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☆一章三話
ビアンカは驚いて蔵之介を見つめた。そのうえこのビアンカはよく見つめてくる。何かと見られている気がして見ると大体見られていた。即位式の時も。
蔵之介はビアンカと目が合い顔が熱くなるのを感じ、首を横に振った。
「いえ、やっぱり。なんでもないです! 今のも忘れてください!」
蔵之介は恥ずかしくなり両腕で顔を隠した。
これ以上話してたら余計に恥ずか死ぬ。何とか話を変えたい。というか話を終わらせたい。と蔵之介は考えをぐるぐるめぐらせていた。
「あ、あの、移触針を使わないってことは子供は作らないんですか?」
考えをめぐらし過ぎて、また墓穴を掘る質問をしてしまったと蔵之介は固まった。
しかし、もうどうすることも出来ず、落胆した。
「あの、ごめんなさい……」
これ以上ないほど蔵之介の顔は赤くなっていた。
百面相する蔵之介を見てビアンカは「ふっ」と吹き出し笑った。ビアンカの指先がそっと頬を撫でた。
「君は可愛いな。恥ずかしがりながらも僕たちに興味を持ってくれているのは嬉しい。僕の口から聞きたいかな? それとも同世代のゼノスから説明されたい?」
ビアンカに顎を引かれ顔を寄せられる。目の前にビアンカの瞳。触れそうな距離に唇がある。その状況にパニックになり、蔵之介は熱を上げ意識を失った。
「おい、蔵之介!?」
倒れて湯気が出そうなほど熱くなった顔をビアンカは優しくなでた。
「どうかされましたか?」
片付けを終えたゼノスが歩み寄る。
「からかい過ぎてしまったようだ」
ゼノスは蔵之介の様子を伺う。
「顔が赤いですね。熱があるのでしょうか?」
「確かに顔が熱い」
ビアンカは蔵之介のおでこに、自分のおでこを当てた。熱がじかに伝わる。
「人間はこういう時、濡らし冷やしたタオルをおでこに当てるそうです」
ゼノスがいうと、ビアンカはおでこを離した。
「そうか、じゃあ頼む」
ゼノスは「はい」と返事をして奥の部屋からぬれたタオルを持ってきて、おでこにそっと乗せた。
ビアンカは心配そうに蔵之介を見て、胸元をはだけさせた。胸元を撫で、そこに粘り気のある糸を貼り、その上から粘着力のない糸が張られた。
「これで心音が乱れれば僕に伝わる。何かあればすぐに呼んでくれ、連絡も怠らないように。僕はやらなければいけないことがある。後のことを頼む」
「はい。お任せください」
ゼノスは頭を下げた。
ビアンカは部屋を出ると形相を変えた。
「キーパー状況は?」
どこに顔を向けるわけでもなく、その場でビアンカは聞いた。呼ばれるとキーパーは天井から姿を現し、床へと降りた。
「昨日、ここを通ったものは居ないという情報です。私自身も感知しておりません。しかし、先ほどのスペルマウェブから遺伝子情報を調べればすぐに犯人は特定できるかと」
「鑑定に回したのか?」
「既に、ゼノスから受け取り他のキーパーが調べに入っています」
「分かった。特定を急ぐよう指示をしてくれ、あと、蔵之介の部屋の窓全てに網を張っておけ。以上だ」
「はっ」
