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ありふれた殺人 2-2
私が目覚めると部屋の中はすっかり暗くなっていた。見慣れた天井と馴染みのベッドの中、このままもう一眠りしてしまおうかと考えたところでーー私ははたと思い出した。
買い物から帰ってドアを開けようとした時、突然男に首を絞められ私は意識を失った。
私の記憶違いでなければ、それはジョエルと出会う前に何度か見かけ、少しばかり親しみを抱いていた、あの派手な黄色のパーカーの男にである。
そのときの記憶が蘇り、私はがばりとベッドから上体を持ち上げたが、急激なめまいと吐き気に襲われ、再び枕に頭を沈める。病的なほどの眠気を感じた。おそらく失神させられた後、何か薬を飲まされたに違いない。
動けるくらいまで体調が治まるのを待ち、私はベッドから出て、壁伝いに部屋のスイッチを探った。明かりを点けて部屋の中を見渡すと、おそらく家主の私でなければ気付かないような微細な変化があった。
まず時計。部屋の一番目立つ壁に掛けていた時計が外され、またベッドの脇のサイドテーブルに置いてあった目覚まし時計、さらに愛用の煙草とライター、灰皿まで姿を消していた。
あの出来事は夢ではなかったのか。
私は震える手で廊下へ通ずるドアノブに手を掛け、回してみたが、ガチャガチャと鳴るばかりで開く気配がない。
「誰か! 誰かいないのか!」
私はドアを何度も叩き、助けを求めた。本来このドアに鍵なんてものは存在しない為、何者かがーーむろんあの黄色のパーカーの男が、廊下側から私を閉じこめたのだろう。
それならばと私は寝室に唯一ある窓に向かって駆けた。こちらの方が玄関に近い。私とあの男以外の人物が近くにいるかもしれない。ほとんど0パーセントに近い希望だったが、私は窓に掛けられているカーテンを開き、そのまま立ち尽くした。
ーーああ、なんということだ。
窓は外側から何枚もの板で目張りされていて、外の様子を伺うことができなかった。
唯一の救いは板の張り方が雑であったため、かすかに幾筋かの自然光が差しこむことだ。おそらく朝方から昼前暗いだろうと私は推測した。あの男が不器用なのか、単に急いでいただけなのか。どちらにせよ私には外部と接触できるわずかな希望であった。
私は何とか板を破壊できないかと試行錯誤したが、存外、丈夫なバリケードとなっていた。両手を痛めたところで私はその行為を諦め、私はベッドに腰を下ろす。
なんてことのない。"ほとんど"私の寝室だ。
しかし横になってみたところで到底眠れるはずがない。私は意味もなく寝室内をうろうろ歩き回り、手当たり次第に引き出しやクロゼットを開けてみた。
ネクタイやベルト、ハサミ、カッターナイフなど武器になりそうなものは根こそぎ奪われていた。当然食料や水などは廊下を渡った先にあるキッチンに貯蔵しており、寝室内にはキャンディ一粒すら見当たらなかった。
それにしても黄色のパーカーの男の目的がわからない。飢えさせて殺すつもりだろうか。それならば玄関先で襲った時に殺せばよかったのだ。それにこうして私の寝室に閉じこめておく意味も理解できない。
仮に身代金目的の誘拐だったとしてーーもちろん、この私などが人質となりえる素質を兼ね備えていないことは充分にわかりきっているともーーあの男のアジトでは駄目だったのだろうか。
悶々と考えているうちにガチャリ……と玄関のドアが開く音がした。私は本能的にあの男が戻ってきたのだと悟った。
男に対してどのように構えればいいのかわからなかった。男に戦いを挑めばいいのか、それとも彼が次の行動に出るまで待てばいいのか。
しかしある異変が私を焦らせた。尿意だ。寝室にユニットバスはない為、このまま部屋を出られないとなると醜態を晒すはめになる。いつから意識を失っていたのか不明だが、私の膀胱は限界寸前だった。
「誰か! そこにいるんだろ! ここから出してくれ!」
私は戻ってきたであろう私を閉じこめた男に救いを求めた。板張りの床がギシリと軋み、男が私の元へ近づいてきたのがわかった。
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