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☆一章五話

 それに気付いたキーパーが声を上げる。 「蔵之介様。出て来てはいけません!」  その声は聞こえるが、蔵之介は強烈な食べ物の匂いに誘惑され足元を見た。  そこにはビニール袋が置かれている。中を見ると、焼き鳥の惣菜、そして弁当が入っている。  なんでこんなものがここに? と思いながらも、よだれが止まらず、ごくりとのどを鳴らす。丸一日何も食べていないに等しい。  膝を付き惣菜のパックを開けた。タレがたっぷりかかり、串にまでタレがしみ込んだ焼き鳥を取り一口。  口に広がる甘じょっぱいタレ。かみしめると炭火焼の香ばしい香り。一日ぶりに食べる食事、最高に 「美味しいー……!!!」  初めて美味しさで涙が出た。  夢中で食べる蔵之介にキーパーは驚いて手を緩める。その隙きに囚われていた男はすり抜け逃げ出した。 「あっ、待て!」  キーパーは慌てて後を追う。  それと同時に王達がやってきた。  不審者を捉えていたキーパーはおらず、焼き鳥を美味しそうに食べる蔵之介が部屋の前に残されている。その状況が理解しきれず、ピーとゼノス含めた三人はしばらく立ち尽くし蔵之介を見ていた。 「あー、満腹」  蔵之介は幸せそうにソファに横になった。  ビアンカ、ピー、ゼノスはそれを立ったまま見ていた。キーパーだけが膝をつき首を垂れていた。 「これが人間の食べ物ですか?」  ゼノスが残ったプラスチックケースを見て聞いた。気になるのか匂いもかいでいる。 「そー、スーパーの弁当だね。少し冷めてたけど、今なら冷めててもなんでもおいしいやー」  蔵之介は満足げに言った。  ビアンカも蔵之介の姿を見て安心したが、キーパーが取り逃がした不審者が気がかりだった。いったい何者なのか。  蔵之介が食べれるものを持ってきてくれたのはありがたいが、昨日の件もあり城にこんなにも簡単に忍び込まれるというのも問題だ。  スペルマウェブの件もあり、警戒を強めているのにこれだ。  ふがいないと思いながらも、全ての言葉を言い訳の様に感じビアンカは口には出さず飲み込んだ。  ビアンカはキーパーに目を向ける。 「キーパー、相手はどんな男だったんだ?」  キーパーは膝をつき頭を下げている。取り逃がしたことを先ほどから悔やんでいた。 「髪や服も青黒くベルベットのようなツヤ感がありました。多分コバルトブルーかと」 「コバルトブルー?」  蔵之介はそれを聞いて起き上がった。 「そいつ何か言ってた?」 「いえ、多分逃げるのに必死で。一目散に城外へ逃げていきました。あの速さで侵入されたのなら気付けないのも仕方がないかと。隙ができるのは荷物を置いた瞬間のみです。かなり抵抗もされました」  ビアンカは話を聞き頷いた。 「蔵之介はコバルトブルーに心当たりがあるのか?」  蔵之介の反応に疑問を覚えビアンカは問う。 「あるけど、あれはただの蜘蛛だったし。ここにいる獣とは違うと思う」 「獣?」  ビアンカはソファに歩み寄り蔵之介の隣に座った。 「えーっと、外ではそう呼んでるみたい。こんな姿の蜘蛛みんな見たことないし。蜘蛛の獣って聞いて来たんだ」  考えると、自分たちが獣と呼ばれてるなんて知る由もないのだろう。それにそんな呼ばれ方してるなんて聞いて気分いいわけがない。しかし、ビアンカは特に気にした様子はなかった。 「そうか、確かに人間の前に姿を現すことは少ない。姿を現すにしてもできるだけ人間の容姿の似たものや、蜘蛛や他の物擬態できるものが向かうことになっている」  ビアンカはキーパーを見る。それに気づき蔵之介もキーパーに目を向けると、キーパーは静かに消えた。 「えっ、どこ行ったの?」  蔵之介は驚いてあたりを見回す。 「そこにいるよ。彼は周りの色に合わせて体の色を変えられるんだ。だから普段見えない。けど、基本僕たちの近くにいる。城には彼だけではなく他にも同じように姿を消し守るものが何人もいる、蔵之介を見守るよう頼んでいるキーパーの指揮官は彼だ。今後も顔を合わせることもあるだろうから覚えておいてくれ」 「うん」  蔵之介は頷いた。  それを見てビアンカは蔵之介の頭を撫でた。 「なに?」  蔵之介を撫でる手に合わせて、頭がゆらゆら揺れる。 「お腹がいっぱいになったら素直になったな。心音も安定している」  それを聞くと蔵之介はドキッとする。 「どうした?」 「その、心音の話はあまりしないで欲しいんだ。ドキドキしちゃうから」  蔵之介はうつむき気味にビアンカを上目づかいで見た。ビアンカは数秒それを見つめてから 「そうか、ならやめておくよ」  とだけいって、蔵之介の顎を優しく引きキスをした。  蔵之介もそれを受け入れ数秒唇をかわした。ビアンカの唇が離れると、ビアンカは自分の口元を指で撫でた。 「奇妙な味がするな。でも、確かに美味しい」 「う、うん」  キスを美味しいと言われてるみたいで恥かしくなって顔が熱くなった。  蔵之介は苦笑すると、ビアンカに肩を抱き寄せられる。  