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後編
「おわぁっ!!!」
僕は、頭上から響いたガドさんの悲鳴で目を覚ました。
「う……?」
微かに身じろぎをしてから、声のした方向……つまり上を見上げてみる。
ベッドの頭側にある窓から差し込む日差しがちらちらと眩しい。
今何時くらいなのかな……。
こんなにぐっすり眠ったのは、本当に久しぶりだった。
「お……お前……」
僕を見ながら、おかしな表情で固まったままのガドさん。
なぜか必死で両手を持ち上げている様が、まるで拳銃でも向けられた人みたいだ。
「どうかし……」
「お前、一体……」
僕とガドさんの言葉が重なる。
「い、いや、お前じゃないよな、俺が抱き込んでたもんな。ってことは、俺が引き込んだのか!!」
ガドさんが頭を抱えて悲痛な叫びを上げる。
「だ、大丈夫か? 潰されたりしなかったか?」
おろおろと僕を覗き込むその瞳が、本当に心配そうで、いつも落ち着いているガドさんに、その慌てた姿がどうにも似合わなくて、僕はなんだかおかしくなってしまった。
「ちょっと苦しかったりしたけど、大丈夫ですよ」
口の端ににじみそうになる笑いを、必死で堪えつつ答える。
僕の答えに、ガドさんがさらに青ざめつつ
「どっか痛いとこは無いか……?」
と、僕の体を酷く真剣な表情で見回す。
真っ直ぐな視線を受けて、なんだか急に恥ずかしくなってしまった僕は、目を逸らそうと、慌てて俯いた。
顔がみるみる赤くなるのが自分でも分かる。
けど、それがどうしてかは分からない。
とにかく、真剣に僕を心配してくれるガドさんに
真面目に答えを返さなきゃと思って、自分の体に痛むところが無いか、全身に意識を配ってみる。
「ええと……お尻……と……腰が、その……ちょっと、痛い、です」
思いがけずたどたどしくなってしまった返事が恥ずかしくて、頬の赤みが耳まで広がる感触に、思わず手で顔を覆ってしまう。
抱き寄せられて、ちょっと反り返るような姿勢で寝ていたのがいけないのか、それとも、寝なれないふかふかのベッドで、長時間寝返りも打たずに横たわっていたのが原因か。
あ、背中も痛いみたいだ……けど、今から追加するのもおかしいかな……。
そこまで痛いわけでもないし……。
「――え……」
ガドさんの、妙に掠れて乾ききった声が聞こえた。
予想外の反応が気になって、僕は指の隙間からそうっとガドさんの顔を伺い見る。
そこには、精悍な顔立ちを困惑しきった表情で染めているガドさんがいた。
「俺……が……? いや、まさか……そんなわけ……」
なにやらぶつぶつと、うわ言のように呟くガドさん。
な……何かまずかったのかな?
とにかくフォローしなきゃ……。
不意にこみ上げてきたあくびを噛み潰して、ガドさんを見上げる。
まだ頬は熱かったけれど、顔を伏せたままでは言い訳にもならない気がする。
「あの……でも……大丈夫だよ、ガドさん優しくしてくれたから……」
昨夜、僕を優しく包んでくれていた腕の温かさを思い浮かべる。
それは確かに、無意識でも、僕を潰さないようにと、そうっと抱きしめてくれていた。
あくびの涙か、昨夜の名残か、ふいに涙で視界が滲む。
こぼれる前に慌てて指で掬おうとして、僕は、昨夜自分の頬に触れたガドさんの唇を思い出していた。
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ベッドの上。俺の目の前に座り込む小さな少年は、大きな瞳に涙を溜めたまま、
まるで熱でもあるかのような上気した頬と眼差しで俺を見上げていた。
待て待て。待て待て待て。
それは無いだろう。いくらなんでも、それは無い。
……だろう……??
