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最終章:弥生
長谷部の顔は
涙でぼやけて
はっきりとは見えなかったが、
掌で感じる彼の手の温もりに
安堵した。
僕は先ほどまで自問していた言葉を
長谷部に向けて
尋ねてみた。
「こんな僕は彼は許してくれるだろうか・・・?」
「・・・。
先生は、
彼のことを許しているのですか?」
「え?」
「あなたを一人にした彼を。」
僕が、学を許す?
そんなことを考えたこともなかった。
「俺は彼のことを知りませんし、
その時の事情も知りません。
だけど、彼が死を選んだのは
あなたを苦しめるためではないはずです。
彼自身の苦しみから
解放されたかったからではないのでしょうか?
だから、あなたが許されたいと、
苦みながら生きていくことを
彼は望んでいないはずです。」
「・・・。」
「それでも先生が
彼が死んだことを自分の罪だと思い
永遠に背負い続けるのなら
俺がそんな先生を背負います。」
「長谷部・・・」
「・・・10歳年下で頼りないかもしれませんが、
貴方を担ぐくらいの力は
備えています。」
この男はどうしてここまで
僕のことを好きになってしまったのだろう。
いつか後悔するかもしれない。
やっぱり男なんて、
と思う時が来るかもしれない。
僕の過去の重さに
耐えられなくなる時が来るかもしれない。
それでも、
その時が来る時まで、
僕は
彼のそばにいても良いのだろうか。
彼と前に進んでもいいのだろうか。
僕は
僕の手を強く握る
長谷部の手を一旦ほどき、
今度は僕から握り直した。
「・・・長谷部。」
「はい。」
長い間僕は、
自分自身も、
他の誰かのことも
幸せにしようとなんて思えなかったけれど・・・
もう恋なんて出来ない、
そう思っていた僕に
また恋をしようと思わせてくれた彼を・・・
「幸せに出来るか・・・自信はないけれど、
君が・・・僕で・・・いいと言うのなら
僕は君を・・・幸せにしてみたい、と思う。」
辿々しくそう言うと
長谷部は手を離し
その大きな手を僕の背中に回し
僕を包み込んだ。
「そんなに深く考えなくていいんです、先生。
こうやって抱きしめあったり、
小さなことで笑いあったりして、
少しずつ、二人で幸せになりましょう。」
幸せボケをしているのかな。
長谷部がそういうと、そうなれる気がする。
きっと
これが恋をしている、
ということなんだろう。
(終)
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