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2、腹ペコ坊主、悩む。

自分の自慰の回数がもしかしたらおかしいんじゃないだろうか、と隆寛が気が付いたのは二十歳を超えたくらいから。 「高校生の時はさ、毎日してたよなあ」 「そうそう、ひどい時は日に三回とか!飯の回数かよ!」 僧侶になる前、同じ大学で学んだ友人たちと飲んでいてそんな話が出た時。夜も更けると僧侶といえついついこの手の話が出てしまうのは致し方ない。 ただ、坊主頭三人が集まって居酒屋ではしゃぐ訳にもいかず、大抵は誰かの家に行く。 そこで聞いたのが『現在の自慰の回数』だった。二人はせいぜい週二回くらいで、法要などが重なった時は全く一週間ナシということもあるという。 「なあ、隆寛はどれくらい?お前性欲薄そうだもんなあ」 自分に話が振られて、思わず同じくらいかなあと話を合わせてしまった。 (毎日、抜かないと疼くなんて言える訳ない…) 二十五歳を超えても一向に回数は減らない。いっそ我慢してみるか、と思って実行して見たものの、結局トイレで抜くはめに。情けなさ過ぎて泣けてしまった。 その一件があってからは毎日朝、必ず抜いてから朝のお勤めに行くようにしている。 こんなこと檀家に知られたらもう二度と読経も出来ない。 「はー…」 その日は朝から法要が続くというのにうっかり寝坊をするという失態を犯してしまった。 どうにか法要に間に合い、涼しい顔をして読経したものの、法要が済んだ後ふらふらとする隆寛に檀家のおばさまたちが心配そうに声をかけてきた。 「お寺さん、大丈夫かね?顔が赤いけど……」 「だ、大丈夫です!気になさらず!お帰りも気をつけてくださいね」 慌ててそう言いながらそそくさと寺を後にした。 その後電車で帰宅中に、どうにも疼いてしまい、駅のベンチでうずくまっていた隆寛。 「隆寛さん、大丈夫?」 そう声をかけられて顔をあげた時、そこにいたのは数日前に知り合った正嗣だった。 ぽろっと出た言葉に正嗣が反応して、まさかまさかの展開。そして自慰なんて目じゃないほどの快楽を知ってしまった。 それから毎日、とはいかないが会えば必ず体を合わせていた。 「とんだエロ坊主だな」 もう何度、言われただろう。それを反論できない隆寛。正嗣にしがみついて自ら腰をうねらせてしまう。それを見てまた正嗣もその誘いにのってしまう。 気が付いたら、もう何回イってしまったか覚えてないくらい。 (高校生かよ……) まるでセックスを知った高校生が見境もなくやってしまうようなことを二十八歳の二人がやっているなんて。しかもこんな職業の自分がこんなに淫乱だなんて。 今日ももう二度、達してベッドに伏せている。汗だくになった隆寛の身体を背中から正嗣が労るかのように触れていたのだが…… 「正嗣、あの…なんかまた固くなってない?」 ちょうど臀部あたりに当たるソレはさっきまで自分の中にいて、数分前に達したはずなのにまたもや固くなっている。 「あ、ごめん……」 そう言いながらも、するりと手を前に回して隆寛の胸の突起をキュッとつまむ。 「んっ……!やあ……」 ビクンと体が揺れる。正嗣と身体を重ねるようになって気づいたのだが、どうやら乳首を触られるのがかなり弱い。自慰の時、さすがに乳首を触れるようなことはしてなかったので隆寛はかなり驚いた。 「ねえ、隆寛。もう一回いい?」 耳元で正嗣が囁く。ムクムクと身体が反応してくる。隆寛は肩越しに正嗣の顔を見る。黒くて少し長い髪が、汗で顔に張り付いてる。その顔はもう何度も見ているけどいまだに直視できない。 