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☆一章四話
「人間は鶏肉を食べると本にありました」
「何の鳥か書かれてたか?」
ビアンカはゼノスに問う。ここでまた間違っていたら元も子もない。
「たしか、鶏だったかと」
「鶏? どんな鳥だ?」
ビアンカがピーに問いかける
「存じ上げません」
「しかし、聞いて頼んでみるしかないだろう」
ビアンカの言葉に、ピーは眉を寄せた。
「でも、頼むとしたらバードイートですよね?」
「そうだな」
「今日の戦いで最後に倒したのは誰って言ってましたっけ?」
ビアンカは「あっ」と声を漏らした。最後に倒した巨体の男。それが鶏肉を取って食べるバードイートだった。
「酷い条件をつけられそうだ」
ビアンカは渋る顔をして、ため息をつく。
倒した相手はバードイートグループのリーダーで、体は他の個体よりも大きく、その巨体にビアンカは噛みつき毒を流し込んだ。致命傷ほどではないが、しばらくは動けないだろう。
「いくらでも出す、頼んできてくれ。早急にだ」
「はい」
ピーは頭を下げ、部屋を出ていった。
ゼノスはビアンカと部屋に残され、頭を下げた。
「申し訳ありません。私の勉強不足でした」
「ピーの言った通り起きたことは仕方ない。我々も何もしていなかった。外の知識が豊富なゼノスに頼んでもこの結果だったんだ。次はもっと基本的な所をとらえて、しっかり調べていこう。戦いも終わったから僕たちも協力できる」
「はい」
ゼノスは頭を下げたまま返事をした。
「ところで」
ビアンカはゼノスの方へと体を向けた。ソファに座るビアンカは横向きに座り、片方の足をソファの上に上げた
「先ほど、食事の前に蔵之介と何を話していたんだ?」
「何をとおっしゃいますと?」
ゼノスは顔を上げた。
「明らかに異常な心音をとらえた。突然血流があがったかと思えば安心したように心音が落ち着いたり。何が影響してああなった?」
ゼノスは一度うつむいて考えた。
「蔵之介様は心音を聞かれるのが恥ずかしいと仰いました。なぜかと問うと、好きな相手がいると心音が早まるからだと。それで好きな人が知られてしまうからだそうです。私にはその意図が分からず、問うと「好きな人は居るか?」と聞かれました。
私は「ビアンカ王をお慕いしている」と答えました。それに大変驚かれて。お慕いする理由を話すと安心されていました」
ゼノスは言い終わるとビアンカに目を向けた。
「そうか、つまり蔵之介はゼノスが僕を好きだと勘違いし、理由を聞き安心したという事か?」
「そうなるかと思います」
ゼノスは蔵之介の行動をそこでやっと理解して頷いた。
「ゼノスは僕を恋人として好きというわけではないという事か?」
「恋は……それはよくわかりません」
ゼノスは困ったように言った。
「あの、でも決して嫌いということはないです! 大変お慕いしております」
それを聞いてビアンカはほほ笑んだ。
「いずれ君にもその感情はわかる。誰かを好きになると、自然と意識がそちらに向くものだ」
「はい……」
ゼノスは少し頬を赤くした。
「あと、僕たちの事はまだ話していないな?」
「はい、生贄の役割については話しておりません」
「それでいい。いずれ話さないといけないことだが、今はまだその役割をさせるつもりはないからな。それに思っていたより蔵之介は初心そうだ」
ゼノスが頷きビアンカはほほ笑む。
うぶなゼノスが今の言葉で頷く事に少し笑いそうになるのをほほ笑むだけに堪えた。
しかし次の瞬間、ビアンカは目を見開いた。
急なビアンカの様子の変化に、ゼノスは何かと顔を上げた。
「蔵之介の心音がおかしい」
ビアンカは立ち上がり部屋を飛び出した。