頭では、自分が、まさか、無意識のうちに? こんな小さな子を、そんな、無理矢理襲うような真似はしないだろう。と、『ありえない』と判断するにもかかわらず、
目の前で小さく蹲った少年の、なにかこう尋常でない視線を受けると、その判断が果たして本当に真実なのか分からなくなってくる。
その潤んだ瞳を見つめていると、少年が小さく身じろぎして、恥ずかしそうに俯いた。
パジャマ代わりに貸してやった俺の白いシャツ越しに、少年の肌がうっすら染まっているのが見える。
どうしてそんなに赤くなる必要がある。
俺が、何をしたって言うんだ!!!
頭が擦り切れそうなほど可能性を探しても、俺の顔を見て赤くなるなんて、俺と何かがあった以外には考え付かなかった。
今にも思考を停止しそうな頭を抱えて、恐る恐る問いかける。
最悪の答えでない事を祈りつつ……。
「あの、さ、俺、どんな事したか……その、覚えてるか?
いや、その、言いづらくない事だけでいいんだ……が……」
戸惑うような金色の瞳が俺をもう一度見上げる。
躊躇いがちに口を開いて、一度閉じ、きゅっと強く結んだ後、少年は震える唇を開いた。
その姿に、答えたくない答えを、言いたくない言葉を、俺が少年に無理矢理吐き出させようとしている事実を付きつけられたようで、急に罪悪感が押し寄せる。
「い、言いたくないならいいんだっ!!」
慌てて、その今にも壊れてしまいそうな少年の両肩を掴むと、跳ねるように少年が顔を上げた。
一瞬、俺と目が合い、動揺したように視線を逸らした後、なぜかこつんと、俺の肩に額を押し当ててきた。
……どうしてこうなる?
もし俺が、こいつに何か酷い事をしたんだとしたら、こいつはもっと俺に怯えたりするもんなんじゃないのか?
俺の頬を少年の淡い金の髪がくすぐる。
その僅かに甘い香りに、俺はまた彼女の後姿を見る。
そうだ……。
俺は昨日、確かに、彼女の夢を見た。
いつもの、彼女を見送る夢ではなく、
泣いていた彼女を慰め、愛を確かめ合う、とても幸せな夢だった……。
と、脳裏にくっきりと夢の映像が蘇る。
そこへ、少年が震える声を振り絞るようにして、俺の首元で囁いた。
「その、僕の涙を……ガ、ガドさんが……拭いてくれて……」
それは、今思い出したばかりの映像とぴたりと重なる。
「……どうやって、だ……」
「……っ……」
俺の問いに一瞬息を詰まらせる少年の、熱い息が首筋にかかる。
瞬間、背筋をぞくりと熱い何かが駆け上った。
なんだこれ……。
まさか、俺は昨日もこんな気持ちになって……それで、こいつを……?
少年の細い肩をすっぽり包んでいた両手に、知らず力が入る。
「痛っ」
小さな悲鳴に、慌てて両肩を話す。
「すまん、ちょっと力が……」
支えを失った少年が、ほんの少しよろけて、俺の胸に寄りかかる。
それは、確かに昨日愛しく抱いた温もりだった。
俺は、今まで否定ばかりを繰り返していた自分の中に、否定できない何かを見つけて、少年に問う。
俺が間違っているならそれでいい。
いや、むしろ否定してくれ!!
「なあ、俺は……、お前の涙を、舐め取ったのか?」
少年は、俺の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
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「男として最低だな」
事の次第を掻い摘んで説明した俺に、そいつは吐き捨てるように言った。
「上司から預かってた子なんだろ?」
「所長な」
「お前より年下なわけだろ?」
「…………七……だ」
「十七!? 六つも下じゃないか。それを強引に……ん?
