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霧が晴れたら
「…………ん?」
ふと目が覚めたら、見慣れない天井があって。
「…………ここ……」
どこだ、と呟いて体を起こしたら
「おー、起きたんか」
「…………稔?」
「んー? わぁ、そうま、おきたぁ」
「あほ、お前はもう寝とれ」
「ふみゅ」
ふにゃぁ、と赤くなった頬を緩めて舌足らずにはしゃいだ渉の頭を、そっと。優しい手のひらで押した稔が、水の入ったペットボトルを持って歩いてくる。
「オレん家や。お前今日、えらいイタ呑みしとったぞ」
「ぅ……ごめ」
「かまへんけどな」
おもろいもん見せてもろたし、と笑った稔が、ペットボトルを手渡してくれるのを、礼を言って受け取る。
床に転がってスヤスヤ寝ている渉の隣にあるローテーブルの上には、缶ビールやチューハイの類いがズラリと並んでいた。
「どしたのコレ」
「呑み直しや。お前の奇行にビビって、オレらほとんど飲んでへんかったからな」
「っ……あの、ホントごめ」
「えぇよ別に」
からかっただけや、とカラリと笑った稔が、手近にあったビールを取り上げて中身を確認してから一気にあおる。
「……今藤は?」
「今トイレ」
「そっか……」
呟いて自分も水を飲んだら、落ちる沈黙の気まずさにソワソワしてしまう。
「あの……その……さ」
「おー、なんや。フラれてへんし別れてへん話はさっき聞いたぞ」
「っ……あ、そう……」
「とはいえ、それ以上は知らんけどな。そこでお前潰れたし」
「……そか……」
「あと、今までは本気や思てたけど本気ちゃうかったとか、今のヤツにしか本気になれんかったとか言うてたかなぁ」
「~~っ」
ちら、とこっちを見た稔の顔は、あからさまにニヤニヤ笑っていて、酔っていたとはいえ何てこと言ってんだよと、頭を抱えるしかない。
「コラ。何イジメてんだ」
「ぁいたっ」
そこへ、トイレから戻ってきたらしい今藤が、稔の頭をペシンと叩いてから、渉を避けて床に座った。
「どうよ、気分は?」
「ぁ……うん、大丈夫」
「なら良かった」
くしゃ、と笑った今藤が、稔がしていたように、近くにあった缶を取り上げて、中身を確認しながら続ける。
「あのさ……その……なんてか……。……酔ってた瀧川は何も言わなかったから、よく分かんねぇけど。……会いたいなら、会いに行けば?」
「ぇ……?」
「ちゃんと、会って話せばいいんじゃん?」
「……」
妙に優しい声に痛いところを突かれて黙りこんだら、さっき叩かれた頭をさすった稔が、ふて腐れたような声で笑った。
「なんや優しいな、どないしてん」
「…………いや、だってさ。言い出しっぺがお前だったとはいえ、結局強引に引っ張り出したのオレだしさ。悪かったなぁと思って。……反省してんだよ、一応。瀧川が潰れたことなんて、これまで一回もなかったしさ」
気まずい声でそう言った今藤が、ポリポリと苦く笑った頬を掻いて、悪かったなと付け足すから。
「…………----そだな」
「ん?」
「……んーん。なんでもない。……ありがと」
「ぉ? おう」
会って話せばいいんじゃん。
シンプルで分かりやすくて----たぶん、一番したかったこと。
だけど、一番恐くて、出来なかったこと。
あんな風に突き放してしまった後で、どうすればいいのか分からなくて。ここのところずっと、濃い闇の中で闇雲に歩いては、石に躓いて、壁にぶち当たっていたような気がするのに。
会いたいなら、会いに行けば?
そんな一言で道が開けたような気がするんだから、自分も随分単純だと思う。
無視されて傷付いて、なのに中途半端に優しくしようとした司に苛立って。その上、意味のわからないキレイゴトを並べられて哀しくなって。だから、勢い余って一番抉っちゃいけないとこを、狙って傷つけた。
それは結局、哀しみと怒りが引き金を引いただけで、根底にあるのはいつまでも影をちらつかせる章悟への嫉妬なんだと、気付いていたから余計に連絡が取りづらくて。
オレがどれだけ頑張っても、章悟の影からは永遠に抜け出せないんじゃないか、なんていうやるせない悔しさと。
オレがどれだけ支えたつもりでいても、司には伝わってなかったのかもしれない----足りなかったのかもしれないと、空回りする淋しさと。
あの時、浮かれないで。もっとちゃんと話を聞いてやれば良かったと思う情けなさを。
----やっと、噛み締めて向かい合う気に、なれた気がする。
どさくさ紛れで、ぐっすり眠ったのが良かったのかもしれない。
ここのところ、夢見は最悪だわ、細切れに目が覚めるわで、ろくに眠れていなかったことも、悩みに悩んだ要因の一つだったと思う。
「…………なんか……」
「んー?」
「腹減ったなぁ……」
「…………そらお前、ひとっつも食わんと酒のんどったし、な----」
呆れた顔で振り向いた稔と、目があった絶妙のタイミングで。
きゅう、とお腹が鳴って。
稔の隣にいた今藤が先に吹き出して、稔もつられてブハッと笑う。
「おっ前、タイミング……ッ! なんやそれっ……コントかっ」
「っ、違っ! ってか、二人とも笑いすぎ!」
「やっべー、瀧川、今年一番くらいで面白ぇ」
「何がっ!? どこがっ!?」
ひゃははは、と笑い転げる二人につられて、怒りながらも照れて笑えば
「んむー、うるせぇなー」
こしこしと目を擦りながら起きてきた渉が、オレの方を向いてキョトンとする。
「ありー? そうま、わらってんじゃん。げんきでたー?」
ヘラ、と笑った渉が、ずりずりと床を這ってきて、オレの前にペタリと座り込む。
「よかったなー、げんきでてー。……なぁみのるー、オレ、あんしんしたら、はらへった」
「お前もかいっ、ヤメロ、笑かすなホンマ、死ぬ」
「へー?」
「ダメだー、オレもダメだー、腹痛ぇ……つーか、背中も痛ぇ」
結局、爆笑していた二人にキレたらしい隣の住民に壁ドンされて、ようやく笑いを治めるまでの間。
キョトンとしていた渉までつられてニコニコしていて。
なんだかとてつもなく恥ずかしいのに、靄が晴れていくような気がしていた。
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