蔵之介の部屋は隣だ。しかし互いの部屋は広いためそれなりの距離がある。
部屋を出て蔵之介の部屋の方を見ると、守護のキーパーと見慣れない蜘蛛が争っているのが目に入る。
その間を蔵之介が何者かに担がれていくのが見えた。
ビアンカは何も言わず飛び出し、辺りに疾風を起こした。ゼノスは急なことに顔を覆い、目を開くと置いて行かれたことに気付く。慌ててもう見えないビアンカの後を追った。
ビアンカは屋根の上に乗ると、迷いなく蔵之介の元へと駆け出した。
まだ蔵之介を担ぐ黒服の男はキーパーに囲まれ屋根の上でもたついていた。
キーパーはビアンカが近付いてくるのを見てその場を散った。ビアンカはいざとなれば仲間見境なく攻撃を仕掛ける。それ故ビアンカ自身も巻き込まれたくなかったら避けるよう指示していた。
それを見て、チャンスと思った黒服の男は屋根から飛び出し白の城壁へと糸を伸ばした。
しかし糸はすぐさまビアンカの飛ばした糸により切られ壁に届くとなく落ちた。
すると黒服の男はあろうことか蔵之介を投げ捨て、自身の安全確保に両手で糸を出し、安全な木の上に飛び降りた。
「蔵之介!!」
ビアンカは叫ぶ。全身から糸を這い出させ、触手の様に操作し蔵之介の落下地点に糸を伸ばし瞬時に巣を構築した。
蔵之介は悲鳴と共にその巣の上に落下し体を跳ねさせそこに収まった。
蔵之介のぐずる声が聞こえ、安心して蔵之介の元に飛び降りた。
巣を軽く揺らした。うつ伏せでぐずる蔵之介の元に歩み寄る。
「蔵之介」
体を起こして手と足の拘束を解いた。そして顔を見ると目がふさがれている事に気付き顔の糸を解き抱き寄せる。
「無事か? 怪我はないか?」
******************
ピーはバードイートが集まる酒場に向かった。
今のバードイートのリーダーは気性が荒い。百年前は温厚でまわりの蜘蛛たちとも上手くやっていた。
変わったのは先代の長がなくなってからだ。跡継ぎは戦いで決められた。もちろん温厚な者たちは早々に破れ、当時邪件にされていた横暴で野蛮な者たちが戦いに勝利した。その手下達の多くもそれと同じく気性が荒く、交渉するには手間取るのは目に見えている。
酒場に入ると何人かが振り返り、ピーの姿を見て厭らしくクツクツと笑った。そこに集まる者たちの大半は背も高く、体のサイズは倍近くある。決して臆してはいけない。ピーは心を強く保ち前へ進んだ。
それに気づき奥にいた一人が大きく笑い声を上げる。
「よく来れたな、ビアンカの奴隷が」
色黒の巨体が笑いながら膝をたたいた。
「奴隷ではありません。鳥を狩れる方を探しています」
「鳥? 何に使うんだ?」
「人間が食す為の物です、人間が食べれる鶏が欲しいんです。譲っていただきたい」
すると周りから笑い声が起きた。
「何だぁ? 王様が自分で面倒見れないのに、俺たちの長を倒してぇ。その上で人間の面倒見ろと頼んでくるたぁ、ずいぶんお偉いこったなぁ。けけけ、俺たちに勝利を渡しとけば人間も食うには困らなかっただろうに。今、長は安静の為にお眠りだ」
大きな手がピーの顎をつまみ引く。
ピーは毅然とした態度で相手を見やる。すると男はフンと鼻で笑った。
「つまらない男だ。いいだろう、鶏を狩って来てやる。ただし、人間との交接が条件だ。それも王がやる前に」
男はにやにやと笑う。ピーは眉を寄せ睨む。
「それはできません。王が許しません。狩のお金ならいくらでもお支払いします」
「そんなのは当たり前だ。それ以外の条件にきまってんだろ。もちろんバードイート全員まとめて相手になってもらう」
そういうと周りからクツクツと厭らしい笑いが起こる。盛り上がるものや、指笛を鳴らし酒をふりまくものまでいる。
ピーは苦虫を噛むように歯を食いしばる。
「外道め、そんな事をしたら死んでしまう」