普通、そんな年頃の娘を一人暮らしの男のとこへやるか? まさか……」
「預かってたのは、男……なんだ」
「ははーん。なるほどな。それで俺のとこに相談に来たのか」
合点がいったとばかりに、大きく頷くゆるいウェーブがかった赤髪の男。
こいつは、俺の学生時代からの付き合いで、
俺の知る中唯一、その……。男の、恋人が居る奴だった。
「それで? これからどうするんだよ。上司にばれたら間違いなくクビだろ?」
「ああ……。それが、な……あいつ……」
今朝のやり取りを思い浮かべる。
とにかく少年に謝り倒して、今夜から自分は一階のソファーで寝るからと、背を向けて立ち上がろうとした俺の腕に、小さな両手が縋り付いた。
「ま、待って、ガドさんっっ」
振り返ると、少年の表情はまるで捨てられた子犬のそれだった。
「僕、大丈夫だから! 痛くな……ぅ、えっと、痛いの我慢できるから!」
またじわりと涙を浮かべて縋る少年を、振り払うような真似も出来ず、俺はもう一度ベッドに座って少年に向き直る。
それだけで、少年は嬉しそうに表情を綻ばせ、不意打ちの微笑みに、俺の動悸は激しくなった。
おいおい……。
これは本格的にまずいだろう。
相手はこんな小さな……しかも男なんだぞ、分かってるのか俺!!!!
慣れない早さで刻む鼓動を必死で押さえつけつつ、少年の次の言葉を促す。
「……だから?」
悪いが、これ以上お前と向き合っていると俺の大事な何かが壊れそうなんだよ!!
内心で叫びつつ、少年の顔をおそるおそる見返した。
「僕と……今夜も一緒に……寝て……ください」
懇願するような、切なげな表情で見上げられて眩暈がする。
そのせいか、俺は自分が今なんて言われたのか理解できなかった。
「……え?」
自分でも気の抜けた声だったと思う。
それを間接的な否定と捉えたのか、少年の顔が一気に曇った。
「ダメ……ですか……」
「い、いやいやいやいや、ダメじゃない!! いや、そうじゃなくてだな!!!」
俺の剣幕に、少年がキョトンとした表情を返す。
「それは、俺が、お前を抱いていいってことなのか?」
少年の、くりっと見開いた瞳が、ゆるりとまどろむように瞬いて、同時に頷きが返ってきた。
な……なんだって…………!?
大きな驚きと、困惑と、そして確かな喜び。
嬉しいと思う僅かな気持ちを、俺はもう誤魔化せずにいた。
「俺に……その、こんなことされて、嫌じゃなかったのか?」
どうしても、これだけは聞いておきたくて、覚悟を決めて問いかける。
俺の真剣な眼差しに、少年もまた真剣に答えようと視線を絡めてきた。
何かを……いや、昨日の事だろう、それを思い出しているかのように、一瞬ぼんやりと焦点を失った瞳が、ふわりと細められる。
「……うん、えっと……嬉しかった」
いつもの敬語ではなく、素直な気持ちで告げられたその言葉に、少年は、花のような笑顔を添えて返した。
俺がはじめて目にした、少年の心からの微笑み。
――っダメだ!!
こいつ……なんか俺にはキラキラして見える!!!
窓から差し込む、既に朝日とは呼べない明るさの陽射しがこぼれる寝室で、俺は、目の前に座る少年のあまりの眩しさに目を細めた。
俺の話を聞いた友人が、ため息をひとつ吐いた。
「……なんだ。お前惚れられてるんじゃないか」
「惚れ――っ!?」
考えもしなかった単語に、一瞬面食らう。
そ、そうなのか? 俺は、あいつに、好かれてるのか……?
