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大河の過去

亜希子先輩の誕生日前に、突然俺は呼び出された。 大事な話があるから、3時間時間を作って欲しいと。 亜希子先輩がこう言う連絡を入れてくることは今までなかった。時間を3時間と言うのだから、必ずなのだろう。 その週の夕方に丁度3時間取れる日があった。 久しぶりに亜希子先輩に会うことになった。 約束したのは都内の高級ホテルのカフェバーだった。 「久しぶり!霧島くん」 先に亜希子先輩が待っていた。 「先に飲んじゃってるよ。霧島くんは何飲むの?」 気さくな人なのは変わらないし、前に会った時よりだいぶと元気そうだった。 飲み物を注文する。 「先輩とこうして会うのは久しぶりですね。最後に会ったのは退院して、その後何度か自宅にお邪魔した時・・・」 「そうそう、退院してから三ヶ月くらいかな?よくプリンとか持ってきてくれてたよね〜。その節はありがとうございました」 そう言って大袈裟に頭を下げる。 「いえいえ、先輩こそ、元気そうで安心しました」 「もうすっかり元気。この通り。 で!さっきからその呼び方、先輩ってのやめて。なんだか年取ってるみたいに感じるからー」 そう言って笑ってみせる。 「はあ。じゃあ、亜希子さんで」 「そうそう、亜希子さんでお願いね。 もうアラサーなっちゃったし、霧島くんも有名になちゃったから、もう先輩呼ばわりはなしね!」 「わかりましたよ。亜希子さん!」 「分かればよろしい!」 そんな風に言っている姿を見ると本当に元気そうで安心した。 「今日ね、こうやって呼び出したのはね・・・・。実は私、日本語の先生として、海外に行くことに決めたからなんだ・・・」 「え??海外ですか? 大河さんは知ってるんですか?」 「うん。もちろん。三日前に話した。」 「で、なんで僕に?」 「そう思うよねー?あのね、私、もう本当はだいぶ前から大河君が無理してること知ってるのよ。私と結婚したのも、彼の優しさだし、癌が発覚した時もあんなに無理して働いて、倒れる寸前まで頑張って、もうあの時には自分が情けなくて仕方がなかったの・・・私。 で、大河君のこと支えてくれてたのが霧島くんだってのも知ってる・・・」 「え?俺・・・ですか・・・」 「私と大河君の馴れ初めって知ってる?結構私が押せ押せだったんだよねー」 「そうなんですか・・・」 「私と大河君は高校の同級生で、同じクラスになったのは3年の時なの。でも1年の時から大河君は目立ってた。綺麗な顔立ちしてて、クールで頭よかったから、学校の王子様的だったかなー。 でもね、彼、小学生の時位に親が離婚してて、結構苦労してたみたい。お姉さんがいるんだけど、そのお姉さんとも離れ離れになちゃって、自分は父親、お姉ちゃんは母親っていう感じで引き取られたんだって。家事もしてたみたいだし、苦労してたみたい。 でも本当に大河君モテたから、競争率すごかったんだよー。毎週どこかの子に告白されてたと思うなー。でもある時噂が広まってね。 大河君が男とホテルから出てきたって。その真意は当時は学生の間ではもう尾鰭背鰭が付いてすごい話になちゃってたの。売りやってるんじゃないか?っていう噂まで出てた。 現実にはどうなのかは謎だけど、私は、大河君のクールさの裏に何かあるんだろうなーって気になっちゃって、3年の時に同じクラスになったから、それがチャンス!と思ってねー。 めちゃくちゃアピールしたのよ。一緒のクラブ入ったりしたの。 で、同じ大学に入ったら付き合うっていう約束して、同じ大学受験したんだよねー。そしたら、大河君本当に付き合ってくれるっていうから、そこからはご存知の通り・・・って感じ?」 「そんな事があったんですね・・・・」 「でも籍入れた後、大河君のお父さんとお姉さんに会ったんだけど、大河君苦労しただろうな・・・って思っちゃった。 大河君のお父さん、バツイチになった後、3回結婚しててね。大河君が中学、高校の時にもそれぞれ違う人がお母さんとして家にいたみたい。で、大学は何がなんでも自宅から通えないところって言ってたわけ。 お姉さんに会ったときにも、妙に納得しちゃった。いいお姉さんなんだよ。