睨むピーを見ながら鼻で笑う。
「そんな事言ってられるのも今のうちだ。空腹で人間が死んだら一大事だぞ?」
ピーは顎を離され、避けるように後退った。
「俺たちとやって生き残る可能性にかけるか、黙って死を待つかどっちかだな」
ピーはため息をつく。
「では、お金だけでの解決は不可能という事か?」
「当たり前だ」
ピーは少し黙り、目を細めた。
「代りの者では?」
ピーの額に汗が浮かぶ。
「お前が人間の代りになるとでも思ってんのか? 何のために戦って勝ち取ると思ってんだ」
巨体の顔がピーの耳元でささやく。
「まー、お前がどうしてもってんなら誰かが相手してくれるだろうけどな」
そういって巨体が笑うと
「愛してやるぜー!」
「いつでも来いよ!! 今でも相手になってやるぜ」
と周りの者達も沸いた。一人が立ち上がり、ピーに歩み寄る。
ピーは大きく息を吐き、さらに後退る。
「今回の事は王に報告し相談させていただく。失礼」
ピーはその場を立ち去り歩き出す。吐き気を催すが、必死にこらえた。
「踊れよピー」
後ろから聞こえるのを無視して歩くが、突然固い手がピーのお尻に触れ、鷲掴みにされた。
「色っぽい足見せろよー」
耳元でささやかれねちゃりと唾液の音が鳴る。
尻を捕まれた手を振り払い、酒場を後にした。
少し離れたところでピーは、こらえきれず胃の中の物を吐き出した。
覚悟はしていた。もっと酷いことも想定していた。
「尻を触られるくらい何だっていうんだ」
ピーはふらつきながら歩き出した。
蔵之介はベッドで寝息を立てていた。
ゼノスもそろそろ寝ようかと支度をしていたら、ドアがノックされた。
「僕だ」
声を聞いてゼノスはすぐにドアを開けた。
「ビアンカ様」
「蔵之介は寝たか?」
「はい、ビアンカ様達が出て行ったあと、しばらく泣いて居ました。そのまま泣き疲れて寝てしまわれました」
ビアンカは頷き自分のしたことを受け止めた。
「入れてくれるか?」
「はい」
ゼノスは下がり、ドアを開けた。
ビアンカは部屋の中へ進み、屏風の奥のベッドへ向かう。
カーテンをめくり覗くと蔵之介は目を腫れさせ寝ていた。
その目を親指でそっとなぞる。
「可愛いな、昔と変わらない」
ビアンカはベッドから離れ、ゼノスの元へ向かった。
「ゼノス、調べてきたがやはりここには人間の食べられるものはなさそうだ。人間の世界に行ってなんとかなりそうなのは、野草や果物かもしれないがゼノスは何か心当たりはあるか?」
「そうですね、野草なら見つけられればすぐに手に入るかもしれません。果物も野生の木になるものでしたら取ってこれるとは思いますが……。今の季節ではほとんどが人間の育てる果実で野生のものは少ないかと。あ、でもキノコ類ならなんとかなるかもしれません」
「キノコ? 見たことはあるがあれが食べられるのか?」
「はい、種類によっては毒があるので食すのには分別しなければなりません」
ビアンカは考え顎を指で軽くなでる。
「毒があるのは危険か。知識のない我々が取りに行って蔵之介に毒を当ててしまっては意味がない」
「あとは、たけのこが。運が良ければ手に入るかもしれません。しかし取れる時間や時期には限りがあるので、これにも確信は持てませんが」
「分からない物ばかりだな。ゼノスに任せてかまわないか? 夜は僕が蔵之介の傍にいる。朝までに、採取を頼みたい」
ビアンカが言うと、ゼノスは頷いた。
「分かりました。心当たりを探してみます。取れるのは早朝が多いので、よろしければ今からでも調べに行きたいのですが、大丈夫でしょうか?」
ゼノスも蔵之介の食事に関しては気にかけていた様で、できる事なら今すぐにでも向かいたいといった様子だった。
「かまわない、頼む」
「はい」
ゼノスはビアンカに一度頭を下げ部屋を出ていった。