自分の顔が自然とにやけてくるのが分かる。
「俺の視界に入るところで気持ち悪い顔をするな。じゃあなんだ、お前は今日わざわざのろけ話をするために俺の家まで来たのか?」
それならもう帰れと言わんばかりの友人に、慌てて言葉を足す。
「いや、お前には聞きたい事があるんだ」
「……何だよ、下世話な質問なんかすんなよ? やり方なんて人それぞれだろ」
先手を打たれた回答に、俺はほんの少し言いよどむ。
「そ、それはそうかも知れないが、あいつはまだ……小さいから……。なるべく負担をかけたくないんだ」
「……そうか? 十七なら、そこまで……」
「……いや……」
「ん?」
俺の視線が泳いでいるのに気付いた友人が、その表情を引きつらせながら聞き返す。
「……いくつなんだって?」
「な……七つ……なんだ……」
「……」
「……」
「人として最低だな!!!!」
時が止まったかのようなしばらくの沈黙の後、赤髪の友人は今度こそ吐き捨てるように叫んだ。
「ああ、その通りだと、俺も、思う……」
「なんなんだお前!! いくらご無沙汰だったって、そんなちっちゃい子無理矢理襲うか!?」
「……っ俺だって、最初そう思ったよ!!」
「なあ、なんかの勘違いだろ? 俺には、お前がそんな事するような奴だとは思えないんだが……」
「けど、確かに、布団が汚れてたんだ……」
「……」
「……」
友人が、ひときわ大きなため息をつく。
「七歳だろ……?」
「ああ……」
「まだないな……」
「ないよな……。 それに、あいつにも、かかってた」
「お前ぇぇぇぇぇ……」
友人が、俺の襟首を掴んでガクガクと前後に振る。
「犯罪だろ!! まだほんのガキだぞ!?」
わかってるさ。
あいつの小さな体も、その高い声も、大きな瞳も、全てが幼さを主張してる。
だけど、いや、だからこそ……。
「だから、なるべく痛くないようにしてやりたいんだよ!!」
俺の叫びに、襟から手を離した友人が、ため息をつきながらこちらを見返した。
「お前…………本気なのか?」
赤髪と揃いの、垂れ目がちな赤い双眸が、こちらの真剣さを探っている。
「ああ」
たとえ、これが原因で、仕事を失う事になっても、この町に居られなくなる日が来るとしても。
……あいつが成長して、俺の事を違う目で見るようになるとしても。
それでも、捨てられまいと、必死で俺に縋りついたあの顔を、俺に抱かれて、嬉しかったと答えたあいつの笑顔を、なかった事には出来なかった。
俺を睨みつけるようにしていた赤い双眸がふいとはずされる。
続いて、小さなため息。
「……わかったよ、俺に出来る事なら協力する」
観念したとばかりに肩をすくめて、そいつは答えた。
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素肌に、大きさの合わないぶかぶかのシャツだけを羽織った姿で、少年はベッドの上にぺたりと座っていた。
シャツのボタンは1つもかかっていない。
目の前には黒い髪の青年が、少年へ向き合うように膝立ちしている。
昼間、明るい日差しに満たされていた、薄いカーテンの寝室は、そのまま一日中続いた雲ひとつない晴天に、今は静かな月の光に満たされている。
銀色の月光を背から浴びる少年。
淡い金の髪が男の大きな手にゆっくり撫でられて、その指の隙間から柔らかく零れ、月光を反射させて煌めいた。
「……怖くないか?」
少年と同じ目線になるよう、少し窮屈そうにかがんだ男が問いかける。