キーパーは頭を下げ、天井へ飛び、溶け込むように姿を消した。
ビアンカは蔵之介の部屋の前に蜘蛛の巣を張り、その場を後にした。
蔵之介は目を覚ますと、おでこに冷たいタオルが乗せられている。
胸元が暖かい。胸元を撫でると、少しざらついていた。
「お目覚めになりましたか」
ゼノスが気付きおでこのタオルを取った
「ご安心ください、それはビアンカ王がつけた治癒糸です。その糸は体と心を癒します。心音はビアンカ様に伝わり、問題があればすぐに駆け付けてくれます」
ゼノスがベッド脇の桶で、タオルを洗い絞った。
「心音が? ……なんだか恥ずかしいな」
蔵之介は寝ころんだまま苦笑した。
「なぜです? 何かあれば伝わり、助けに向かうことが可能なすごい能力ですよ」
「そうかも知れないけど、心音って聞かれると恥ずかしいだろ?」
ゼノスは首を傾げた。
「よくわかりません。なぜ恥ずかしいのですか?」
「んー」
と蔵之介は、ゼノスの方へ寝返りを打つ。
いざなぜ恥ずかしいかと聞かれると説明が難しい。
「例えば、人を好きになると心音が早まるだろ?」
「そうなんですか?」
キョトンとするゼノスに少しホッとしていた。自分の心配事がたわいもない事の様に想えたからだ。
「そうなの、それで誰を見てるかで誰が好きなのかバレるんだよ。それで恥ずかしい」
「誰かを好きになるがそんなに恥ずかしいことなのですか?」
ゼノスはまるで理解ができないといった目で蔵之介を見ていた。
「ゼノスは好きな人いる?」
「はい、ビアンカ王のことはお慕いしております」
「えっ」
蔵之介は驚いて起き上がる
「それってどういう風に?」
「私は地下牢に閉じ込められ、食事も与えられず、生きるか死ぬか自分で選択しなければならない状況にいました。その時、ビアンカ様が、いえ、ビアンカ王がお助けくださいました。
当時の私は煤汚れ、全身黒く染まっていました。
同意種だから助けられたのかと思いましたが、洗われて私を白い蜘蛛だと気付き、驚かれていました。どの種でも見境なく助けてくださる方です。私はそういうビアンカ王の寛大なお心に引かれております」
ゼノスは淡々と、しかし少し嬉しそうに話した。
「そういうことか」
と蔵之介はほっとした。
同時にほっとしている自分に疑問を覚えた。
なぜ僕は慌てて、安心しているんだろう?
胸元を触るとざらりとした蜘蛛の糸の感触。
それに触れるとドキッとした。
こうやって動揺したり、安心してるのもビアンカに伝わってしまうのだろうか?
「でも話すとビアンカ王とは同種ではなく別の種でしたが」
ゼノスがそこまで言うと、ドアがノックされた。
「僕だ、蔵之介は起きているか?」
ビアンカの声。それに胸が高鳴る。心音を聞かれたくない、沈まれ僕の心臓! と蔵之介は枕に顔を伏せた。
ゼノスが返事をしてドアを開け、ビアンカを招き入れる。
「蔵之介、大丈夫か?」
「大丈夫です」
蔵之介はビアンカの顔を見れず、布団に突っ伏したままだった。
ビアンカは顔を伏せる蔵之介を見て頭を撫でる。
「なら顔を見せてくれ」
蔵之介の胸はきゅっと締めつける。
胸が痛い。なんで?
