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クリスマスの生配信

業界人にはクリスマスなんて関係ない。どちらかというと年末に向けて多忙極める時だ。 実際この1ヶ月とんでもなく忙しい。それがある意味明石にとっては救いになっていた。 あの日、吉木がホテルから男の子と出て来たのを見た時から、会いづらいと思っていた。この12月独特の忙しさで気が紛れているのも事実だった。会ってしまいそうな現場はなるだけ避けれてもいた。でも今日のラジオの生放送は、シノブ君のデビュー戦みたいなものだ。 自分の元教え子だ。 見届けてあげたい。 そう思ってはいるがスタジオに行けば吉木もいる。スタッフには忙しいから放送でチェックをすると言ってしまった。だが、どうしても気になる。シノブ君と吉木の出番の直前に行けば、端っこからなら僕の姿は二人には見えないかも・・・。そんな考えが浮かんだ。そして、10分だけ現場を覗いたのだ。 幸い、二人には気づかれずに済んだ。 ホッとして、スタジオを後にした。 次の現場へ急いだ。 小さいイベント会社を設立したばかりなのだ。 仕事の大きさは関係なく受けている。 次の現場はネット配信されている、人気声優の配信番組だ。若手の女性声優二人がメインパーソナリティーで、そのうちの一人が声優専門学校の時の同期、梶川由美だ。 梶川由美(通称ゆみみん)は今一番人気の若手女性声優だ。そんな彼女が、僕にボイストレーナーの道を進めてくれた。僕にとっては一番仲の良かった女友達で、ゲイだとわかってからもずっと交友してくれているかけがえのない友人だ。この現場はその彼女の紹介でもあった。現場に入る。 「明石〜久しぶり〜」 サンタコスを着た梶川が寄って来てくれる。 「3年ぶりかな〜。元気にしてた??」 明るいキャラは昔から変わってない。 「うん、久しぶりだね。なんとかやってるよ〜」 「独立するなんて、明石もなかなかやるわね〜」 「へへへ。独立っていうか、まあ、MG事務所の面々に助けてもらったっていうか・・・」 「それでもすごいじゃない!!ボイトレの先生ももちろんしてるんでしょ?」 「うん。まだ、週に1日だけど、専門で先生してるよ」 「うんうん。それがいいよ!明石教えるの上手いし!」 「そうかな〜へへへ」 「今から撮影始まるんだけど、今日のゲスト、霧島先生なんだよね〜」 「え??そうなの??」 「そうそう。クリスマスだから、イケボのおじさまがゲスト!って笑えるよね〜。元生徒の番組に出てくれるなんて心広くてありがたいわ〜」 「なんか、緊張するね〜。先生が教え子二人関係してる番組にゲスト出演って・・・」 「でしょー!!もう、先生口滑らして、私の過去の恥ずかしい話とかしないといいんだけど・・・」 そう梶川が言ったところに後ろから声がした。 「おいおい。梶川!いつまで先生って呼ぶつもりだよー。今日は霧島虎尾として来てるんだから、先生は勘弁してくれよー」 霧島がタキシードを着て立っていた。 「ふー!!!先生似合いすぎ!!」 梶川が爆笑している。 僕は見惚れてしまった。 「おい!明石!お前も学生ノリに戻るんじゃないぞ!!ここは現場だからな!事件は現場で起きている!!だぞ!」 そう言って、霧島が珍しく戯けたものだから、梶川がまた爆笑する。 「先生、じゃなかった、霧島先輩!そのノリで本番もよろしくお願いしますね」 「おっしゃ!任せとけー!!」 また戯けて見せた。 番組は20時から始まる2時間番組だ。スムーズに番組は進んでいく。今日のゲストコーナーの企画が明石の手がけたものだった。 ”クリスマスに、イケボのおじさまが、女の子を口説くシチュエーションボイス” それを、画面の前で、高性能のダミーヘッドマイクに囁く。囁く内容を視聴者の皆様に生募集。 という内容だ。 