色素の薄い淡い金の瞳を、真っ直ぐ覗き込む漆黒の双眸。
昼間、恥ずかしすぎて合わせる事の出来なかった視線から、今、少年は、どうしても目を逸らせずに居た。
「は、はい……」
小さな声が、その言葉の意味すら理解できないままに返される。
(ガドさんは、僕に何をするつもりなんだろう……)
ぼんやりした頭で考える。
目の前の男が、これから自分に対して何かするつもりである事だけは理解しつつも、少年に、それ以上の予想はできなかった。
ただ、自分の事を真っ直ぐ捉えてくる熱い視線に晒されていると、そんな事の全てがどうでもよくなってしまうくらい、頭が思考を停止しそうになる。
誘われるまま男とお風呂に入った少年は、男の手によってその体の内側まで綺麗にされていた。
「いいか? 嫌だと思ったら、いつでも言うんだぞ」
心配そうに告げる男の声があまりに優しく耳に響いて、少年は小さく身を震わせると、視線で頷いた。
頭を撫でていた男の手が、するりと下りてくる。
一瞬後には、少年は男の膝の上にひょいと抱え上げられていた。
「わ」
少年の反応に、男は苦笑しながら
「お前、本当に軽いな」
と呟いて、その唇を少年の首筋にそっと落とした。
小さな体が一瞬ぴくりと揺れて、全身に力が入る。
その緊張をなだめる様に、男は優しく舌を這わせた。
「……っ」
腕の中にすっぽり納まる少年の体が、みるみる熱を帯びてくるのを感じて、期待より不安が大きかった男の胸が高鳴る。
まだ筋肉も脂肪もついていないまっさらな少年の体。
男が夢中でその薄い皮膚を舌先で愛撫していると、後頭部と背中を男の両手に支えられるような姿勢で、されるがままだった少年が、両腕を黒髪にそうっと回してきた。
その仕草がたまらなく嬉しくて、胸が熱くなる。
男の頭を抱えれば、それだけでいっぱいになってしまう小さな体を、男は心から愛しく感じていた。
黒髪に顔を寄せる少年の口から零れる息が酷く荒い。
ゆっくりと顔を離せば、少年は潤んだ瞳と上気した頬で、自らの体から離れる男の頭に切なげに縋りついてきた。
「ガドさん……」
男の理性が大きく揺らぐ。
ぐいと少年の体を横向きに抱くと、赤毛の青年に分けてもらった液体を右手に取り
「ちょっとぬるっとするからな」
と宣言して、答えを待たず背中側から少年の局部にあてがう。
「ん……っ」
ビクリと驚きに揺れる小さな体。
常温で保管されていた液体は冷たくなく、どころか擦れば驚くほど熱く感じた。
(へぇ、こういう物なのか)
男ははじめて手にしたその感触に感心しつつ、少年の小さな窪みに意識を集中させる。
なるべく傷つけないように、優しく撫で回すと、膝の上で男の左腕に縋りつくように身を縮めていた少年から、少しずつ力が抜けてゆく。
体の左側面が男の胸にあたるような形で抱かれている少年が、その体重を完全に男の胸に預けると、男は精一杯優しい声で最後の心添えをした。
「痛いときは遠慮なく言えよ」
それを合図に、今までゆるゆると入り口を撫でていた男の指が、少年の体内へと侵入を開始する。
「ぅあ……っ」
途端、少年の体がまた硬直する。
「痛いか?」
体を縮こまらせる少年から、少しでも力を抜かせようと、震える小さな肩に口付ける。
指の動きを止めると、慌てたように少年が答えた。
「だい……じょう……っっ――んんっ」
その言葉にさらに指を沈めると、少年が悲鳴のような声を上げた。
小さな手が必死に縋り付いてくる腕に、ぽたぽたと温かい水滴がかかる。
(泣いてるのか……?)
