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夜の始まり
「…………おい、誰や、アイツ今日誘たん」
「お前だよ」
「ぃだっ」
「……」
フルフルと怒りに震えた声を出していた稔にツッコミを入れた今藤を、ちらりと見た颯真の目は、完全に据わっている。
「お前が、瀧川がいる方が女子のことひっかけやすいとか言うから、無理やり連れてきたんじゃねぇか」
「くっそー……まっさかこんなイタ呑みすると思わんもん」
「でもホント珍しいよな、颯真があんな飲み方すんの」
稔と今藤のやりとりを、ケラケラ笑って見ていた渉がポツリと呟いた台詞に、騒いでいた二人もそういえばと思い直す様子だ。
ハイボールをチビチビチビチビ、延々と飲み続けている颯真は、普段からあまり飲む方ではない。それはただ単に、自分の酒量を知っているからこそ、ちゃんと場を盛り下げない程度にうまく飲む手腕を身に付けているということで。
飲み会開始から今に至るまでの約一時間、ろくに食べもせずに延々と酒を飲み続けるなんていう奇行は、大学入学時に初めて出会って以来、見たことがなかった。
「おい颯真。お前もうその一杯でやめとけよ」
「……」
「----無視かいッ」
「ぃてっ」
ビシッと、隣にいた無関係の今藤にツッコミを入れた稔の声も耳に入らない様子で
「……」
「颯真? 聞いてる?」
キョトンと目線を送った渉の声さえも無視して、一心不乱に飲み続けている颯真は、なんというか。
恐い以外の何者でもない。
「なんやねんなホンマにー。今日は颯真をダシにして、かわえぇ女の子をお持ち帰りできる気満々やったのにー」
「お持ち帰りってなんだよ、ゲスイなお前」
「うるさい放っとけ。女子から可愛い紳士とかなんとか言われとるからって調子乗んなよドーテーが」
「うるっせー、今カンケーねぇだろ」
「あーもう、ケンカすんなよメンドくせぇなぁ。……で、瀧川はホントどしたの? またフラれた?」
ギャーギャー騒ぐ稔と渉に呆れた視線と声を送った今藤が、からかう口調で颯真に問いかけた瞬間。
「----ひっ」
ギロリ、と人を殺せそうな視線が飛んできて、三人ともが揃って息を飲んだ。
「そっ……そうま……ぉち、……っ、おちつけっ」
人間話せば分かるって言うだろっ。
焦って涙目になった渉があたふたしながらそう言うのに、残りの二人も必死で頷いて。
「アホッ、お前が変なこと言うからっ」
「いだっ」
「なっ、今藤にはちゃぁんとオシオキしといたからなっ、おちつけよ」
な、とひきつった顔でヘラヘラ笑った稔を興味無さげに見つめた後で、ふん、と盛大な溜め息を漏らした颯真が。
「----げっ」
次の瞬間、ボロボロと泣き始めて。
あからさまに面倒そうな声で驚いた稔の頭を、今藤が殴った後。
「どうしたんだよ颯真。ホントにお前、今日、変」
心配そうに聞いた渉が、颯真の側から酒を遠ざけて、水にすり替える。
「----フラれてねぇよ」
「ん?」
「フラれてない」
「あー……」
呻く声で振り絞った颯真の声に、三人ともが天を仰いで。
「お前、何おもくそ地雷踏んどんねん」
「いってーなぁ、いちいち叩くなよ、バカになったらどーすんだ」
「なってまえ」
「だいたい、今まで誰とくっつこうが別れようが、飄々としてたじゃんかよぉ」
いてぇ、と頭をさすりながらぼやく今藤の台詞に、そういえば、と思い出したらしい二人が頷いて。
「確かに。いつもフラれてもフツーの顔してたから、さすがモテるやつは違うんだなぁって思ってた、オレ」
「せやなー、お前はかわいいかわいいドーテーくんやもんなぁ」
「るせぇっ、いちいちドーテードーテー言うんじゃねぇよ、ゲス」
「ゲス言うほどのことはしてませーん」
でやっ、と稔の頭にチョップを落とそうとした渉の手を、軽やかに受け止めた稔がニヤリと笑う。
「あーもう、お前らが仲いいのは分かったから、ちょっと黙ってろ。とりあえず瀧川、水飲め、水」
そんな二人に呆れた視線を送った今藤が、追加で頼んだ水を受け取って、颯真の近くに置いてやりながら
「悪かったよ。……そういや、前にも似たような話したよな。悪ィ」
「似たような話?」
「そ。なんか、むちゃくちゃ寒かった日あったじゃんか。あの日に、今度は本気なんだな、みたいな話、したなぁって。さっき思い出した」
水のグラスを掴んだままで俯いている颯真に、わりぃと付け足した今藤が、気まずい顔で頬を掻いて。
「今度は本気って……いつもは本気じゃなかったってこと? ----っでっ」
「お前はだからドーテーやねん」
「~~ぃってぇ~」
稔と今藤に両側から頭を叩かれた渉が、頭を抱えて悶絶するのを見もせずに、颯真は呻くように嗤った。
「本気のつもりだったよ、ずっと」
「ん?」
「でも違うかった」
「……颯真?」
「つ、かさだけ……」
「?」
「司だけだったのに……オレが、ちゃんと……すきに、なったの……っのに、なんでっ」
「……そうま……」
普段、なんでもそつなくこなして、明るく場を盛り上げるイメージしかない颯真の、泣く姿だけでも驚きなのに。
こんな風に弱味をさらけ出すなんて、と三人で呆気にとられていたら。
「フラれてねぇよ……フッてもない……----別れて堪るかッ」
泣いた颯真が
「----あぁっ」
何故か手に掴んでいたはずの水ではなく、遠ざけておいたハイボールを的確に掴んであおって
「------------つかさ」
「っ、そうま!?」
パタリ、と机に突っ伏した。
「…………おいおい、どないすんねんこれ……」
「稔ン家でいいじゃん、一人暮らしだし」
「なんでやねん、全員一人暮らしやんけ」
「だって稔ン家、ダブルベッドじゃん」
「アホかっ、いっくら颯真がキレー顔しとるちゅうても、男と一緒に1つの布団で寝れるかっ」
「なんだよ、お持ち帰りとか言ってたじゃん」
「だから女子や言うてんねん」
仲良くキャンキャン言い争う稔と渉を無視した今藤が、颯真を軽く揺する。
「瀧川、大丈夫か?」
「……ん」
小さな声を漏らしただけで反応のない颯真に溜め息をひとつ。
「しゃーねーな。稔ン家行くか」
「だっから、なんでオレん家やねん」
「一番近いじゃん。さすがに男1人背負って帰れねぇよ」
「タクシー使えや」
「お前金出してくれんのか?」
「…………」
「よーし、じゃあ今日はみんなで稔ン家だ」
ひょー、と楽しそうに腕を上げた渉が、ぴょこんとイスから立ち上がる。
「さっさと出ようぜ。この店、ガッコの奴らも結構来るし、颯真もこんなトコ見られたくないだろ」
「やれやれやな」
よっこらせ、とオッサンくさい掛け声で立ち上がった稔が、颯真の腕を肩に担いで。
「じゃ、ごっそーさん」
「バカッ、後で割り勘に決まってんだろ」
「ケチー」
「誰がだよッ」
「颯真に割り増し請求しとけ」
ケケケ、と意地悪く笑ったくせに、颯真が持ってきていた鞄を忘れずに持ち上げて飄々と入り口へ向かう稔を、後の二人が慌てて追いかけた。
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