普段の霧島の役所は、大概、ダンディーなおじさま系、もしくは師匠のようなキャラだ。今回の設定はとてもあっているはずだ。 明石はヘッドホンをつけて、収録の音のチェックまでしている。(本当はしなくてもいいが、霧島の声を近くで聞きたかったのだ) ヘッドホン越しに聞く霧島の声はゾワゾワするくらいセクシーだ。明石は一瞬現場だということを忘れそうになるくらいだった。 一通り、そのコーナーが終わって雑談コーナーに入った。視聴者からの質問に答えていく。 「次の質問読みますよ!霧島さんの声はとてもセクシーだと思います。普段でもそんな感じで口説いてますか?って来てます。霧島さんいかがですか?」 司会の梶川がニヤニヤしながら尋ねる。 「えー。それは答えたくないなー。でも僕の声はこれが普通だから、セクシーに口説いてなくても、声がセクシーだと思ってくれる人にはそう聞こえちゃうかもね。ははは」 「なるほどー。上手い返しですねー。じゃあもう一つ次の質問来てますよ。霧島さんの好きなタイプは?ですって」 「なんかこっち系の質問多くない?ほんとに来てるの?この質問」 「ほんとに来てますよ。もっと過激なのもありますけど、それはちょっと聖なる夜にはタブーかなぁ?みたいな・・・そっちの質問の方がいいですか?霧島さん」 「えー!それよりはこっちだろ。うーん好きなタイプ?俺はツンデレが好きかなー。なんか二面性で、俺の前だけでデレるとかされると、くるよねー」 「ほほー。ツンデレ・・・。霧島さ〜ん。寂しいにゃ〜ん。みたいなことですか?」 梶川が戯けて見せる。 「梶川、お前それは、デレっていうより、あれだな!あれ。ニャンコ」 「ああ、あのアニメのニャンコ先生?」 「いやいや、ニャンコ先生は俺じゃないから!」 そんなことを言って、爆笑のままその日の放送はあっという間の2時間が流れた。 「先生!ありがとうございました!!楽しませていただきました!!」 梶川が収録後の霧島に挨拶に行く。 明石も続いて。 「霧島先生、なかなかの切り返しで、高視聴率です!ありがとうございました!」 「おう!かわいい元生徒二人と仕事ができて楽しかったよ。それじゃあ、俺は着替えて帰るぞー」 「はい。お疲れ様でした!」 そう言って収録は無事終わった。軽く制作スタッフに挨拶をして現場を出ようとした時だった。後ろからクラクションを鳴らされた。 「おい明石!お前もう帰るか?帰りなら方面同じだろ?送ってやるよ。車乗れ!」 霧島だった。 言葉に甘えて送ってもらうことにした。 「あれ?先生、タキシード来たまんまですか?」 「ああ、今日は車だからな。着替えるの面倒になってな。ついでだから家の近くのシガーバーにでも行こうかと思ってな。今日はクリスマスだろ?一人でいるのは似合わない夜じゃないか?」 「先生結構ロマンチストなんですね。クリスマスなんて気にしない方かと思ってました」 「ははは。若い頃は気にしなかったんだがな。ある時を境に一人でいるのが嫌になってな。で、毎年そのシガーバーで仲間と過ごしてるんだよ」 「そうだったんですね・・・。先生でもそんなふうに思うことあるんですね・・・」 「ああ、俺だって、たまには寂しくもなるさ」 そう言ってしばらく沈黙が流れた。 車窓を流れる街のネオンが綺麗だ。 車の中はおしゃれなジャズが流れている。 「先生、僕今日帰りたくないんです。先生も寂しいなら今日は僕と過ごしてくれませんか?」 一瞬霧島が驚いた顔をしたようだった。 「その理由は聞かない方がいいのかい?」 「はい」 明石は涙目になっていた。 しばらくの沈黙の後、霧島が言った。 「俺はお前を抱いたりはしないぞ。それで良ければ、一晩泣く為の胸を貸してやるよ」 明石はコクリと頷いた。

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