「……あと一回だけだよ」 小さくそう言うと、正嗣はニヤリと笑ってうなじをベロリと舐めた。 正嗣は坊主フェチなんだと言っていた。電車で隆寛を見かけてずっと見ていた、とも。 自分を救ってよ、と半分強引に付き合うことになったけれど隆寛はこれは果たして付き合っていることになるのだろうか、といささか疑問に思っていた。 二十八歳の坊主が恋愛なんてこっぱずかしいけれど。 (まだ好きだとも言ってない気がする) 身体を重ねている最中に、盛り上がって聞いたこともあるし、言ったこともある。ただソレは本当に心から出た言葉なのだろうか。 「ん…!あ、ああッ、も、ダメッ……まさつ、ぐ…」 「ッ…!」 四回目ともなるともうさすがに身体がしんどい。二人は達した後にベッドに勢いよく倒れこんだ。 「調子に乗るなって、言ってる、だろ」 ハアハア、と肩で息をしながら隆寛が言うと正嗣がだって、と反論する。 「気持ちいいんだもん」 その言葉に隆寛が笑う。 (そうだよな、気持ちいいだけだもんな) もやもやとした気持ちがまた起き上がってきて、隆寛はそのまま黙ってしまった。 「……隆寛?」 背中を向けたまま、何も言わない隆寛。正嗣が覗き込むと顔を背けた。なんだよ、と正嗣が言う。顔を向けないが、耳が赤い。その耳を正嗣が甘噛みする。 「もう、やめろって」 手で正嗣の顔を払おうとして伸ばすと、その手首を正嗣が握った。 「隆寛、何か考えてる?」 「…別に」 明らかに様子がおかしい、と正嗣は眉をひそめる。さっきまであんなに盛り上がったのにどうしたのだろうと考え込んでしまった。だが考えても分からない。 「こっち向いてよ。寂しくなるじゃんか」 その言葉にピクリと肩が震えた。 「寂しい?」 「当たり前だろ、恋人なんだからさあ!」 正嗣がそう言うと勢いよく隆寛が振り向いた。少しだけ驚いた顔をして。その顔をみて正嗣は、ピンときた。 「そうか、隆寛に俺、ちゃんと言ってなかったかな」 「何を?」 正嗣は手を伸ばして隆寛の坊主頭をなでなでする。そして少し笑いながらこう言った。 「好きだよ、隆寛」 それを聞いた途端、隆寛の顔が真っ赤になった。ビンゴ、と心の中で正嗣は呟いてキスをする。ちゅ、と音を立てながら、舌を絡めていく。情熱的なキスに隆寛の目がトロンとしていく。唇が離れると正嗣はまっすぐ隆寛を見つめて聞く。 「隆寛は、どうなの」 真っ赤になった顔がさらに赤くなる。隆寛は思い知ってしまった。正嗣はきっと初めから自分のことが好きなのだろうと。ただそれを言葉にしていなかっただけで。それは隆寛の方も同じだ。それならちゃんと伝えなければ。 「……好きだよ」 消え入りそうな声で、正嗣に答えるとにこーっと正嗣が満足そうに笑う。その顔をみて隆寛は胸が高鳴る。これが恋じゃなくてなんだというのだろうか。珍しく隆寛の方から、キスをする。これには正嗣は驚いて目を見開いた。 「こんなご褒美もらえるなら、何度も言うよ。俺」 正嗣がそう言うと隆寛が笑う。 「じゃあ、何度でも言ってよ。そうしたら、もっと救ってやるから」 「お願いしますよ、隆寛さま」 二十八歳のフリーターと坊主の恋。これからなんてどうなるか分からないけど。 偶然始まった恋は、いつしか本物の恋になっていく。あの日の朝、もしいつも通りに隆寛が抜いていたら、この恋も始まらなかった。 「隆寛、大好きだよ」 今日も正嗣がキスを目当てに言ってくる。その言葉に隆寛はまだなれなくて真っ赤になる。 「…そうそうご褒美はあげないから!」 「ケチー」 【了】

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