「先ほどから心音がおかしい、どこか具合が悪いのか?」
「大丈夫です」
「先ほどと同じ答えだな。そんなに僕に信用が置けないか?」
「ちっ、違います!」
蔵之介は飛び起きてビアンカを見た。
ドキドキするのが恥ずかしくて、それがビアンカに伝わるのも恥ずかしくて。
顔が熱くなる。そして思わず顔を伏せてしまう。
うつむく蔵之介をビアンカは抱きし寄せた。
「すまない、先ほどはからかいすぎた」
「大丈夫……です」
胸のドキドキが止まらない。シーツをぎゅっと握りしめる。こんなのおかしいって自分でも分かってる。こんな気持ちは初めてだった。
なぜこんなにビアンカを意識してしまうのか分からない。
「そうか、分かった」
ビアンカは納得したようにそういうと、蔵之介の胸元をはだけさせる。いきなりの事に蔵之介は驚き動けずにいた。
ビアンカは蔵之介の胸元を撫で、糸を取り払った。
「んっ」
くすぐったさに蔵之介は声を漏らした。目をつむり顔をそらす。
「これでどうだ?」
ビアンカに聞かれ、ゆっくり目を開けた。
ドキドキしていた心音が落ち着いていく。
「寝ているときは安定した心音だった。起きると乱れ始めた。僕の声や姿を見てさらに乱れていた。多分、糸が効きすぎて僕を意識しすぎていたんだ。用量を考えないといけないな」
ビアンカはそういって立ち上がる。
先ほどのドキドキはビアンカを自分が意識してのものではなかった。
ビアンカへの想いは一時的なもの。
蔵之介はため息をついた。しかし、少し寂しさを感じる。
この気持ちはどういうものなのか、今の蔵之介には理解しきれなかった。
「食事の準備が出来てる。お腹はすいてないか?」
考えると、お昼の学校の給食から何も食べていない。どれくらい時間が経ったのか分からないけど、と蔵之介はお腹を撫でる。
「すいてます」
では行こう。
寝ている間に乱れた服をゼノスに整えてもらい、蔵之介はビアンカと共に部屋を出た。
部屋を出ると外は暗く、城の中を所々照らす明かりが揺らめき輝いていた。見慣れない建物と明かり、装飾、衣装、部屋でも感じたがまるで異世界にでも来たような感覚だった。食事も普段食べてるものと少し違うのかもしれない。空腹もあり食事への期待が高まった。
しかし食事のテーブルにつくと、蔵之介は並んだ食事を見て顔をひきつらせた。
「あの、これって」
食卓に並んだものは揚げたものから触覚が出ていたり、芋虫のようなものが入ったスープ。
ガの形の残った何か。串にささったムカデ。何か炒められたものと、白い塊。他いろいろ。
「お、お米とかないですか?」
「米? 知っているか?」
ビアンカがゼノスに聞く。
「人間がよく食べる穀物です。ここでは食べられてないので、入手はできませんでした」
ゼノスが答えた。
「よく食べるものなら、そちらの方が食べ慣れているだろう。何とか手に入らないか?」
ビアンカはピーに聞く。
「それには人間界に行く必要があります。さらに言えば人間界のお金、通貨が必要です」
ピーに言われビアンカは考えをめぐらせる。
「人間界の通貨を手に入れるのには手間がかかる、すぐの入手は困難か」
ビアンカは考え、蔵之介に目を向ける。
「とりあえず、この中で食べられそうな物はないか?」
ビアンカに言われ、蔵之介は見回す。
「これは?」
白い塊を指さした。
「それはチーズです」
ゼノスが言うと、蔵之介はホッとしてお皿を寄せた。
「これなら食べられるかも」
そういうとビアンカも安心したようにほほ笑んだ。
蔵之介は、チーズを切り広げると、中からチーズがとろけ出てきた。
「あ、おいしそう」
そしてその中から、うじゃうじゃと虫が湧き出てきた。
「!!!!!????」
言葉にならない叫びと共に後退った。同時に椅子が倒れガタリと音を立てた。
「な、な、な、なにこれ!?」
「カースマルツゥです、これは人間が食べてると聞いて作って頂いたのですが……」
ゼノスが蔵之介の反応を見て、間違ったものを作っ締まったと察したのだろう。困ったように言った。
「食べたことも、見たことも、聞いたこともないよ!?こんなものぜっったい無理!」
