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1,鏡花

 バックスクリーンの前に立ち、いくつものフラッシュを浴びながら、カメラに笑顔を向ける。求められるままに、時折髪に触れながら、ポーズを変えてパターンをこなしていく。衣装を何度も替えながら、自身も同じように変化させる。いい表情やポーズをとることが仕事ではない、今身に着けているものを魅せるのが仕事だ。  撮った写真をカメラマンとモニターで確認する。問題は無く、OKのサインが出た。 「今回の衣装は黒と白で上品だけど、華があってKIKIに一段と映えるよ」 「ここのブランドは自分も好きなブランドなのでそう言ってもらえて嬉しいです。でも、あくまで僕はモデルなので」  謙遜ではない。褒められることは素直に嬉しい。だけど、メインは着ている商品や作品であって、自分自身ではない。 「前の号で着ていたものも反響がよかったと聞いたよ。結構値が張る商品だったのに、受注段階で完売」 「それはモデル冥利に尽きますね」 控えめな態度のキキに対して、「カリスマ的存在なんだからもっと横柄でもいいと俺は思うけどね」、とカメラマンは笑いながら言った。その言葉を受けて、キキは撮影ブースに視線を向ける。そこには、今を時めく人気俳優の相模圭一がキキと入れ替わる形で撮影に臨んでいた。 「カリスマっていうのは、ああいう人のことじゃないですか」  嫌味ではない。大して芸能界に興味のない自分ですら知っている存在。尤も、とある事情からキキは相模に対してあまり好意的な感情は持ってはいない。 「彼は目立つよね。だいぶモデルも板についてきたかな」 「本業は俳優さんですからね」  相模がモデル業を始めたのはつい最近だった。キキが専属モデルを務めるファッション誌にゲスト枠で呼ばれているが、雑誌側としては読者層の拡大を目的としているので、すでに常連になりつつある。のみ込みも早く、最初の頃に比べると筋もよくなっている。 「この成長具合は流石アルファ様だよねぇ。この業界はアルファもオメガも沢山いるけど、その中でも彼は違った感じ。まだまだ伸びると思うよ」  相模は『国民的彼氏』の異名を持つ若手俳優。派手な顔立ちではないが、万人受けのする整った顔をしていた。雰囲気も柔和でありながら、二十三歳という若さもあって溌溂としている。ドラマをはじめ、CMやバラエティ番組にも引っ張りだこと暇がない。おまけに、アルファ性ということで女性だけでなくオメガ性からの支持も厚い。  一方、キキはファッション誌をメインに活動するスチールモデルで、その美貌と確かな実力で業界では一目置かれる存在だ。ただ、テレビなどに露出することはないので、一般の人からの知名度は低い。公式プロフィールも自身が『オメガ性』であること以外、何一つとして公表していない。キキのファンはそのミステリアスな部分に惹かれる人も多かった。 (アルファなんてみんな一緒)  相模に好意的な感情を持てないのは、キキがオメガで、アルファである相模を敬遠しているという理由もあるが、それだけではない。真剣な面立ちで撮影に臨む相模も、仕事外になると印象はずいぶんと「軽い」ものになる。  初対面の時、相模はキキに自己紹介をするや否や、食事に誘ってきた。あまり人付き合いを好まないキキは適当に断ったが、それ以降会う度にしつこく誘ってくる。キキのことを好いているからではない。その証拠に、相模が食事に誘うのはキキだけではなかった。同じ現場にいるオメガや可愛い顔のベータに片っ端から声を掛ける。 さらに驚きなことに、一度食事に行ったオメガとは二度と食事に行かない、というなんとも下衆な噂があった。同業者のオメガの中では有名な噂で、キキも仕事仲間から聞かされた。  それもあって、キキは相模に対しての苦手意識が抜けない。人間としていい加減な人とは、お近づきにはなりたくない。たとえそれが仕事相手でも。

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