ビアンカはゼノスが出ていくと、ドアに糸を張った。
これで侵入者は拒める。
蔵之介の誘拐を試みた者たちに、スペルマウェブを張ったものは居なかった。まだ、それをした者の正体は分かっていない。
ビアンカは蔵之介のいるベッドに戻り上着を脱いだ。もう一枚羽織を脱ぎ、クローゼットにしまった。
ベッドのカーテンをそっと開く。中では変わらず蔵之介が寝息を立てている。
ビアンカはベッドに入り、蔵之介の顎をそっと指でなぞった。
その手は首筋、肩、腕、腰へと形を確認するように滑っていく。
ビアンカは蔵之介の首元に顔を近付け大きく深呼吸した。
蔵之介は吐き出される息がくすぐったかったのか、それを避けるように身を縮こまらせた。
「蔵之介、先ほどはすまなかった」
ビアンカは蔵之介の入る布団に入り込み、蔵之介を抱き寄せた。
「どうやら君を前にすると押さえが効かないようだ。もっと君を感じたい」
静かに寝息を立てる蔵之介は、ビアンカのぬくもりに引き寄せられるように寄り添い、抱きついた。ビアンカはそれに胸が暖かくなるのを感じ、そっと蔵之介の頭を撫でた。
「こんなに満たされる気持ちはいつぶりだろうか」
ビアンカは蔵之介を抱きしめながら眠りについた。
朝、蔵之介が目を覚ますとそこは見慣れない場所。ベッドの天井が目の前にあり、ベッドのカーテンが、頭側半分閉められている。人間の世界でいればこんな豪華なベッドで寝ることはなかっただろう。
足の方から明かりが広がり、まぶしくて一度瞼を閉じ深く呼吸をする。
そうだ、生贄になったんだ。森の中を歩いて、蜘蛛の糸に捕まって、戦いが始まって。
その戦いで勝ったビアンカって人が王様になって。
昨日だけでいろいろありすぎて思い返すのが嫌になった。
お腹がぐぅぅと鳴りお腹をさする。そういえば何も食べていない。
蔵之介は考え伸びをしようと手を上に上げようとすると、右腕が何かに触れる。
隣を見るとビアンカが蔵之介の方を向き寝ていた。
ギョッと目を見開き見つめていると、ビアンカが目をゆっくりと開けた。
蔵之介を見ると、ビアンカはにこりとほほ笑む。
「おはよう、蔵之介」
ビアンカは蔵之介に顔を寄せ、唇を重ねた。柔らかく触れる唇。
「んん」
なんどか優しく啄まれ、唇を甘噛みされる。
「ひはいっ(痛いっ)」
蔵之介が言うとビアンカは口を離す。
「ごめんごめん、昨晩寝顔を見ていたからつい」
ビアンカは肘をついて手を枕にした。
昨日の夜? 思い返すとどうやって寝たのか覚えていない。食事が出来ず、部屋に戻り……。昨日の食事……。そのことを思い出すと思わず眉間にしわを寄せた。
しかしそれを忘れるように頭を左右に振った。
「あの、でも、なんで寝顔なんて……それに一緒に、……寝たんですか?」
昨日の夜、ビアンカを怒らせてしまった。てっきりしばらく口も聞いてもらえないんじゃないかと思っていた。両親も今までの友達もそうだった。
「見ていたかったんだよ、一晩中でも。でも今後毎日でもみれるんだ。それに初夜だからね。不安も多いだろ、君を一人にさせたくはなかった」
ビアンカは蔵之介の左頬に右手の甲を当てそっとなでる。
「傷は痛まないか?」
ビアンカは左頬に張られた糸を何度か撫でた。昨日の戦いで最初につけられた傷だった。
「大丈夫、痛みもないし」
「ならよかった。もう少しつけておくといい。夜には完治してると思うよ」
蔵之介は頬に触れた手に胸を高鳴らせた。ドキドキと鼓動を胸に手を当てると糸のざらつきを感じ、ドキリとした。
「どうした?」
ビアンカが聞くが、蔵之介の顔に影が落ちる。
「いえ」
――また糸がある
「心音がまた乱れているな。苦しいのか? 今回は糸を少なめにしたんだけど、まだ強いのかな?」
――この気持ちは糸のせいなのだろうか?