「す、すみません……」
ゼノスは冷や汗を流し、慌ててお皿を避けた。
「ではこちらはどうでしょう? チャカチャンをつかった炒めものです」
ゼノスがめげずに勧める。
「チャカチャンも聞いたことないよ……」
蔵之介はその炒め物を見て、眉を寄せた。目がぴょこんとついていて、夏によく木に止まっているあいつに似ている。
「これって、セミじゃない?」
「はい、別名はセミだったと思います。旬は過ぎましたが美味しいですよ」
ゼノスは嬉しそうにほほ笑んだ。
知ってるからと言って食べられるものでは無い。蔵之介にとってそれを食べるのにはかなりの勇気がいる。
意を決し、一口と試みるが手が止まる。目の前にセミの顔があり、目をそらし他の物を指さす。
「こっちは何?」
「ミールワームのフライです」
細長い幼虫のような見た目だが衣がカリカリに上げられている。
「こっちは?」
「イナゴの佃煮です。人間が作ってるものと同じ味になってるか分かりませんが」
見た目はさながら匂いは食欲をそそる。
そしてあまり聞きたくはない触覚のはみ出した赤茶色い何かのフライを指さす。
「じゃあこっちは?」
「それは……、聞かない方が良いと思います」
ゼノスがそういって察しがついた。ゼノスも人間の世界では忌み嫌われている事を知っているのだろう。
ビアンカはそれを食べようとしたが蔵之介とゼノスの様子を見て、食べるのは止めた。
食事を終え、蔵之介は部屋に戻った。とは言っても最終的にどれも口にすることは出来なかった。
「お腹すいたー!」
蔵之介はベッドに仰向けになり、寝転んだ。
「虫なんて食べられるわけないだろ……」
蔵之介はため息をつく、なんで人が来るって分かってて、部屋も風呂もトイレも人間用に近いのに食事だけ蜘蛛仕様なんだ!?自分で言うのもなんだけど、あまり文句を言わない人間だけど、空腹だけは耐えられない。
お腹をさすりながら、部屋を見渡すが食べられるものはない。
ゼノスもビアンカに呼ばれ蔵之介は部屋に一人残された。
部屋の外で監視が何人かいるらしく、部屋に居れば安全だと言われた。
けどこの空腹。外に食べ物を探しに行きたい。
迷いながら部屋の中に何かないかと探していると、一匹の蜘蛛が天井から降りてきた。
「あ」
蔵之介は蜘蛛に手を伸ばし、手のひらの上に乗せた。家の中によくあらわれる黒い家蜘蛛だ。
「ここにもこんな蜘蛛が住んでるのか」
蔵之介は蜘蛛を手のひらに乗せたまま、窓に向かった。家の中に蜘蛛が居たら外に逃がす習慣があった。母親に見つかれば殺虫剤で殺されてしまうからだ。
窓を開けようとしたが外から何かで止められているようで開けられない。
「そういえばゼノスが窓は閉められてるって言ってたかも」
蔵之介は仕方なく、ドアの方へ向かう。
外に出て良いものか迷ったが、ドアを開けるくらいなら大丈夫だろう。
ドアをそっと開けた。しゃがんで手のひらに乗せた蜘蛛を床の上に離す。
「随分おとなしいな」
家で見ていた蜘蛛は大体飛び跳ねて逃げようとしていた。しかしこの蜘蛛は違った。
すると次の瞬間その蜘蛛から糸が飛ばされる。
「蔵之介様!?」
誰かの声が聞こえたが、目の前を糸に覆われ何も見えなくなった。
「うわっ、なにこれ!?」
糸を取ろうとするが、顔に張り付いて離れない。
「蔵之介様ドアをお閉めください! うわっ!」
声の通り、ドアを閉めようと手探りでドアに触れると、勢いよくドアが開けられた。
蔵之介はびくっとして縮こまる。その体をすぐに持ち上げられた。
「わっ、やだ! なんだよ!?」
どこかに移動しているのが分かる。抵抗をしようとしたが、手足を糸で縛られたのか身動きも取れなくなった。
戦いよけながら動き回っているのが分かるがどこにいるのかは全く分からなかった。
急に体が浮く感覚があり、ジャンプしたのが分かる。しかし
「蔵之介!」
その声が聞こえると同時に、体が宙に浮いた。
「え、うわっ! わ、わぁぁぁぁ」
何も見えないまま重力が働き体が落下してくのが分かる。
落ちてる、落ちてるこんなの確実に死ぬ!
