89 / 204

87話

 海が言うと、奥から「良いよ」とビアンカの声が聞こえた。  ピーがドアを開け海を中へ通した。 「蔵之介の様子はどうだ?新しい部屋は気に入ってるか?」 「今は問題ありません。部屋でゼノスと編み物をしたいと話しています」  ビアンカは、見ていた書類を横に置いた。 「元気そうでよかった。編み物は人間の服を作る方法の一つだったな。本も買ってきていたようだが……。今はその話はいいか。何の用だ?」  ビアンカは海に体を向け聞く。すると海は膝を付き、腰を折り頭を下げた。今までに見ない礼儀正しい態度にビアンカは少し驚いたが、すぐに笑って見せた。 「俺を鍛えてください。この前の戦いで自分の弱さを思い知りました。ビアンカ様の様に強靭な体にも牙を剥ける様になりたいんです」  海の言葉を聞いて、ビアンカとピーは顔を見合わせた。 「無理だよ」  とビアンカが言って 「無理ですね」  とピーが付け加えた。 「なぜですか!?」  海は頭を上げた。 「僕は生まれてすぐに、王になる為の子供と決められ食事の管理と、生活の管理を義務付けられた。毎日鍛えて「お前は誰よりも強くなる」と言われ育てられた。20年以上それが続いた。今から始めても、僕の様になるのは最低でも20年後だそれでもやろうと思うか?」  海はそれを聞いて生唾を飲み込んだ。  20年もの長い時間、王になることのみを目指し鍛え、今のビアンカの存在がある。 途方もなく長い時間だ。先が見えず折れるのもたやすく想像できた。海は手を握りる。 うつむき目を閉じると、蔵之介の顔が浮かんだ。 「20年後、蔵之介と一緒にいて、その時守れない自分のままでいることは許せません」  ビアンカは目を細め、立ち上がった。 「やります。この先何年かかっても鍛えぬきます。ご指導お願いします」  ビアンカをまっすぐ見て言い放つ。  するとビアンカは苦笑した。 「困ったやつだな」  そういってビアンカは海に歩み寄った。 「ならば師をつけよう。僕を鍛えてくれた者だ。僕が王になって引退なされたが、頼みこめばコツくらいなら教えてくれるだろう」 「コツ?だけ?」 「それで十分だろ?あとは海の努力次第だ。僕も同じだった。教えられた以上のことをやったよ」  海は冷や汗が流れた。今までも十分鍛錬は詰んできた。それでも足りなかった。それ以上何をすればいいのか想像もつかない。  王の表情は真剣な面持ちだった「たやすく自分の足元と同じ場所に立てると思うな」と言われている気がした。 「はい」  海は返事をするのがやっとだった。

ともだちにシェアしよう!