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プロローグ
8年前のその日は、ちょうど正月だった。
クリスマス、忘年会、新年会、親戚の集まりで、
普段よりも羽目を外してしまう人達が多い
年末年始は、
僕のような救命救急医に休みなどない。
なので、恋人の学《まなぶ》と年末年始を過ごさないことは
僕にとっては普通のことだった。
その年も、例外はなく
僕は仕事だったので、
学は毎年のように大晦日の朝から
僕たちが産まれ育った静岡に戻って、
家族と気兼ねなく楽しい時間を過ごしているだろう、
そう思っていた。
聴き慣れたサイレンと共に、
愛する学が変わり果てた姿で運ばれてくるだなんて、
誰が予測しただろうか。
「30歳前後の男性。
ビルの10階屋上から飛び降り、
頭部に強い外傷があり、出血多量です。
呼吸が無く、心停止状態です。」
担架の上で、心臓マッサージをされながら、
血だらけで顔面の半分が潰れた学が入ってきた。
正直、絶望的に見えたが、
ほんの僅かな可能性にかけ、
僕はマッサージを引き継いだ。
もし、奇跡的に心臓が動いても・・・
脳の損傷が激しそうだ・・・
それでも・・・
僕は、何度も、何度も、
手の感覚が無くなるまで、
学の命をつなぎ止めようと必死だった。
そのうち僕自身の身体が痙攣し始めたが、
それを見つけたセンター長が
そんな僕を止めに入るまで
僕は信じていない神にすらも
すがる思いで祈りながら
手を動かしていた。
「弥生先生、もう無理だ。」
遠のきそうな意識の中に入ってくる
センター長の太い声。
そんなこと、
僕だって、
もう分かっていた。
分かっていたんだ・・・。
その日の明け方、
学の家族が、静岡から病院へ駆けつけた。
13年間付き合ってきて彼の家族と会うのは初めてだった。
もちろん、「恋人」としてではなく「医者」として。
学は自分は母親に似ていると言っていた。
その通りだった。
泣くと、くしゃっとなる顔もそっくりだった。
父親は冷血だと言っていたが、
学の亡骸を見て、大声で取り乱していた。
元々ノンケだった学は
そんな両親にも兄弟にも、友人にさえも
僕とのことをカミングアウトをしてはいなくて、
僕たちが恋人同士だったことを
僕の目の前にいる家族は知る由もなかった。
当然僕は学の葬式には行けず、
四十九日も、
一周忌も、
三回忌も、
七回忌も、
彼を最後に触れたこの救急室で、
彼のいない時間を過ごしている。
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