「やだぁぁぁ!!!」
蔵之介は半分泣きながら叫んだ。しかし、その体はふわりと受け止められ、跳ね上がった。
「うわっ」
落ちた所で何度か体がはねてその場でおさまった。
涙目でぐずっと鼻を鳴らす。
「高いところは苦手だって言ってるのに……」
つぶやき言うと、乗っていた地面が揺れた。その地面は多分蜘蛛の糸だろう。手元に穴があり、動くとトラン ポリンの様に反動がある。
「蔵之介」
呼ばれる声とともに体を抱き上げられ、手と足の拘束を外された。
そして顔につけられた糸が外される。
視界が開け、目を開けるとビアンカの顔が目の前にある。
「無事か? 怪我はないか?」
「無い……」
しかし、ビアンカは安心せず困った様な顔をする。
それもそのはず、蔵之介の目から涙がぽろぽろこぼれていたからだ。
「なんで……」
蔵之介はそれ以上言えず腕で顔を覆った。
「蔵之介、怖い思いをさせたな。部屋に戻ろう」
ビアンカは蔵之介を抱きかかえ、空を飛んだ。
「だからなんで飛ぶの!?」
蔵之介は慌ててビアンカの首に抱きついた。
ビアンカは屋根の上に飛び乗ると一度止まった。
「高いところが怖いのか?」
「怖いって言った!」
蔵之介は空腹と恐怖から苛立って言い放つ。
「いつだ?」
「森の中で!」
「そんな事言ってなかっただろう。君の言ったことなら一言一句覚えている」
「もう! 分かったから早く安全な場所に下して!!」
蔵之介は半ば八つ当たり気味に言うと、ビアンカは蔵之介を抱きかかえ、部屋の前の廊下に下した。
蔵之介は、ビアンカから離れ部屋のドアを開ける。
「蔵之介、何があったんだ?」
ビアンカは蔵之介の後を追い、部屋に入った。
「家蜘蛛がいたんだ、部屋の中に。だから外に出そうかと思って」
「ドアを開けたのか?」
「うん」
ビアンカは蔵之介の腕を掴み引く。
「な、なに?」
いきなりの事に蔵之介は驚き、ビアンカを見上げると怒っているようだった。
「蜘蛛に触れたのか?」
「うん、外に出すのに手に乗せたけど」
蔵之介が言うと、ビアンカは腕を掴んだまま、反対の手で蔵之介の背中に手を回し歩き出した。蔵之介は連れられ洗面台の前に立たされた。
「なにするの?」
「手を洗うんだ」
とビアンカは蔵之介の背後に周り、蔵之介の肩の上から手を伸ばし水を出した。
ビアンカは水の温度を確認して、蔵之介の両手を掴んで水の中に晒した。ビアンカは石鹸を取って泡立てる。
「手なら自分で洗えるよ」
「駄目だ、僕が洗う」
ビアンカは手元で丹念に泡を立てて蔵之介の右手を取り、両手で包むように洗いだした。蔵之介はくすぐったさに手を引きそうになるが、ビアンカが後ろにいて、下がることもできない。手を手の甲と手のひらに泡の滑る感覚とビアンカの手のひらの感覚が伝わってくる。
「び、ビアンカやっぱり自分で洗うから」
「だめだ、蜘蛛に触れるということは相手の全身に触れたも同然のことだよ。その意味が分かるか?」
蔵之介は意味を理解しハッとしてビアンカの顔へ振り返る。
「そんな、ことは無いんじゃないかな……?」
「蔵之介は僕以外の体に気安く触れてはいけない」
ビアンカの顔が間近で唇の動きから柔らかさが見て取れる。蔵之介は急に体が熱くなるのを感じて手元に目を戻した。
先ほどからビアンカの手のひらに包まれ右手は丹念に洗われている。
手のひらと手の甲から指先に移動し、指を一本一本ビアンカの指に包まれ丹念に現れていく。
次第に指が絡みだし、指の間にビアンカの指が絡んでくる。指が滑り込み、徐々に奥へと入り込んでくる。第二間接の内側が自分でも想像できなかった位敏感で、ビアンカの指とこすれ合いぞくぞくと体が震えた。
「んっ」
思わず声が漏れた。