「ちっ違うんです。ただ、僕のドキドキはこの糸があるからなのかなて思って」
蔵之介が撫でる胸元の手にビアンカは手を添えた。
「この糸は確かに蔵之介の心音を速めることがある。けど、それはケガをした時や病気をした時に治癒力を高めるためだ。その要因がないならこの糸は効果を成さない。その心音は蔵之介の感情から来ているものだよ」
ビアンカが言うと、蔵之介は驚き顔を赤くした。
ドキドキしたり、嬉しかったり、この気持ちは糸のせいじゃない?
だとすると、僕はビアンカに感じてる感情からくるもので……。
ビアンカ王と居るときに感じるこの感覚は……
蔵之介の胸はズキっと痛んだ。
今まで、友達にも、母親にも認められなかった。
好かれることも無かった。
僕は、ビアンカを好きになっていいのだろうか?
好きになってもらえるのだろうか?
蔵之介の心音の乱れをビアンカは察し、身を起こした。
「蔵之介、お腹がすいてるのか? すまない、すぐに何か準備させる」
ビアンカは蔵之介の異変を空腹と勘違いしていた。しかし、今の蔵之介にはそれが好都合だった。あまり今の気持ちに突っ込まれると返答に困ってしまう。ビアンカが起き上がるとピーが上着を持って待っていた。
「鶏はどうなった?」
「それが……」
ピーがそれだけ言って視線を落とした。
ビアンカが、ピーの後ろに立っていたゼノスに視線を移すが、ゼノスも首を横に振った。
「部屋で話を聞こう。ゼノスは蔵之介のことを頼む」
王は上着を着て部屋を出ていった。
蔵之介は身を起こした。するとゼノスが、ベッドのカーテンを少し開ける。
「お体の方は大丈夫ですか? 昨日何も食べていらっしゃらなかったですが、お腹はすいていませんか?」
ゼノスが心配そうに言う。
「大丈夫。すこしお腹すいてる気がするけど」
胸の方が苦しくて、お腹が気にならなかった。
「鶏って何? ビアンカが言ってたけど」
「人間が食べれるものがどこかにないかと話し合い、鶏肉なら食べれるのではないかと仕入れられる場所を探しに行っておりました。私も昨晩から野草や、人間が食べられそうな物を調べて探してみたのですが、見つけられませんでした」
「そっか」
鶏肉というと、唐揚げ、チキン、焼き鳥、そぼろ……
考え出すと匂いまで浮かんでお腹が鳴った。
「ご、ごめん、鶏肉のこと考えてたらお腹すいてきちゃった」
恥ずかしさを笑いながらごまかし、蔵之介はお腹をさすった。
家であれこれ言われていたけど、食事を与えられないということはなかった。食事が出来ず、虐待される家よりはましなんだと言い聞かせて生きてきた。
けど、食事を与えられなくても気遣ってもらえる今の方が幸せだと感じてしまう。
自然と蔵之介の目から涙がこぼれ、膝を抱え泣いた。きっと彼らは僕を見放したりはしない。ここで飢えて死ぬ方が幸せかもしれない。
「蔵之介様、大丈夫ですか?」
ゼノスは蔵之介の背中に手を添える。
「もしかして、帰りたいですか?」
ゼノスの手から少し震えが感じられた。そんな事はない、帰りたいなって考えてもなかった。
蔵之介は首を横に振った。
「俺は親に売られたんだ。帰る場所なんてないよ」
蔵之介は声を震えさせつぶやくように言った。
ゼノスが心配してずっとそばにいて、背中をさすってくれていた。
お昼の時間が過ぎ、ゼノスが食事を持ってきたが、唯一食べられたのが、衣揚げ。
何も中には入っていない、粉物を油で揚げたもの。いわゆる天かす。
パンは作れないのかと聞いたが、作り方を知らない様だった。さらに言うと粉物も簡単に手に入るものでは無く、貴重な為それだけで調理するという事が無いらしい。
それでもお腹はどうにか一時の空腹は満たせた。しかし、それもすぐに消化され空腹感は止むことは無かった。
