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鏡花⑵

「キキ、今日も撮影一緒だったね」  例に漏れず、相模は馴れ馴れしくキキに話しかけた。 「お疲れ様です」  キキはぎこちない愛想笑いとともに返した。カメラ外になると、途端にキキの表情は乏しくなる。感情自体は動くのだが、それを外にだすのはあまり好きではない。自分の感情を相手に悟られることが苦手だった。 「相変わらず堅いなあ。カメラだけじゃなくて、俺にも笑顔を向けてよ」  相模の誘い文句はどこかセリフくさい。言い慣れているというよりも、定型文の挨拶を読み上げているような感覚に近い。ビジネスマンの「お世話になります」くらいの軽さだ。 (あれだけ不特定多数を誘っていれば、自然と言葉も軽くなってくるのは仕方がない)  相模に対して特別な態度を求めているわけではない。 紳士的に迫られてもキキには毛頭答えるつもりない。軽い態度が鼻につくだけだ。 「相模さんがカメラマンになればいくらでも」  あえて撮影用の満面の笑みを相模に向ける。その嫌味たっぷりな対応は端から見ても明らかだった。しかし、相模は気づかないのか「じゃあカメラの練習でもしようかな」と笑う。 「で、今晩のご予定は?」  肩が触れそうになるくらい相模は近づいてきた。 少しトーンを落とした声で、耳元に囁きかける。 (返事なんてはじめから決まっている!)  「今日も先約があるので」と決まりの言葉で返そうとすると、近くにいた藤咲というモデルが会話に割って入ってきた。 「何ひそひそ話しているの?」  藤咲はアルファで、キキは藤咲のことも苦手だった。いつもは声など掛けて来たりはしないのに、キキが珍しく誰かと話し込んでいるから、それに乗じて声を掛けてきたのだろう。  藤咲はキキと相模のことを含みのある視線で見ている。業界柄マッチング率、と言えばいいのか、出会いの数は多い。一般社会で生活をしている人々よりもアルファはオメガと、オメガはアルファと結ばれやすい状況ではある。 「食事のお誘い。藤咲も一緒に来る?」  相模が勝手に藤咲を誘う。  実のところ、キキはあまりバース性を抜きにして同業者と深い関わりを持ちたくなかった。一人でいるほうが気楽でいいのだ。仕事仲間にも一切の個人情報は伝えていない。年齢も性別も、名前も。ミステリアスなキャラとして活動することで、周囲とは一線を隔している。独特の雰囲気のおかげでむやみに人が近づいてくるわけでもないのでキキとしては好都合だった。自信たっぷりな、それこそ相模のような、アルファが声をたまに掛けてくることはある。だが、何度も断るうちに向こうが不機嫌になり離れていくのだ。アルファは無意識にオメガを下に見ているし、そのオメガに断られることは彼らのプライドが許さない。 「いいのか?」 「俺はいいよ、キキさえよければ」  キキが黙っている間に話は進んでいく。この状況では拒否権なんてあってないようなものだ。 三人の会話が漏れ聞こえていたのか、もう一人のモデル・タイチも寄ってきて「自分も行きたい」と言い始めた。彼はオメガだった。  どんどんと収束できない雰囲気になりつつあり、これ以上人数が増えるのも困る。キキは腹を括るしかなかった。 「是非」  キキのその言葉に周囲は盛り上がりを見せる。その中で、相模だけが意外そうな顔をしているように見えた。だが次の瞬間には不敵な笑みを浮かべている。 (気のせいか)  撮影終わりに四人で食事へ行くことが決まった。

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