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第16章:長谷部

「好きだ。」 俺の体を受け入れながら 弥生先生は、唇を少し震わせながら そう言った。 閉ざされていた 心の扉が 少しずつ開いているのを感じていたが、 この言葉が 弥生先生から 出ることは 想像していなかった。 俺よりも10歳ほど上の大人なのに どこか初々しい感じが そそられて 俺のマックスだったはずの興奮度が 既にその上へと進んだ。 弥生先生が 綺麗で、可愛くて、 優しくしたいのに 気持ちが良くて・・・良すぎて、 どんどん荒くなってしまう。 切れそうな息や掠れる声が 鼓膜の奥を通り過ぎ より一層もっと深く それを感じたいと思う。 硬くなった先生のものを 片手で握ると、 先生は空な目をしながら 無意識そうに腰を自分で動かすので 俺はトンカチで釘を刺すように 体を何度も何度も打ち込んだ。 呼吸を合わせるように 絶頂を迎えると その後の二人の乾いた息の音は 重なりながら 少しずつ平常に戻っていった。 疲れ切った様子の先生を 抱きしめると、 先生は俺を抱き返しながら、 恥ずかしそうに首に口づけをした。 そのいじらしさが たまらない俺は先生の顔に手で触れながら 照れた顔を眺めた。 先生の目は潤んでいて 涙が出ていた。 それを指先で拭うと 自然と目を閉じたので、 流れるように少し開いた口にキスをした。 くすぐり合うようなキスを繰り返すうちに どんどんといつもの弥生先生のキスに変わっていった。 その中で、 ふと、頬に体温よりも低い温度の水滴を感じ、 口の中にも 少ししょっぱさが混じった。 顔を離すと、 先生の瞳からはまた涙が溢れ出していた。 「どうしたんですか?」 そう尋ねると 俺の胸の中に顔を埋めた。 「なんだか、フワフワした気持ちなんだ。」 そう小声で言うので、 「俺もですよ。」 と思わず子供にするような撫でかたで頭に触れた。 しかし 「・・・こんなこと許されるのだろうか・・・」 といきなり先生は 声色を変え、不安げにつぶやいた。 「・・・え?」 「僕、・・・昔・・・ 恋人を・・・ 自殺で・・・ 亡くしているんだ。」 「・・・あ・・・」 あの人は、 やはり、恋人だったんだな、と思った。 「高校の時から・・・ 付き合ってた人で、 最初はすごく前向きでポジティブな人だったんだけど、 どんどんと・・・ 鬱っぽくなっていって、 ある日投身自殺をした彼が うちの病院へ運ばれて・・・ 僕の手の中で・・・。」 震えながらも、 一生懸命に自分のことを話そうとする 先生の手を握り締めた。 「いやだろ?こんな重い過去を持ったやつなんて。」 なんと声をかけたら良いのか分からず ただ手をひたすら強く握った。 「彼の止まった心臓を見て 僕は死ぬまで独りで生きていくんだって思った。 これは僕の罪であり、罰であると。」 「・・・先生・・・そんなこと。」 「・・・でも ・・・やっぱり一人は寂しかった。 仕事柄、人の死に触れるたびに、 心に出来た大きな傷口の痛みを 一瞬でも忘れさせてくれるような 強い刺激を他人から求めていた。 だけど、君と関わるようになって、 今まででは、癒えることなどないだろうと思っていたその傷口も 君から感じる優しさや、愛のようなものに触れて・・・ 君を好きだと感じて・・・ 少しずつだけれども、 もしかしたらいつか治癒する時がくるかも、と思い始めた。」 そう言って、 先生はグシャグシャの顔のまま、 俺の顔を見上げた。

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