「痛いか?」
「い、痛くない。大丈夫」
蔵之介は堪えるように下唇を軽くかんだ。
手のひら側からの洗浄が終わると手の甲側から指を絡められ再び指の間を、幾度もこすられ柔肌に触れられると胸の内側から、体が熱くなった。
右手を終えると、今度は左手をビアンカは洗いだした。
ビアンカは目の前の鏡を見ると、蔵之介の顔が真っ赤になっているのに気付き細くほほ笑んだ。蔵之介の左手も同じように、手のひらと手の甲、指の先、指の間まで洗い、暖かい水で洗い流された。熱くなった体は敏感で何をされても、ビアンカの肌を感じてしまい、蔵之介は声が漏れそうになるのをひたすら堪えていた。
洗い流している間も、こすられたり手のひらをもまれたり、ビアンカは丹念に蔵之介の手を洗い流していた。
洗い流し終わると、タオルで両手とも優しく当てるように拭かれた。水分を取り終わると、ビアンカは蔵之介の手を確認して洗面台に置かれたボトルを取り出した。
「荒れないようローションを塗ろう」
ボトルから液を手のひらに取り出し、ビアンカは両手に塗り伸ばして蔵之介の手のひらを再び包むようにして液体を塗り始めた。
ぬるりとした感覚にそれまで何も言えずに、されるがままだった蔵之介はこらえきれず口を開いた。
「ビアンカ、自分でやるよ」
「僕に触れられるのが嫌なのか?」
そう聞かれると、ドキッとして胸が痛むのを感じた。
「嫌じゃ……ない」
本当の気持ちだけど、言ってから恥かしさに襲われる。手を洗われローションを塗られるなんてされたことがない。もしあるとしても子供の頃だ。
「なら任せて」
耳元でビアンカの声が響いた。蔵之介はこれ以上言うと、さらなる刺激を与えられそうで黙ってビアンカの手のひらを受け入れた。
背中は先ほどからビアンカの胸に触れ、体も熱くなり汗ばんでいる。こんなに暑いのにビアンカも離れようとはしなかった。ローションのぬめりは消えることなくビアンカの手に両手をマッサージされていく。ぬるぬると触れ合う手をくらくらした頭で感じていると、今まで熱くなった事のないそこにうずく様な痛みを与えた。
「あっ」
蔵之介は声を漏らした。
もしかして、勃ってる?
「蔵之……」
「び、ビアンカ! もう大丈夫だから、あの、俺トイレ!!!」
と慌てて蔵之介は横のドアの中に駆け込んだ。
怪しすぎる行動だけど、そんなことありえない!
慌てて股間に手を当てるが、そこは固くなってはいなかった。
「あ、あれ?」
確かにうずくような感覚があった。けど何ともない。
安心していいのかがっかりした方が良いのか分からず、呆然としていた。
「蔵之介? 大丈夫か?」
ビアンカは心配そうに声をかける。
蔵之介はふと前を見ると、そこは風呂場だった。トイレにと駆け込んだ先が風呂場だなんて間抜けすぎる。
蔵之介は、身を縮こまらせドアを開けた。
「大丈夫だった」
蔵之介は顔を赤くしうつむいたままでいた。ビアンカはそれを見てホッとして蔵之介のあたまを撫でた。
ビアンカは蔵之介の背に手を回し、風呂場から連れ出した。
蔵之介は一息をつくが、再び洗面台の前に立たされた。
「まだ何かするの?」
「糸がまだ残っている」
ビアンカはタオルを暖かい湯で濡らし、蔵之介の顔に当てた。
暖かい布に触れられ蔵之介はホッとしておとなしく目を閉じた。
タオルはこすられることなくそっとずらして当てられていく。触れる感覚も優しく安心できた。
顔全体に当てられ、目の周りに残った糸を取り除くように軽くこすられた。
そして、唇に柔らかいものが触れる。
目を見開くと目の前にはビアンカの顔がある。触れているのは唇だった。
急なことに蔵之介は後ずさる。
「あっ、わ、なんで!?」
「蔵之介は可愛いな」