急激に、罪悪感と焦燥感に駆られる。
「顔を上げてくれ」
切羽詰った男の声に、少年が顔を上げる。
涙に濡れる赤い頬、苦しげに息を吸う半開きの唇を、男は思わず唇で塞いだ。
「んっ」
一瞬、目を見開いて、さらに硬直する少年だったが、男の舌が口内に割り入ると、次第にとろんとした表情に変わってゆく。
長い長い口付けの後に、男がようやく唇を離すと
体中から力が抜けてしまったかのように、くたりと少年が男の胸に寄りかかった。
その小さな体を、向かい合うように抱き直してから、そろりと、動きを止めていた指を動かすと、それはまるで引き込まれるようにスムーズに少年の中へと入り込む。
「ぅ……ん……」
まだ全て埋まりきらない指の先が、柔かい壁にあたった瞬間、少年がびくりと背を反らした。
「あっ」
(思ったより浅いな……)
一抹の不安を感じつつも、指先で内壁をそうっと擦る。
まだ未発達な体のためか、少年の締め付ける力はそう強くなく、指は自由に動かす事ができたものの、逆にどの程度なら動かしても良いものかがよくわからない。
「んんっ……」
ゆるゆると、少年の反応を見ながらその体内を探っていると、徐々に痛みを堪えるような声が、甘い響きの音へと変わっていった。
「あ……っあ、ん……」
元から高い子供声が、さらに鼻にかかって、男の耳をくすぐる。
男の指先に、それまで触れられなかった突起のような感触が、内壁の向こうにわずかに当たるようになった頃には、時折聞こえていた嬌声が、途絶えることなく響くようになった。
「あっ……んっ……はぁっ……が、ガドさ、ん……っ」
ひっきりなしに襲いくる熱に犯されながら、うわ言のように男の名を呼びその頬に手を伸ばす少年。
力の入らないその体をもう片方の腕で支えているため、男は切なげに伸ばされた小さな手へ、口付けをして応える。
感情が昂りすぎているのか、ぽろぽろと涙を溢れさせ続ける少年が、自分の手に寄せられた唇を見て嬉しそうに微笑んだ。
(そうか、こいつが気持ちの上で泣けないって言うなら、こうやって、泣かせてやればよかったのか……)
ぼんやりそんな事を考えながら、男がゆっくりその指を抜き取ると、少年が不安そうに頭上の顔を見上げた。
「僕……僕……っっ」
何を言えばいいのかまで考えが及ばないままに言葉を発する少年を、片腕でベッドに横たえると、その髪を優しく撫でる。
「大丈夫だ、お前の傍から離れたりしない」
男の言葉に、少年がやっと安心したように表情を緩める。
少年は自分が一体何をされているのか、まだ理解ができなかったが、この優しい黒髪の男になら、何をされても良いと思っていた。
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「あああああっっ!!」
体内を裂かれる感覚に、少年が耐え切れず悲鳴を上げる。
のけぞるその背を、男が背後から抱きすくめる。
痛いかと聞く必要なんてないだろう。痛いに決まってる。
一度抜いてやったほうが……と判断する頭とは裏腹に、息苦しいほどの欲求が男の体を支配する。
まるで耳元でなっているかのような煩いほどの心臓の音に、男の思考は麻痺しつつあった。
今日が初めてってわけじゃないんだ。
大丈夫……もう少し……だけ……。
男は、少年の腰を両手で抱えて、さらに深く侵入する。
その動きに、少年の体が反射的に逃げ出そうとするものの、男にがっちり掴まれた腰は、少年の力ではどうする事も出来ず、ただ細い腕がシーツを掻いた。
「うっん……ん、ああああああっ……!!」
めりめりと音が聞こえそうな程の抵抗を感じつつも、まだ筋肉の未発達な体からは痛みを与えられる事がなく、男の欲望は少年の壁に阻まれた後もさらなる深みを求めた。
「やっ……あっ……ガドさ、ん……いっ……。苦し……」
体の下で訴える悲痛な声に、男が我に返る。
痛いという言葉をあえて避けた少年に気付いて、男の息が詰まった。
「っ……悪い……今、痛くなくしてやるからな」
短く、心からの謝罪の言葉を告げると、荒く息をする少年の顔がほんの少し綻んだ。
涙をこぼし続ける少年の目に、背後にちらと見えた男の表情こそが泣きそうに映る。
ガドさん……淋しいの……?
……だから……こんなことするの……?
