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第5話

 ***  アレクシスたちが地球に落っこちてきて、三カ月が経った。  頭は賢いので、貨幣の種類さえ教えてあげればあっという間に覚えて、会計作業はできた。  しかも色彩感覚に優れていたので、花束やアレンジメント用の花を相談すれば、これまで凛奈が合わせたことのないような素敵な花を選んできて、スタイリッシュでかっこいい花束やアレンジメントができた。 「新人さん?」  商店街の常連のおじいさんが訊ねてきた。 「はい。名前はアレクといいます。遠い国から留学生として来ました」 「アレクシス・フォン・アストラディアンです。どうぞよろしくお願いいたします」 「おや、日本語がうまいねぇ。それに何より美丈夫だ。凛奈ちゃん狙いのご婦人どころか、さらにアレク狙いのお客さんが増えちゃうんじゃないの?」 「そんな! 恐縮です」 「恐縮なんて言葉まで知ってるのかい! 頭のいい留学生だねぇ」  一見オレ様な性格かと思えば、人当たりも良く、いつも笑顔のアレクシスは、あっという間に商店街の人気者になった。  おかげで店の売上も上がったのだけれど、凛奈は嬉しいようななんとも言えない複雑な気持ちになった。  自分の人気がどうこうというわけではない。  明らかにアレクシス狙いの若い女性やオメガのお客が来ると、胸の奥がキューッと痛むのだ。これは完全に嫉妬だった。 (僕って心が狭かったんだな……)  そう思って落ち込み、帰っていったおじいさんからの代金を握り締めた時だった。 「どうした? 凛奈。寂しそうな顔をしているぞ」  アレクは凛奈の肩を抱き寄せて、黒髪に唇を落とした。  その行為に心臓がドキンと跳ね上がる。  でも自分はアレクシスから『好き』だとも『愛している』だとも言われたことはない。  だから凛奈がアレクシスを女たらしだと思っても仕方ないだろう。  きっとアレクシスは自分がかっこいいことを理解した上で、みんなにこうして甘いキスをしているのだ。  そう思って凛奈がむすっとしていると、頬にまたキスされた。 「もう、アレクのバカ。みんなにニコニコするからお店の売上が上がっちゃったじゃないか」  八つ当たりのように口にすれば、アレクシスは屈託のない笑みを浮かべる。 「すまん、凛奈。少しでも凛奈の役に立ちたくて、一生懸命頑張ってしまった」  彫りの深い、ちょっと浅黒い肌の彼の笑顔はとてもキュートだ。  白い狼の牙が覗くのもいい。  普段は出している狼の耳も尻尾も仕事中はしまっているので、余計に凛々しく見えてしまう。 「お願いだ、凛奈。機嫌を直してくれ。もう一度頬にキスしてあげるから」 「別に機嫌なんか悪くないし。それに許嫁のいる王子様にチュウなんかされたら、犯罪でしょ? カイルが言ってたよ」 「カイルは俺たちが深い仲になるのを、警戒しているんだよ」  そう言ってもう一度頬にキスをしてきたアレクの逞しい胸を、凛奈は押し退けた。  本当は嬉しいのに、でも確信となる言葉がないから安心できない。不安でしかない。  アレクは僕のこと好きなの?   訊きたいのに訊けないのは、「好きじゃない」と言われるのが怖いからだ。もしこうしてべたべたするのが、アストラーダ王国では当たり前だ……とでも言われたら、彼への恋心を自覚している凛奈は立ち直れない。  彼がここで果たさなければならないミッションは、国を守るある大事なものを探し出すこと。  それを見つけるためには、凛奈の協力が必要だとアレクシスは言う。  しかしカイルは、絶対にいけませんぞ! と何度も釘を刺してくる。  当の凛奈は、それがなんなのかさっぱり見当もつかないし、異世界のことだから自分には関係のないことだと思っていた。  しかし、最近アレクシスの行動が、まるで恋人にするようで本当に困る。  しかもアレクシスは、肝心な言葉を言ってこない。 「愛している」  と、いう恋人同士の言葉を。  その言葉さえあれば、自分はなんでも彼に協力するのに――。  もともと人懐こい性格だけれど、アレクシスが凛奈にべたべたするようになって二カ月。  本気で凛奈のことが好きなのならば、そろそろ告白があってもいいと思うのだが……。 (最初は挨拶のキスだと言って、頬や額へのキスを許していたけれど……それももう限界だぞ!)  そんなことを考えながら、花の入ったバケツの配置を変えていたら、いったん奥へ消えていたアレクシスが、「一緒にランチに行くぞ!」と憎めない笑顔を向けてきた。  (ほんと、その笑顔はずるいよね)  と思いながらも、凛奈はため息をひとつついて、店にかかっているプレートをCLOSEにしたのだった。

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