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87話
海が言うと、奥から「良いよ」とビアンカの声が聞こえた。
ピーがドアを開け海を中へ通した。
「蔵之介の様子はどうだ?新しい部屋は気に入ってるか?」
「今は問題ありません。部屋でゼノスと編み物をしたいと話しています」
ビアンカは、見ていた書類を横に置いた。
「元気そうでよかった。編み物は人間の服を作る方法の一つだったな。本も買ってきていたようだが……。今はその話はいいか。何の用だ?」
ビアンカは海に体を向け聞く。すると海は膝を付き、腰を折り頭を下げた。今までに見ない礼儀正しい態度にビアンカは少し驚いたが、すぐに笑って見せた。
「俺を鍛えてください。この前の戦いで自分の弱さを思い知りました。ビアンカ様の様に強靭な体にも牙を剥ける様になりたいんです」
海の言葉を聞いて、ビアンカとピーは顔を見合わせた。
「無理だよ」
とビアンカが言って
「無理ですね」
とピーが付け加えた。
「なぜですか!?」
海は頭を上げた。
「僕は生まれてすぐに、王になる為の子供と決められ食事の管理と、生活の管理を義務付けられた。毎日鍛えて「お前は誰よりも強くなる」と言われ育てられた。20年以上それが続いた。今から始めても、僕の様になるのは最低でも20年後だそれでもやろうと思うか?」
海はそれを聞いて生唾を飲み込んだ。
20年もの長い時間、王になることのみを目指し鍛え、今のビアンカの存在がある。
途方もなく長い時間だ。先が見えず折れるのもたやすく想像できた。海は手を握りる。
うつむき目を閉じると、蔵之介の顔が浮かんだ。
「20年後、蔵之介と一緒にいて、その時守れない自分のままでいることは許せません」
ビアンカは目を細め、立ち上がった。
「やります。この先何年かかっても鍛えぬきます。ご指導お願いします」
ビアンカをまっすぐ見て言い放つ。
するとビアンカは苦笑した。
「困ったやつだな」
そういってビアンカは海に歩み寄った。
「ならば師をつけよう。僕を鍛えてくれた者だ。僕が王になって引退なされたが、頼みこめばコツくらいなら教えてくれるだろう」
「コツ?だけ?」
「それで十分だろ?あとは海の努力次第だ。僕も同じだった。教えられた以上のことをやったよ」
海は冷や汗が流れた。今までも十分鍛錬は詰んできた。それでも足りなかった。それ以上何をすればいいのか想像もつかない。
王の表情は真剣な面持ちだった「たやすく自分の足元と同じ場所に立てると思うな」と言われている気がした。
「はい」
海は返事をするのがやっとだった。
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