少年の胸に訪れたのは、否定ではなく、純粋な疑問だった。
大きな手がまだ柔らかな皮膚に包まれた細い体をまさぐる。
まだ小さすぎる突起は片手で十分に左右押さえられるほどで、その体の小ささを思い知らされる。
骨ばったところもほとんどなく、余計な肉も何一つない体。
それは、まだこれからどんな風にも成長して行く事が出来るはずの物だ。
……それを、こんなところで、こんな男に……。
男は、じわりと胸に広がる罪悪感から目を逸らすように、必死で少年を愛撫した。
わき腹から胸へ、肩から首筋へ。
丁寧に指を這わせると、まだ癖のない体が時折ぴくりと反応をして、甘い声が漏れる。
痛みに固くなり、震えていた少年の体が、次第に綻び熱を帯びてくるのを感じつつ、男は背後から少年の小さく欠けた耳を舐め上げた。
「ぅあん」
可愛らしい嬌声に、思わず口元が緩む。
男からふっと漏れた息にも、少年の体はびくりと反応した。
「動くぞ」
少年の中で、ずくずくと痛いほどに熱を持つそれを、ようやくそろりと引いてみる。
その刺激は、少年以上に男自身を追い詰めた。
「「ん……っ」」
少年と男の声が重なる。
はじめはゆっくりと、次第に激しく、少年が男に突き上げられる。
「はっ……あっ……ああっっ!」
小さな体ががくがくと震える。
悲鳴のようだった声が、絶え間なく響く甘い声へと変わってゆく。
「う、ん、んっ、あっ、ああん」
その声に、男もまた限界へ近づいていた。
「ガ……ガドさ……あっ……」
何かを訴えようとしている少年に気付いて、男が動きを止める。
ベッドにうつぶせるようにして、腰を男に持ち上げられていた姿勢の少年を、男は自身と繋いだまま、器用にくるりと仰向けにさせた。
「ううんっ」
少年がその刺激に一瞬きゅっと閉じた目を開くと、少年の目の前には男の顔があった。
いつの間にか男の額にも汗が浮かんでいる。
頬を伝う汗が、まるで涙のようで、三白眼気味の黒い瞳、その上の眉は若干苦しげに寄せられていて、少年の金色の瞳には、まるで男が悲しんでいるかのように映る。
それを、真っ赤に染まった頬で見上げながら、涙の混ざる上擦った声で尋ねた。
「淋しいの……?」
予想外の言葉に、男の瞳が揺らぐ。
ほんの少しの沈黙の後、男は自分を心底心配そうに見上げる金色の瞳に口付けて、その耳元で囁いた。
「ああ……お前が来るまではな」
少し熱くなった自分の頬を自覚しながら、男がそっと少年から身を起こすと、少年がふんわりと微笑んだ。
その拍子に、瞳にたまっていた涙が、ぽろりと零れる。
「僕と、一緒だったら……淋しくない?」
男は、零れた涙を優しく舐め取ると、耳元で「ああ」と答えた。
「っ……嬉しい……」
言葉を詰まらせながらも、極上の微笑を浮かべる少年に、男が口付ける。
「んっ……」
さっきは男の舌にされるがままだった少年が、躊躇うようにそろりと舌を伸ばしてくる。
その反応に、男の体が熱くなる。
少年の舌をゆっくり絡めとりながら、じわりと腰を揺らす。
「んんっ」
びくりと震える少年の小さな肩から首筋へと指を這わせて
小さく欠けた耳を弄びながら、
次第に強く、速く、男が少年へと自らを突き立てる。
「ん、んんっ……ん……っ」
口を塞がれたままの少年が、苦しげにうっすらと瞳を開ける。
睫毛に擽られて、男が唇を離す。
「あっ、あっ、ああんっっあっっ」
自由になった少年の口から、切なげな声が零れる。
痛いほどぎゅっと男の腕を握り締める指からも、仰け反り、ガクガクと壊れそうなほどに揺れる体からも、体内から伝わる熱からも、少年の限界が近い事を感じて、男は一層愛を込めて、その小さな体を追い詰める。
「はっ、あっ、ガドさんっ、僕……っ僕の……名前……呼んで……っっ」