気晴らしにと城の中を散策したかったが、スペルマウェブの件もまだ解決していないから部屋にいるようにと言われた。
窓から見える景色だけしか今のところ分からない。
「ここに住む人って皆人の形をした蜘蛛なの?」
蔵之介はゼノスに聞くと、ゼノスは頷いた。
「はい、最初は人のサイズまで進化した蜘蛛が七体居ました。その七体はそれぞれ種類が違い、我々の住みかを収めていました。それが人の女性と交わり、人の形をする個体が生まれるようになりました。人の形の個体が生まれてすぐは、弱体と言われ低い地位に居ましたが、脳の作りが違い知識の差で大型の蜘蛛の地位が落ち、人型が優位になったんです。
それからは、人型同士で交わることが増え、本来の蜘蛛の巣型の個体はここでは減っていきました。元の体を捨てられずここを去った者もいると言われています。それが人間の世界にいる蜘蛛です」
「そうなんだ、でも昨日部屋に出た蜘蛛は普通の蜘蛛だったよ」
「はい、もちろん普通の蜘蛛になることも可能です。しかし、この姿の方が強く、何かあった時ここの掟上不利になることがあるんです。例えば、昨日の様に不法侵入した場合、蜘蛛の姿で見つかれば悪質と判断されそれだけ罰が重くなります。
そうです、蔵之介様!」
ゼノスは突然声を上げた。
「なに?」
「ここで蜘蛛が部屋の中に入るのは不法侵入でしかありません。人間の世界での過ごし方を改めてください。相手が人間だと思えば異常だということは想像つきませんか?」
蔵之介は少し考えてからうなずいた。
「確かにそうかも」
「私もお伝えし損ねておりました。申し訳ありません。ここでは、自分の陣地以外に、つまり自分の家以外に許可なく蜘蛛の糸を張ることは禁止されています。蔵之介様の部屋の中には、今の所私と、ビアンカ様以外糸を張ることは許されておりません。
蔵之介様を守るための行為は例外に当たりますが、かなり慎重に調べられます。それがピーさんであっても」
ゼノスが言って、蔵之介は考えていた。
「なんで俺はそんなに守られてるの? さっきの話だと生贄の僕はここにいる蜘蛛と交わる為に生贄にされたって事?」
そう問われ、ゼノスは口をつぐんだ。驚いた顔をして青ざめていく。
「あ、あの、それは……っ」
ゼノスのあからさまな態度に、察しがつく。
「もしかして僕が聞いちゃいけない事?」
「違っ、でも、そう、です」
ゼノスは諦めたようにそう言った。
「生贄は、王と交わる為に存在します。王が許せば他の者とも交わります。しかし、蔵之介様はまだ性成熟しておりません。なので王にはまだ黙っていて欲しいと言われてて……」
ゼノスは泣きそうな顔で言った。
やはり生贄には役割があった。しかしあまり驚きはしなかった、よく見るパターンの一つとして想定はしていた。
ビアンカが話さないってことは、きっとすぐにそれをするというわけではないのだろう。生贄の身体の事もいたわってくれているみたいだし。ビアンカの今までの気遣いを考えると、疑う気持ちは無かった。
そしてスペルマウェブに対し過剰に反応している所からも、俺は守られている。
「そっか、じゃあビアンカには言わないでおくよ。ゼノスも気にしないで言わなかった事にしておいてよ」
性成熟はしてないにせよ、教育も受けてるし知識はある。蜘蛛の獣と交わるというのはどういうものなのかはっきり分からないけど。
「し、しかし。私は蔵之介様に話した事や起きたことを王にお伝えしなければなりません。なので黙っておくことはできないんです」
「黙ってたらどうなるの?」
「死罪かもしれません……」
ゼノスは目から涙をぽろぽろ流した。
