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ずっと ずっと忘れていた。 恐らく女神様に記憶を抜かれたんだろうけど、でも、俺には2つ上の兄がいたんだ。 両親はいなくて、2人で孤児院に入って「これから一緒に生きていくんだ」と思ってた矢先、光り輝く女神様が目の前に降り立ったんだった。 (そうだ、思い出した) カチリと頭で音がして、幾つもの記憶が一気に舞い戻ってくる。 そう、これは兄さん……兄貴。 俺の…この世で唯一血が繋がってる、たったひとりの 「ルシュリス、兄さん」 「ーーっ、シュ…バル、ツ……?」 (あぁ、) 「っはは、お前が残した奇跡の跡の声と全然変わってねぇじゃねぇか。歳取ってないのか?」 「……ふふ、しょうがないじゃん。 だって僕、神子なんだからさ」 透き通った、寂しいような綺麗な声。 記憶に残っていたものと、全く同じトーン。 (あぁ…これ、これだ) 俺がずっと探し求めてたのは〝こいつだ〟と、全細胞が叫んでる。 別れた時と同じ少年のような姿で、兄貴はふわりと笑いながら近づきてきた。 「そっか、この花で見つけてくれたんだね」 「おう。皆は忘れちまってたけど俺はお前のこと覚えててさ、だから聞きまくってここまで来た」 「奇跡の跡が残ってる子は、新しい太陽が昇っても記憶がリセットされないんだよ。女神様がそのようにしてくださってる。村長様から聞いてなかったの?」 「いや、その辺は何も……ってか俺昨日もここ探したんだぜ? お前いなかったけど、どこ行ってたんだ?」 「あぁ、昨日はたまたま女神様に報告する日で天界にいたんだ。それでついさっき街に戻ってきて、端っこの村まで行ったらまた折り返そうかと思ってて…… わぁ、背伸びたね」 目の前、俺のへそ辺りにある顔が眩しそうに見上げてきた。 (見た目の割に落ち着いてっから〝不思議な雰囲気〟って言われたわけか、成る程) ひとつずつ、謎が解けていく。 こいつの方が年上なのに、俺のが遥かに背が高くて成人してて。 そんなに長い間、歳を取らずこの広い世界を歩き続けてたんだ。 昨日会った人たちには忘れられ、この世の誰からも忘れられながら、たった1人…… ずっと…ずっと…… 「………っ、なぁ兄貴、あんたは」 「これから、どうする?」 「ぇ……?」 透き通った瞳が、真っ直ぐに向けられる。 「奇跡の跡を残したおかげで、僕はもう一度会いたかった人に会えた。跡を残しても会える確率なんて凄く低いのに、僕の奇跡は叶った。本当に…嬉しいよっ。 ーーだから、シュバルツ。君には2つの選択肢がある」 (2つだと? 笑わせんな) 選択肢なんざ関係ない。 んなの、決まってる。 「俺は、なんと言われようが兄貴と一緒に行く」 この5年間、あんたを1人にしないため旅をしてきた。 誰もが忘れたその名前を1番に呼んでやりたくて、ここまできた。 その孤独を、俺も一緒に背負いたくて…もうこんな気持ちは……離れ離れは、嫌で。 だって 「俺ら、兄弟だろうが」 「ーーっ、ん、ぅん。 僕も…もう、君と別れたくない……っ!」 めいっぱい伸ばされた、小さな手。 それを引っ張り上げ、思いっきり抱きしめた。 ついて行くか行かないか、多分その二択なんだろ? なら、答えは当然こうだ。 多分これまで奇跡の跡を残された奴らも、同じ選択肢を選んで来てんだろう。 「本当に……いい? 僕と来たら、シュバルツは人の理から外れて長生きするよ?」 「んなの上等じゃん。ギリギリまで生き抜いてやるよ」 「皆の記憶からも消されちゃう。これまで出会ってきた人たち皆の記憶から…… それでも、いいの?」 「あぁ、いい」 そっか。記憶から消されるのか。 あの少女に財布全部あげちまって良かったな。 誰から貰ったか忘れるだろうけど、でも少しでも生活の足しになるなら本望だ。 それから、これまでの旅で出会ってきた人たちや育ってきた村の皆、孤児院の奴ら。 (なぁ、村長様。 『当事者でないとその先の御伽噺はわからん』って、本当だったな) だって、これから当事者()にまつわる記憶が全て消されてしまうのだから。 俺さ、もしその先の御伽噺が分かったら教えに行こうと思ってたんだ。 でもできそうにないな きっと「あんたは誰や?」から始まるんだろう。 だから、これは起こった人にしかわからない…… 摩訶不思議な、〝誰も知らない御伽噺〟。 「さぁ。それじゃ行こうか」 「これからどうするんだ?」 「とりあえず予定通り端っこの村まで行って、その後この件を女神様に報告かな。 きっと喜んでくださるよ。奇跡の跡をちゃんと見つけてくれたから」 兄さんを地面へ下ろし、手を繋いでゆっくりゆっくり歩いて行く。 この先の物語は 俺と兄貴と、この世界の理から外れた奴らにしかわからない。 だから、この噺もここで終わり。 ーーあんたもどうぞ、残りの旅を 楽しんで。 (理から外れようとも、どんな孤独の中にいようとも) (2人でいれば、絶対に寂しくない。) *** シュバルツ・ルシュリス fin.

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