べる手は止めていた。
手元のジョッキはどちらのものも汗をかいて、テーブルに輪っか状の水たまりを作っている。
「ジェンの代わりになってくれる鷹夜くんが誰かと恋したら俺のところからいなくなる。だから、だったら、俺自身も恋人の代わりになればいい、とか考えたのかな」
「なーんかさあ?いや、分かるんだけど、ジェンに関してのこととか色々。でもさあ、結び付けて考え過ぎじゃねえの?」
「、、そうかなあ」
個室の中はエアコンがついていて、ゴオゴオと涼しくて少し煙臭い風を吐いている。
芽依は俯いた。
「鷹夜くんに距離置こうって言われたんだー。考え過ぎて変なことになってるだけだから落ち着けって。冴に集中しろ、とりあえず2ヶ月は連絡取らない。で、2ヶ月後に会ったとき、変われてたら友達続行。変われてなかったら友達をやめる」
「何だそれ」
「まあ、そのくらい気持ち悪いことしちゃったし」
「ふうん、、?」
そこまで話すとお互いにひと息ついた。
泰清はハイボール、芽依は烏龍茶のジョッキを持ち上げて飲む。
テーブルの上には8本盛りの串の皿とポテトサラダの皿が置いてある。
芽依はそこから、鷹夜の元後輩の話しを泰清にした。
自分がまるでその後輩のように鷹夜に甘えてしまい、結果的にキスをして傷付け、信用をなくしてしまったのだと。
「向こうの過去がまた、うまく噛み合って来てイヤな感じだな」
「その人と似ていたくない、、俺は鷹夜くんと友達でいたい。いらないって、思われたくない」
「んー、、」
「俺が俺でなくならないときっと鷹夜くんが安心して俺のそばにいられない。それは嫌だ。鷹夜くんと向き合って、友達でいたいから冴とも決着をつけた。寂しいってだけで行動しないように」
「、、んー。難しいなあ」
芽依の真剣で、けれど悩みを抱えた複雑な表情を見つめて泰清がため息をついてしまった。
確かにこの甘やかされ続けて来た芽依にとって厳しい条件を鷹夜は出している。
「どう変わればいいんだろう」
「うーん」
手詰まりのように思えた。
2人はしばらく沈黙して、飲み物を飲んだり串を食べたりしたが全く浮かばない。
浮かんでいるとすれば、お互い何となく、何か引っかかる感じがあるだけだ。
「、、何かさ」
「うん」
「俺の言ってること、変な感じあった?」
「今それちょうど考えた」
泰清は噛んでいた砂肝をグッと飲み込んだ。
「メイって受け身に話すけどさ、自分自身どうしたいの?」
「え?」
串を食べ終わった手をおしぼりで拭いて、芽依はバッと泰清に向かって顔を上げる。
チャンポンする胃の強さも、まったく顔が赤くならないアルコールと言う成分への強さもピカイチで、泰清はまるでシラフと言うようなスッとした顔のままこちらを静かに見つめていた。
「今んとこ、お前が自発的に頑張ってるのは鷹夜くんと向き合うってこと。向き合うって、具体的にどうありたいの?」
「え、と、、」
「冴ちゃんのことは、まあ残念だったけど、鷹夜くんと向き合う為に切ったんだよな」
「ん、、うん」
一瞬、ひどく申し訳なさそうな顔が見えた。
反省しているのだろうな、と伺える。
「そこまでするのはそうしないといけなかったからだ。じゃあ何で冴ちゃんを切らないといけなかったのか」
「んー、、」
下唇をグッと押し上げ、芽依が低く唸った。
「もう少し前向きに考えようぜ。今までのお前じゃなくなるとか、捨てなきゃいけないとかじゃなくて、進化すんだよ。新しいお前になるの」
「新しい俺、、?」
コク、と泰清が頷いた。
「メイ。鷹夜くんが言ってることも分かるけど受け身ばっかじゃダメだ。向こうがこうしてくれて嬉しい、じゃなくてお前はどうしたくて向き合うの。どうやんの、それ」
自分を埋めて欲しいと言う受け身でないなら、芽依はどうしたいだろう。
被害者面はやめて、甘えるのはやめて、優しくしてもらうと言う考えを止める。
鷹夜のそばにいたいのは、何故そうしたいのだらう。
(鷹夜くんみたいに、なりたかったんだよな)
出会った当初からそうだった。
誰かを安心させる程、平凡で暖かく、のんびりしている彼が持っている世界に憧れたのだ。
大きく夢見ることに慣れ過ぎて、ふとそこにある小さな幸せを見落として、自分は不幸だ、可哀想だ、優しくされないなんておかしい。俺だって頑張ってるのに!と被害者面して生きていたくないのだ。
余裕を持って人といられる、思いやれる、優しくできる人間になりたい。
(そしたらきっと鷹夜くんと友達になれるって思ったんだよなあ)
あの屋上での電話のときから人に優しくされる事が増えたように思ったのは、きっと自分自身が目を向ける部分を変えたからだ。
ギスギスしてスキャンダルの事をどこかで誰かに噂されているのでは、と人間不信になるよりも、裏切らないと信じられる人達と笑い合う事に集中したからだ。
(楽しいんだよな、今、俺)
ただここに、それを教えてくれた鷹夜がいたらどんなに幸せか。
そう考えずにはいられないのだ。
「、、、」
だったら、どうしたい?
「鷹夜くんみたいになりたい」
小さくて、見逃してしまいそうな幸せでも全力で感じて、人を傷付けず、大人で、自分の脚でしっかりとそこに立っている。
「優しくなりたい」
傷付ける側は、本当にもう終わりにするんだ。
あの人のように誰かを大切にできる人になろう。
心を守る人間になろう。
傷付けられてもいい。でも、加害者にはならない。
『ヤリたいとかじゃなくて、本当にッ、お、お金、貯めてッ、好きな子と、ぉ、おいしいもん食ったり、したいじゃんかあッ』
そうだ。
ただ鷹夜といたい。
連れて行きたい店もある。
一緒に食べて欲しいものもある。
『男だからッ、デート代は全部出したいし、たまに、サプライズでプレゼントとか渡したいし、そのッ、っゔ、、その為に金稼ぎたいなって、喜ぶ顔が見たいなってッ思うだろ普通ッ!!』
コインパーキングの駐車代なんかいらない。
一緒に買った惣菜の代金は自分の方が多めに払いたい。
合鍵だって、鷹夜のはいらないから、自分の家の鍵だけは持っていて欲しかった。
『知らねーよ若者の考えなんかッ!!』
久しぶりに、かすみ草の色を思い出した気がする。
「、、、」
初めて会ったあの日、鷹夜が何にそんなに必死で、何の為にそんな事がしたいのかが分からなかった。
けれど今の芽依になら、あのときの彼の気持ちが痛い程に分かる。
鷹夜は好きな人を大切にする人間だ。
それができる人だ。
だからあのとき、MEIを心の底から愛したかったと叫んでいたんだ。
大切にする、が鷹夜にとって、世界にとって、正当で真っ当な愛の形なんだ。
「メイ、、?」
「俺、好きなんだ」
「え、?」
泰清は目を見開いた。
「鷹夜くんのこと、好きなんだ」
芽依の瞳から、ボタ、と手の甲に涙が落ちた。
それは暖かくて、何だか優しい。
「誰よりもあの人に優しくしたい。1番近くで、一緒に笑ってたい」
大切にしたいんだ。
世界で1番、あなたに優しくしたいんだ。
ああ、俺は貴方が好きなんだ。
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