いつも大河君のこと気にしてたのはお姉さんだったみたい」 「・・・・・・知りませんでした・・・」 「そうだよね。私も知らなかったから」 「でもなんでこんな話を俺に?」 「うん。私が4年間留学してた時に、一度だけ大河君手紙をくれた時があってね。私が四年帰らないって連絡した手紙への返事。俺にも優先したい人ができたって書いてあったの」 俺は、びっくりしていた。あの時の事、わざわざ手紙にして送っていたのか・・・ 「で、元々そういう約束して留学してたから仕方がないな・・・って思ったんだよね。 でも、日本に帰ってきて、会ってみたら、女の影がないんだもん。嘘なんだって思って、やり直したいって言ったの。その時は、嘘じゃないって言ってたけど、信じられなくって。大河君の家まで押しかけちゃった。で、最後に一度でいいからってお願いしたら、それがあんな事になっちゃってね・・・これが私と大河君の縁なんだ・・って考えてたの」 「そうだったんですか・・・」 そう言いながら、俺は内心悲しかった。 俺は男だったから・・・なんて考えが頭をよぎった。 「でも私が流産して、癌が見つかって、手術して、っていう時、これじゃあ大河君の人生潰しちゃうって思ってね。私こう見えても本当に大河君のこと好きだし、もう自由に幸せになってほしいんだ・・・。 癌の治療して、もうすぐ5年になるし、そろそろ、私から自由になって欲しいし、私も自分の欲に忠実になって世界を見たいって思ったの。しかも、大河君には霧島君がいるし・・・」 「え?俺ですか?」 「気がついてないって思った? 私、この前わかっちゃった。 っていうかこの前って遅すぎるよね・・・。 大河君があの22歳の時に言ってた優先したい人って霧島君のことだよね?で、大河君は隠してるけど、霧島君は大河君のこと、まだ好きでしょう?」 「え?・・・・」 答えに困っていたら、トドメを刺された。 「大河君のキーホルダーについてるどこかの鍵、あれも霧島君の家でしょ?で、この前霧島君が大河君を借りますって言ってきた次の日、大河君、首筋にキスマークつけて帰ってきた」 「あっ・・・・」 そこまで言いかけて、急いで口を閉じる。 「いいのいいの。大河君と私の関係なんて、あの留学から帰ってきての一回しかないし、大河君女の影がないし、風俗に行ってる様子もない。不思議だったんだよね。でも、なんか納得しちゃった。18歳の時と明らかにこの5年違うんだもん。でもね、ちょっと安心したんだよね・・・」 「安心ですか・・・」 「そう。大河君のこと本当に愛してくれる人がいるって。彼のこと愛してるんでしょ?霧島君」 「・・・・・」 「あー答えなくっていい。見てたらわかるから!もうね、今考えたらほんと19歳の時からそうなんだよね」 「19歳の時ですか・・・」 「私と霧島君のリハに大河君ついてきてたでしょ?あれ、私と霧島君が二人になるのが嫌なのかなって思ってたけど、今考えたら違うんだよね。あのリハの帰り、大河君、ずっと霧島君の声が良いって話しかしてなかったんだもん。もうあの時に気が付かない私ってほんとばか!」 「そんな事言ってたんですか・・・」 「そうそう!もうずっとそんな話!  私、超おバカだわー」 そう言って亜希子さんは笑っている。 「もうね、私は海外に行くって決めちゃったし、妻公認だし、好きにして」 そういうと手元のドリンクを一気に飲み干した。 「まあ、そういう事だから、大河君をよろしくね。あの人、なんだかんだと言って頑固だけど、私以外でこんなに長い付き合いしているの霧島君しかいないから。よろしくねー」 そう言って去っていった。 俺は今聞いた話の整理をすることで精一杯だった。 話をしていたのはたったの30分。 その間言いたいことを捲し立てて、颯爽と去っていくところが亜希子さんらしいとすら思っていた。 でも妻公認で・・・と言われても当の本人、大河がどう思っているかが分からない。 もう時間はBitterの営業時間に差し掛かっていた。 でも今は行けない。やっぱり頭を整理しなければ。 なるほど・・・ だから3時間くれと言っていたのか・・・。 などと考えながら、自宅に戻った。

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