ビアンカはにこにこと笑って蔵之介の頭を撫でた。
「でも気を抜きすぎだよ。だから連れ去られそうになるんだ」
「ごめんなさい」
蔵之介はビアンカの顔を見上げると、ビアンカはほほ笑む。
「それで許されると思ってるのか?」
蔵之介はドキッとして身を縮こまらせる。
「他に何をすれば……」
困ったように言うと、ビアンカは顔を寄せてきた。
「キスして」
そっと唇を撫でるようなささやき声
「えっ」
目の前にビアンカの瞳があり、逸らせず見つめているとドアがノックされた。
「ビアンカ様、いらっしゃいますか?」
ビアンカは目を閉じ姿勢をただした。
「いるよ!」
蔵之介が答え慌ててドアに駆け寄ろうとする。しかし、ビアンカの手が胸元まわり止められ抱き寄せられた。
「んっ」
ビアンカの唇が再び口の柔らかい部分に触れた。
ビアンカは唇を話すとため息をつき、蔵之介を解放した。そしてドアを開ける。
「どうなった?」
ピーがそれに答え、二人が会話しているのが聞こえる。
蔵之介は部屋に戻ると、ゼノスが待っていた。
「蔵之介様」
ゼノスが駆け寄り蔵之介の側に立つとすぐに跪いた。
「蔵之介様、申し訳ありません。私が側にいなかったばかりに……」
「うん……大丈夫」
蔵之介はぼーっとしたまま返事をした。
最後にされたキスは少し怖かった。逃げたから怒らせてしまったのかもしれない。
怒らせる恐怖が蔵之介の心をえぐった。
「蔵之介様?」
ゼノスは立ち上がり蔵之介の頬に手を触れる。
ピーと話していたビアンカは異変に気付き蔵之介を見た。
蔵之介の頬に涙が一筋こぼれていた。
蔵之介の心音から察し、ビアンカは目をそらした。最後のキスは乱暴すぎた。ビアンカにはその自覚があった。泣かせたのは自分だ。
その苛立ちにビアンカは、拳を握り深く呼吸をした。
ピーはその様子を見て、ゼノスに声をかける。
「報告は終わりました。我々は残りの片付けをします。蔵之介様の事をよろしくお願いします」
「はい」
ピーはビアンカを連れて蔵之介の部屋を出ていった。
「ビアンカ王」
ピーのその言葉とともに、ビアンカは横にあった手すりに拳を勢いよく落とした。すると大理石で造形された手すりは砕け散った。
砕けた石は下へ落下しドスンと音を立て、細かな石はパラパラと落ちていった。
ピーは黙って見守り、しばらくの沈黙後
「すまない、直しておいてくれ」
「はい」
ピーは頷き、ビアンカはその場を後にした。
蔵之介が連れ去られそうになる前。
「これは困ったな。食事がそんなに違うとは思わなかった」
ビアンカは自室でソファに座り、ピーとゼノスを前に落胆していた。
「申し訳ありません。人間が食べているものはお調べしたのですが、ここまで虫を食すのに抵抗があるとは思いませんでした。前回の生贄は我々と同じ食事を食べていたと記載があり、平気なものなのかと思ってしまいました」
ゼノスは頭を下げる。
「しかし、人間が嫌うものを食事に出すというのはどうなんだ?」
ビアンカが言ってゼノスはここまで堪えていた涙をこぼした。
「ごめんなさい」
「ビアンカ王、ゼノスはまだ子供なんです。私たちも戦いや他の準備もあり、ゼノスに任せきりでしたし。過ぎたことを言っても仕方ありません」
ビアンカは頷き唇を指で撫でた。
「そうだな、すまない。とはいっても、僕たちの主食は虫だ。それが食べられないとなると食事の用意は簡単なものではない。我々の食べるもので何か共通してるものはないのか?」
「ネズミか、小動物、鳥なら狩れる者もいますが」
ピーが言うとゼノスがハッとした様子で言う。
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