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吉木譲治という男
吉木譲治は声優として、もう10年のキャリアがある。
16歳の時から始めたこの仕事なので、若手の中でもキャリアが長い方だ。
元々は子役モデルをしていた。正式には3歳から雑誌に載ってたし、5歳の時には劇団にも入っていた。見た目が可愛かったのだろう。だが、12歳の時、突然の成長期で、いきなり体が大きくなってしまった。
170センチの小学6年生。可愛さが売りだった俺は、もうお呼びでなかった。そして、ついに変声期まで来てしまった。13歳の時にはすっかり可愛い少年から、男に変わってしまっていた。その頃にはもうモデルや役者が嫌になってしまって、すっかり芸能の世界からは離れていた。だが、16歳になる一ヶ月前に転機は訪れた。
「あの人は今」的な番組で、”当時のあの子役は今何をしてるか?”という取材で、俺のところに取材申し込みが来たのだった。
俺は、その番組の取材を断ったのだが、偶然その番組のディレクターをしていたのが、今のMG事務所のプロデューサー板東さんだった。話をしている時に、偶然今録音しているラジオドラマのキャストに穴が空いてしまって困っているから、助っ人をお願いできないかと打診されたのだ。
当時はもう、自分の姿を晒すことに嫌気がさしていたから、声だけなら・・・ということでそのオファーを受けた。
たった一話の出演だったのだが、思いのほか評判が良かったらしく、その後も、俺が演じたキャラのスピンオフ作品として、そのラジオドラマはシリーズ化されていった。そして、その連載は3年続いた。その後も大学に通いながら、そのまま声優として活動を続けた。21歳の時には主演の声を担当したアニメが大ヒットした。そして、気がつけば、10年のキャリアの26歳人気声優と紹介される今になった。
だが、俺の裏の顔、本当の俺を知る人は数少ない。
本名は清水芳樹(シミズヨシキ)だ。
俺のことを皆、ヨシキと呼ぶから、本名でも芸名でも見分けはつかないだろう。
素顔の俺は、女たらしだった。なぜ過去形かというと、今は女だけでなく可愛ければ男でもいい。
子供の時からちやほやされてきていたし、自分をどう見せれば気に入られるかも自然と身についていた。14歳の時にはもう女の体は知っていたし、17歳の時には彼女が同時に3人いた。だが修羅場になったことはない。上手に遊ぶルールをその頃には身につけていたからだ。
ルール1。本気にならない。
ルール2。手を出す女は、ジャンルを分ける(決して寝た女の友達には手を出さない)
ルール3。相手が本気になる前に別れる。
そして、大人になってから増えたルール。
●仕事仲間には手を出さない。
なぜなら裏の顔を知られたくないからだ。あえて、チャラチャラしている風に見せたりもしている。でも実際に手を出していなければ、悪い噂は立たない。
そうやって生きてきた俺が、失敗したことが一つあった。
9月のあの日、バーBitterのアルバイト店員のシノブに、ちょっかいを出してしまったことだ。見た目が可愛かったのと、声がタイプだった。この仕事をしていると、いやでも人の声に敏感になる。渋い声をしていたり、可愛い声の女性なんていっぱいこの業界にはいるから、気にもならない。
だが、あのシノブの中性的な声は久しぶりに興味が湧いた。あの声で啼かれたらたまらないだろうな・・・と思ってしまったのだ。しかも同じマンションに住んでいるなんて。こんなにラッキーなことはないじゃないか!もし付き合っても、同じマンションに元々住んでいれば、スクープされることも無いだろう。
実際、男でもよくなってからは、ますます慎重に抱く相手を選んできた。いちいち詮索されるのも、説明するのもめんどくさい。本気で付き合う気なんて最初から無いのだから最近はもっぱら金を払って抱いている。
だが、失敗した。
まだ自分の性的嗜好に気がついてないだろうと思ってシノブにちょっかいをかけたら、俺の行動がスパイスになって、あれよあれよという間に彼は男の恋人が出来てしまった。二ヶ月経った今もラブラブのようで、しょっちゅうキスマークを鎖骨の辺りにつけて歩いている。しかも、声優としても本格的に歩み出すことになって、今では共演相手だ。
俺の今までバレずにいた性的嗜好も、もうすでに数人の業界人にはバレている。おまけに、仲良くしていたボイストレーナーの明石先生には告白もされてしまった。
完全に計画が狂った。
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