息を継ぐその隙を縫って、叫ぶようにねだるその声に、男はまだ一度も、この少年の名を呼んだことがなかった事に気付く。
「シリィ」
口に出すと、途端に愛しさが止まらなくなる。
「シリィ、シリィ……っっ」
止まらない感情のままに、小さな体を抱き上げ、狭い胸に顔を埋める。
「んっ……あっ、ガドさんっガドさ……んうぅっ」
それに応えるように、少年も必死で男の名を呼んだ。
「……っ!!」
瞬間、男の想いが、少年の体内で弾ける。
「あっ! あああっああああああああああ!!!」
大きく仰け反り、涙の粒を散らしながら
跳ねる様に体を震わす少年を、男はひたすら愛しく抱きしめた。
少年は、愛しい男を体中で感じながら、重いまぶたをゆっくりと閉じる。
酷く疲れた体は、まだしばらく力も入りそうになくて、急に眠気が襲ってきた。
「ガドさん……僕……眠っても……いいかな……」
いつの間にか敬語の抜けた少年に、苦笑しつつ
「ああ、ゆっくり眠るといい」
と、男は優しく返事をする。
用意しておいた濡れタオルで少年の体を一通り拭いてやると、手早くシーツを取替え、少年をベッドの中央に横たえる。
くったりとしたままの少年が、眠くてしょうがないような、とろんとした瞳をなんとか開いて
「ありがとう……」
と告げる。
「……それは、俺の台詞だよ」
小さく呟いた途端、男はなぜか泣きそうな気持ちになった。
「ガドさん……あのね」
少年が、目を閉じたまま話しかけてくる。
「なんだ?」
自身の身支度を済ませて、ベッドの中、少年のすぐ隣へと男が滑り込む。
「僕もね……ほんとは淋しかったんだ……」
ぽつりと。
僅かに震える声で少年が呟く。
それは、男に向かって話していながら、少年自身にも向けられた言葉だった。
僕は……お父さんとお母さんが死んで……本当は悲しくて淋しかったのに、今もまだ、淋しくてしょうがないのに、ただ、それを忘れたフリしてただけなんだ……。
今までどうしても認められなかった事実が、少年の心の中にすとんと振ってきて、音もなく、綺麗に納まった。
それは、ずっと目を逸らしていた、見たくない事実だったにもかかわらず、今少年の心に波はなかった。
「……分かってるよ」
すぐ横から、男の静かな声が返ってくる。
そこで、少年は気付く。
今、自分がこんなに楽な気持ちになれたのは、この男のおかげなのだと。
「ガドさん……。ずっと、一緒に居てくれる?」
目を閉じたまま、男の腕に両手を絡めてくる少年を、男がじっと見下ろした。
少年は既に夢の中へと入りかけているのか、中々返ってこない返事を気にする様子もない。
真剣な眼差しで、その横顔を見ていた男が、二、三度瞬きをした後、慎重に口を開く。
「……ああ。お前が、俺の事をもう要らないと言うまで。俺はお前の傍に居るよ」
そこまでを口にして、男は心の中で続けた。
だからお前は、お前の思うように生きてほしい。
どうか俺に、縛られてくれるなよ……。
これから少年は、成長してゆく。
そのあどけない顔も、体も大人になり、好きなものも、好きな人だって変わるだろう。
こいつの考え方が変わってゆく様を、俺は責めずに見守れるだろうか。
「……っ」
耐え切れず、男は少年の髪に顔を埋める。
もう二度と、大切な人を失うのはごめんだ……。
けれど、この愛しい少年との関係は、一生続けられるような物ではないという事も、男には分かっていた。
彼女を失って以降、呪ってばかりだった存在へも
今は縋るような気持ちだった。
きつく目を閉じて、男は祈る。
――どうか、今この時が少しでも長く続いてくれるように……。
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