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…頭に触れる彼の唇、吐息、強く抱き竦めてくる…オレより大きく、整った身体。 それらを凄く間近に感じ、余計に心拍数が上昇してしまった。 「…もう二度と、何かに貴方を傷つけさせたりしない」 「っ、さ、さっくん…?」 静かに零された暗い声音に思わず疑問符を投げた。 けど、それに対して返される返事はない。 「ふっ、ぬっ」 強く首筋に頭を押しつけてくる腕のせいで、もがもがとしか身動きがとれない。 (……うわ、なんかすごいどきどきしてる) ……オレのあんな些細な一言でそんなに動揺したのか、びっくりさせられたはずのこっちより速いんじゃないかと思うほどの鼓動の速度がその胸元のスーツ越しに伝わってくる。 しかも時々、珍しく真剣な表情で警戒するように辺りを見回していた。 (……心配しなくても、ここには他の誰もいないのに) しかしこれは自分の言動が招いた結果だとわかってるし、そもそもそれを言ったところでこの執事の過保護度合いが変わらないことは既にじゅくちしている。 だからそんなオレがせめてできることといえば、目の前にある彼の首筋や艶のある黒髪とか、その背後に見える脱衣所の景色を見つめ、腰のところの裾をただぎゅうっと握ることくらいだった。 「…、夏空様…」 ただお互いの息づかいだけを感じていると、不意に…どこか色気を滲ませた声を漏らし、髪に顔を埋めてくる。 「…っ、ぎゃ、どさくさに、紛れて何してる…っ」 「嗚呼、情欲を掻き立てられるような…とても良い香りがします…それに昔と変わらず小さく、俺の腕の中に収まってしまう夏空様は本当に可愛らしい…」 「ッ、」 (じょ、情欲ってどんな匂いだ…!) 「っ、く、くそ…ッ!ばかにするな!」 鼻息荒く「離せ!」と命じても、そんなオレの抵抗なんか気にも留めてないらしい。 …それから心底愛しいものを見つめるような瞳で髪を梳かれ、頬や全身に触れられ、怪我がないことを確認して安堵したように息を吐いていた。 その謎に心配性な様子に色々ふくざつな感情になってにむぅと唸る。 ぎゅーって抱き締めながら頭を優しくゆっくりと撫でてくる手とか、オレを見る表情とか、…それ全部に、なんだか凄くくすぐったいような気持ちに駆られた。 むしょうに恥ずかしくて暴れたくなる身体をおさえつつ、じーっと睨むような目付きになりながら彼を見上げていて、不意に思う。 (やっぱりさっくんは綺麗…というか整った顔してるんだなぁ) …と、昨日女子達がオレを迎えに来たさっくんを見て「いぎゃああ!」とおかしなぐらいに騒ぎまくっていたのをぼんやりと思い出した。 ”ただでさえスタイルも顔も完璧なのに、それに加えて、性格も良くて落ち着いてて大人で、保険の先生だからかなんか色気ヤバイし、少女漫画のイケメンみたいに中性的っていうか、物憂げな感じで更に最高なのよ!” だとかなんたらかんたら、その時女子共に散々力説された。 …その後も、さっくんの尋常じゃないまでの容姿のすごさについて気が遠くなるほどに訴えられ続けた。 しかも、それだけじゃない。 …そういう人間に仕えてもらっている『オレ』がどれだけ幸せな存在であるかも、頭が痛くなるくらいに説明されたのだった。 (…そういえばその時”遊びでいいからあんな人の恋人になってみたい、キスしたい。…いや、もう見つめられるだけで昇天できる。”とかなんとか言ってたような…) …そんなことを考えていると、つい、惹かれるように視線が『そこ』に吸い寄せられる。 すると、 視線を不意に下げたさっくんとぱちりと目が合、って 「…夏空様…?」 その皆がキスしたいと言っていた唇が、オレの名前をつぶや、 「っ、って、ち、違う…、からな!」 思いのほかドキッとしてしまって、意味もなく否定をしてしまった。 (…今、オレ何考えてた…?) かあっと熱を持つ頬をごまかすように、近くにある顔を思いっきり睨み付ける。 「…?…嗚呼、大変申し訳ありません。先ほどの表現では宇宙をも超越する夏空様の最高級の可愛らしさを表現しきれておらず、」 「…っ、っ、っ、だーー!!もう!そうじゃなくて!だから、ちがうんだって、!」 うがああ違うんだ!ともう一度叫んで、ばたばたとその拘束からやっとのことで逃れる。 薄いTシャツをぐぐぐと下に引き伸ばしながら、擦り過ぎたせいで赤くなっているちんちんを隠しつつ、まだ収まらない衝撃に目をまん丸にしてむぐぐと眉を怒らせた。

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