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第178話

「痴話喧嘩なら何回でもいいですね。先輩可愛い。」 「おまえなぁ…」 城崎は旅行代理店を出てからも、嬉しそうにニコニコしている。 痴話喧嘩はいいとして、誰に聞かれてるかも分からないのに外であんなこと言われるのはヒヤヒヤするからやめてほしい。 余程バレない自信があるのか、城崎は気にもしていなさそうだが…。 「そういえばさ、海とかプールしばらく行ってないから、水着買わないとだわ。」 「俺が選んであげましょうか?」 「いいけど変なやつ選ぶなよ?緩いのでいいから。普通の。」 季節柄メンズ用水着が売ってるショップも短期間だけ開店しているらしく、その店へ向かった。 城崎のことだからエグいやつ選んでくるんじゃないかと少しヒヤヒヤしたが、俺の希望通り普通のルーズタイプの水着を選んでくれた。 「ちょっと心配した。」 「他の人が見てるのに露出させるわけないでしょ。」 「そういうおまえは?どんな水着買ったんだ?」 「おそろい。」 城崎は俺と色違いの水着を見せつけてきた。 思わず吹き出してしまう。 「いや、馬鹿。この歳でおそろいは恥ずいわ。」 「でももう買っちゃいました。」 「貸せ。返品してくる。」 「いーやーだーー。」 水着の入った袋を奪おうとするも、城崎は絶対に渡すものかと袋を抱きしめて離さなかった。 結局城崎は譲らなくて、お揃い水着で行くことになりそうだ。 そんなに嫌なら自分で別のを買えばいいじゃないかと思うだろうが、俺も世間体を気にして拒否しているだけで内心満更でもない。 「先輩、旅行楽しみですね♡」 「ん。そうだな。」 「あ、あと花火大会も行きたいです。」 「おい?!」 城崎は俺の腕を引っ張り、男着物のメンズ専門店へ直行する。 百貨店はマイナーな店(そろ)い踏みだな…。 甚兵衛(じんべえ)なんて高校以来着ていない。 というか、高校の時も彼女に言われて仕方なく買っただけで、俺自身あまりイベント(ごと)に服を変えるこだわりもない。 「先輩、これ似合いそう。」 「なぁ、何回も言うけど俺30なんだぞ?こんな…」 「すみません、これ試着していいですか?」 城崎は俺の話を遮って店員に声をかける。 勿論ノーなんて言うはずのない店員は、甚兵衛と俺を試着室に連れて行った。 城崎が選んでくれたのは黒のシンプルな甚兵衛。 鏡を見て、思ったほど悪くないと感じた。 試着室を出ると、城崎は目を輝かせて寄ってきた。 「いい!先輩、和装も似合いますね!着物とかも着て欲しいです!」 「お客様ならお似合いになりそうですね。」 「ですよね!まぁとりあえず甚兵衛はこれで。先輩、着替えててください。」 シャッとカーテンを閉められ、また元の服に着替える。 城崎との予定ができるのは勿論嬉しい。 でも俺はまだ、城崎ほど周りの目を気にせずに素直になることができなくて申し訳ない気持ちもある。 試着室から出てレジへ行くと、既に会計を終えた城崎が紙袋を掲げて嬉しそうに笑っていた。

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