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充彦と智明の場合 5
漫画でもこんなベタな展開はないぞ、と智明は頭を抱えた。駅から離れた場所にあるホテル街に連れ込まれて、充彦がシャワーを終えるのをいたたまれない気持ちで智明は待っていた。シャワーの音がやけに大きく聞こえて、何でこんなことになったんだろうと完全に酔いから冷めた頭で考える。充彦がバイセクシャルであることにも驚いたが、自分の顔が好みだとか。そんなこと初めて聞いたし、そんなそぶりも見せていなかった。
「お待たせ」
バスローブを身にまとった充彦が現れて、智明はぎょっとした。すらりとした身体に何故か妙に艶っぽく見える顔。
「おまえ、ホントに……」
「しつこいよ」
そう言うと充彦はベッドに腰掛けて顔を近づけてきた。少し上気して頬が桃色になっている。そっと手を伸ばして智明の髪に触れ、耳たぶに触れる。
「ごちゃごちゃ、考えないでさ。とりあえず智明はそのままでいて」
その声に、もう智明は考えることをやめた。
「兄さん、朝帰りするなら連絡入れといてくれるかな」
帰宅した途端、薫に玄関先で怒られて智明は小さくなっていた。結局、休憩のつもりが終電も逃してしまい宿泊してしまった。情事のあと、すっかり疲れ切って眠ってしまい、薫に連絡することもできなかったのだ。幸い、飲み会であることを告げていたので薫もそこまで心配はしていなかったようだ。
「ごめんごめん。父さんは?」
「さっき釣りに行った。さすがサラリーマン仲間だよね、飲み過ぎたんだろって父さんが」
自身もサラリーマンである父親は、笑いながらそう薫に言って出て行ったらしい。背広を脱ぎ、ネクタイを外してシャツを脱ごうとしたとき。薫はふと智明の首筋をツン、とつついた。
「な、何すんだよ」
「朝帰りの原因はこれかあ……もう、健全な男子高校生には目に毒だよ」
そう言われて慌てて洗面台の鏡を見る。すると智明の白いうなじに赤いキスマークがくっきりと浮かび上がっていた。
「あの馬鹿……っ!」
智明は今にも隣の家に突撃したい気持ちを抑えながら、薫に笑いながら必死に弁明した。
「兄貴、撮影は?」
牛乳を飲みながら隼人がリビングでのんびりしている充彦に聞いた。
「んー、今日はなしになったんだ」
「そうなんだ。それよりさあ、今朝ずっとニヤニヤしてんの?」
気持ち悪い、と隼人に言われてそうか、顔に出てたかと充彦は苦笑いした。
実は充彦にとって智明は大好きな幼馴染みだった。まさに薫が隼人を好きなように。
だがそれを意識するあまり智明にうまく甘えられずにいた。そこに運悪く彼女が智明にできてしまった。それを寝取ったのは充彦だ。若かった充彦はどうしても智明の彼女が許せなくて。充彦になびいた彼女をこっぴどく振って、後は隣でずっと智明に女ができないか見ていたのだ。
大学、社会人となるにしたがってだんだんと自分がやっていることに虚しさを感じていたときに薫の隼人に対する思いを知って、若い頃の自分を重ね応援する気になった。そして自分の想いはもう断ち切ろうと思っていたのだ。その矢先の、あのキス事件だった。
どさくさに紛れてのキスがまさかこんな展開になろうとはホントに漫画のようで笑える。しかも智明も気持ち悪がっていないところが、充彦にとって幸いだった。昨日だってあんなにイイ声を聞かせてくれた。きっとあともう少し押せば完全に堕ちてくれるはずだ。
(ほんとに棚ぼたもいいところだ、薫に感謝しなきゃな)
最近の薫と隼人の様子を見ているとどうやら二人も良い感じのようだ。このままいけば兄同士、弟同士で恋人同士になるだろう。
(うちの母さんと三浦のおじさん、驚くだろうな)
もういっそ二人がひっついてくれたら面白いのに、と無責任なことを思いながらスマホを手に取る。
『もう腰は大丈夫?お見舞い行こうか?』
メールを送信し、智明からの返信を待つ。三分もたたずに戻ってきた返事は……
『来るんじゃねえ、ばか』
予想通りの言葉に、充彦はのけぞって笑った。
【了】
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