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2話
「全く、あの子はダメね。話せば蜘蛛のことばかり」
階段の最後の一段を残し立ち止まった。リビングから母親の声が聞こえてくる。
「もっと他のことに興味を持たせたらどうだ?」
父親の声がして新聞をめくる音が聞こえる。蔵之介はうつむいた。ここに居るのがいけない気がしてくる。気が遠くなり、床が遠くにあるように空間がゆがんで見えた。
「男の子相手なんだからあなたが話してみてよ。私は蜘蛛なんて嫌いだし。この前噛まれたばかりなのよ」
「それはお前の仕事だろ。子供の世話は任せてるんだ」
父は興味なさそうに言った。
最近よくされる会話。聞きたくもない話だが、同じ家に住んでいれば嫌でも聞こえてくる。
その声はどこか遠くで聞いているかのような、小さくくぐもって聞こえた。
「なんであんな子産んじゃったのかしら、もっと聞き分けのいい子ならよかったのに」
その言葉にドキリとして両手を握りしめた。
「でもまあ、もうすぐ出ていくわけだしいっか」
ため息交じりの母の声。その言葉にこらえきれず部屋に戻った。
のどに何か詰まったように声が出せなかった。ベッドに突っ伏し声を殺して泣いた。抑えたくてもとめどなく目から涙があふれてくる。
高校はこの村にはない。中学を卒業したら必然的に村を出ることになる。
僕は生まれてきちゃいけない子供だったのかもしれない。
でも、なんとかして認めてもらいたい。期待に応えられない自分が悔しい。
泣いて、泣きはらして、いつの間にか眠ってしまっていた。
気付いたら朝になっていた。
それから数週間が経ち、学校から帰ると母が慌てた様子で身支度を調えていた。
「どこかに行くの?」
「そう、あんたもよ。カバンおいて。車で待ってて」
母は鏡の前で下唇に口紅を塗った。
唇を合わせこすると上唇にも色が移る。
「見てないでさっさと行きなさい。どんくさいわね」
蔵之介はカバンを廊下に置いて、外に出て玄関のドアを閉めた。
どこに行くんだろう?
もしかしてどこかに捨てられるのかな?
自虐的なことは言っていて悲しくはなるが、一方で心が少し軽くなる。
一層その方が生きやすく楽になるのかもしれない。
自分はいらない子供なんだ。それが毎日のように頭をよぎり洗脳されていった。
母は慌てて玄関を飛び出し、鍵を閉めた。
「早く乗って」
車の鍵が開き車に乗り込む、まだ見慣れない村の道の中を走る。
ここには一年ほど前に引っ越してきた。出かけるにしても近くのスーパーや本屋程度だ。
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