「そ、そんなことで死罪とか重すぎでしょ!?ゼノスは優しくしてくれるし、そんなことになったら俺が止めるから!」
蔵之介はゼノスの手を掴んだ。
「蔵之介様……」
ゼノスは涙をぬぐった。
「じゃ、じゃあ命令。今話したことはビアンカには言わないで」
「め、命令ですか……」
ゼノスは戸惑ったように言った。
「ほら、僕ってビアンカと同じ地位なんでしょ? そう、そしたらビアンカに報告しなくても大丈夫かなって思ったのだけど……だめかな?」
ゼノスは少し考えて顔を上げた。
「私は蔵之介様の世話役です。ビアンカ様に逆らう事がっても蔵之介様に従います。蔵之介様の味方でいることが私の役割です」
考え方がちょっと重い……、と同時になんて従順な子なのだろう? と蔵之介は思た。しかし、これはここでのルールなのだろう。
蔵之介はゼノスの頭を撫でた。
「じゃあこのことは二人だけの秘密ね」
「はい」
ゼノスはホッとしたような表情で笑った。
その後はゼノスにこの世界の文字や、文化、過ごし方を教えて貰い過ごした。
人間の世界と同じように書物というものが存在してる。
PCやスマホはないけど、ビアンカの許可があれば所持を許されるかもしれないとの事だったが、外の世界にもう興味は無かった。ここでのやさしさに触れたら、人間の世界の事なんで思い出したくもない。しかし。
「お腹すいた……」
夕食の時間になったが、蔵之介は食事の席には行かず部屋で過ごした。
食べられる天かすをサクサクと食べるが、やはり満腹感を味わえなかった。
「少しでも食べてみませんか? 調べるとミールワームは人間にも食べやすいとあります。食べやすいようにすりつぶして虫の形は無くしてみました。栄養価が高いので一口だけでも」
ベッドで寝転ぶ蔵之介にゼノスがミールワームのフライを持ってきた。
蔵之介はそれに目を向けるが、食べる気にはなれなかった。それに空腹で気分が悪い。
お腹はすいてる、けどあの見た目とか触感とかもろもろ考えると口にするのはできなかった。
でもお腹はすいたし、このままだとゼノスにもビアンカにも心配をさせたままになってしまう。
心の葛藤があり起き上がった。
「一つだけ、食べてみる……」
蔵之介が言うとゼノスは嬉しそうにお皿を差し出した。
蔵之介は一つ手にとるとしばらく見つめた。
昨晩見た物とは違い、丸く平べったい小さなコロッケのような形をしていた。これなら分まだ食べれそうではある。虫の姿を思い出さなければ。
生唾を飲み込み口に運ぼうとした。
するとドアがノックされる。
何かとドアの方を見ると何の声もかからない。
「誰でしょう?」
ゼノスはベッドの棚にお皿を置いた。声のかからないドアに警戒し、ゼノスはドアの周りに蜘蛛の網を張る。
蔵之介も何かと屏風の陰に隠れ見守った。。
「誰ですか」
聞いても返事はない。ゼノスはゆっくりドアを開けた。
「はなせっ!」
聞いたことのない声が聞こえた。
「もう出て問題ない。しかし、蔵之介様は中に」
という声が聞こえ、ゼノスはあたりを見回した。そこにはキーパーが何者かを押さえ、立っている。
「キーパー。そいつは?」
「蔵之介様の部屋の前に何かを置いて行こうとした。そのまま逃げ出そうとしたから捉えた。王を呼んでくれ」
ドアの前には、白い物が置かれている。中に何かが入っている様だ。
「蔵之介様。中でお待ちください」
ゼノスは声をかけるとドアを閉めた。
いったい何が? でも、今何か美味しそうな匂いがした。
空腹に耐え切れず、持っていたミールワームはお皿に戻した。
張られていたゼノスの蜘蛛の糸を取り払って、ドアを開ける。
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