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充彦と智明の場合 4
「危ないですよ、三浦さん」
佐藤がそう言った瞬間、路地のゴミ箱にぶつかってしまいへたり込んでしまう。
「あてて…」
「ほら、もお、立てないじゃないですか~~。困ったなあ」
佐藤はなんとか立ち上がらせようとするものの、智明はすっかり腰を据えて立ち上がろうとしない。どころかまたウトウトし始めたものだから佐藤はさらに慌てる。
「三浦さあああん」
佐藤が情けない声を上げたその時、背後から声が聞こえた。
「智明?」
その声に佐藤が振り向くと、そこにたっていたのは充彦だった。佐藤はその顔を見てどこかでみたような、と首をひねったがすぐに思いつかなかった。
「あ、あの三浦さんのお知り合いの方ですか?」
恐る恐る聞く佐藤に、充彦はこくりと頷く。そして後の智明の様子を見てため息をついた。もう完全に寝てしまっている。
「幼馴染みで、隣に住んでるんです。お困りでしょう?あとはこっちで面倒見ますよ」
「え、でも、結構大変だし、あなたもその細い体じゃあ……」
遠慮する佐藤を横目に、充彦は智明の腕をぐいと引っ張る。すると佐藤がどんなに力を入れても動かなかった智明の身体が、よろよろと立ち上がった。
「こうみえて力あるんで、大丈夫ですよ」
にっこりと笑った充彦の笑顔に佐藤はハッとした。
(あの人気のモデルの子だ)
「じゃあ、コイツは引き取りますね。ありがとうございました」
そう言うと智明を連れて佐藤の元を後にする。その力強さに佐藤は後ろ姿を見ながら感心した。
「ほら、智明!しっかりしなよ」
「うーん、課長もう帰った?」
智明は自分を担いでくれているのがまだ佐藤だと思い込んでいるようで、充彦によりかかりながらふらふらと歩く。
「なー、ちょっと聞いてくれよ。最近、キスした子がいてさあ」
「はあ?」
「キスした理由はちょとした事故のようなもんなんだけど。俺、駄目なんだよな」
「何が駄目なの?」
「変に意識しちゃってさ。俺、あいつと長いこと喧嘩してて、顔も見たくない時期があったのにさあ。今なんかあいつが出てる広告見るだけで、なんて言うか、もう一回キスして見てえなって思うようになったんだよな」
「へえ……その子が好きなの?」
「分かんねえ。でも触れてみたいなぁって思うだけ」
「じゃあ、触れてみる?」
「はあ?」
智明の腕を引っ張ると、充彦は自分の唇を重ねた。柔らかい感触が伝わる。さすがの智明もキスしたことに驚いて目をパチパチとさせた。
「さと……あれ?佐藤じゃな、い」
現実に返った智明は、目の前にいるのが充彦であることにようやく気づく。そして今の自分の状況にパニックとなった。
「な、何してんだお前っ」
「何って智明が触れてみたいって言ってたから」
充彦はさっき智明が言っていた言葉をそのまま、言って聞かせた。どんどん真っ赤になっていく智明に充彦は笑い始める。
「意識しちゃってんの」
「うるさい!お前があんなことするからだろ!普通なら気持ち悪いとか思うけどお前、顔整ってるから……」
そこまで言うと智明は口を手で塞いだ。
「ふうん、気持ち悪いとは思ってないわけだ」
智明の言葉に、充彦はじっと顔を見ながらからかうように言う。
「じゃあさ、もっと触れてみたいでしょ?」
「へ」
「いいよ俺、智明ならもっと触れてもらっても」
「いやいやおまえ、おかしいだろ」
「だって俺、両方いけるし。それに智明の顔、割と好み」
硬直する智明の頬にまたキスをする充彦。
(ついこの前まで喧嘩ばかりしていたのに、なんで!)
落としたままの智明の鞄を持ち、ぐいと手を引っ張る充彦。何故か駅とは別の方向へと歩き始めた。
「お、おい。駅こっちだろ」
イヤな予感がして、智明が恐る恐る聞くと充彦はにやりと笑う。
「そんなに酔っ払ってたら危ないからさ。ちょっと休憩していこうよ」
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