ドキドキするが、ビアンカの腕の中は安心できて心地よい。今までこんな心地よさを味わった記憶がない。家にいても外にいても文句を言われいじめられ、安らぐ暇はなかった。  どこか緊張続きな日々に蔵之介の心は疲弊していたが、それがほぐれ解かされていくように感じていた。  キスなんて今までしたことがなかった。もっと緊張するものかと思っていたけど、ビアンカと森の中でしたのが人生初めてのキスだった。それは優しく、不思議と蔵之介の心を溶かした。 「ビアンカ王、またコバルトブルーが現れたらどうしましょうか?」  姿を隠していたキーパーが再び姿を現す。 「事情は分からないが、蔵之介の食事を運んできてくれるのなら無理に捕まえる必要はない。しかし警戒は怠るな。あと、隙があれば話を聞き入手先や方法を聞きだせ。必要なら対価も支払っておいてくれ」 「承知いたしました」  キーパーは頭を下げ姿を消した。 「蔵之介、コバルトブルーの事だがどんな関係だったんだ?」  蔵之介は満腹になり、ビアンカの腕の中でうとうとし始めていた。 「んー。前に森の中で弱ってるのを見つけたんだ。海(ウミ)って名前をつけて家で飼い始めて、最初は親に隠して飼ってたんだけど……。湿度とか、温度管理するのに電気代かかってて、バレちゃって」  蔵之介はビアンカに甘えるように腰に手を回した。ビアンカはそれを見て蔵之介の頭に頬を寄せる。  甘えられる存在が居る。それがこんなに癒されるとは思わなかった。蔵之介は心が暖かくなるのを感じ、言葉を続けた。 「しばらくは文句を言いながらも置かせてもらってたんだけど。ある日、母さんが僕をたたいたんだ。その勢いで倒れそうになって、海の入ってたケース落ちて開いて、逃げ出して。そしたら海が一目散に母さんの方に走って行って腕に噛みついたんだ。  噛んだ後すぐに離れたけど、母さんは毒でしばらく体痛めちゃって。海を処分するって。  コバルトブルーは毒性強いから痛いだけで済んでるのは手加減してくれてるかだって言ったのに。みんな分かってくれなくて。  急いで森の中に離しに行って。それからどうなったのかは分かんない。  元気にしてるといいけど……。普通の蜘蛛ならもう死んでるのかもしれない……」  蔵之介はそのままうとうとまどろみに入り込んだようだった。 「だとすると、スペルマウェブの犯人の可能性は低そうだな」 「そうですね」  ビアンカが言ってピーが頷いた。 「もし海が今回のコバルトブルーだとすると、人間の世界では蜘蛛に擬態できる。それに人間の食事を買ってこれるということは、人として暮らした経験もあるんだろう。なら、味方に引き入れたい所だが……」  ビアンカが言って考えいるように顎に指を当てる。 「あっ、あと」  蔵之介は何か思い出したのか声を上げた 「一緒にいる間に何度か脱皮して性成熟したはずだけど、青いままだったからメスだと思うよ……。それよりさ、なんで森の中にいたのかな……飼ってたのに捨てられたのかな? でも、僕も捨てちゃったから、変わらないんだけどさ……」  蔵之介の目から涙がこぼれ、それをビアンカの服でぬぐった。 「蔵之介様」  ゼノスが止めようとするがビアンカは手を上げ制した。 「蔵之介は本当に優しな」  ビアンカは蔵之介のおでこにキスをして、蔵之介を横にさせ蔵之介の頭を膝に乗せた。蔵之介はすやすやと寝息を立て眠り始めた。  次の日も蔵之介用の食事が届いていた。  夜中にも運ばれてくるのをキーパーが見たらしい。 「しかし、奇妙な食事だな」  食事の席に弁当を運び、蔵之介はビアンカと食事をしていた。  ビアンカは変わらず虫を食べている。しかし蔵之介に気を使い、食しているものは虫の形をしていなかった。調理法を変えたらしい。これなら蔵之介も一緒に食べるのに抵抗は無いとホッとした。 「少し食べてみる?」  蔵之介が聞くが、ビアンカは少し抵抗がある用で眉を寄せた。 「興味はあるが、お腹をこわしては困るな。ピー、少し食べてみてくれ」 「分かりました」  ピーは切り分けられたハンバーグを一切れフォークにさし口に運ぶ。  何度か噛み飲み込んだ。 「どうだ?」  ビアンカが聞くと、ピーは神妙な面持ちでビアンカを見た。 「ビアンカ様、これは危険です。絶対に食べてはいけません。絶対にです」  ピーは絶対を強調して、念を押し言う。そんなに美味しくなかったのだろうかと蔵之介は少しがっかりした。それに危険って、蜘蛛にとっては毒なのだろうか?  しかし、ビアンカは 「それはおいしいって事だな?」  と言い返した。 「はい、入手困難なこの食べ物を二人分準備するだなんて不可能ですから」  ピーは真剣な面持ちで言う。蔵之介は驚いて、ビアンカとピーを交互に見た。  ビアンカはため息をつく。 「そこまで言われたらどんな味か気になるだろう」  と立ち上がる。 「いけません。虫を食べてください。通常通りこれを食べてくださればいいんです。そちらの方が美味しいですから」  とピーはビアンカの元へ行き、肩を掴み無理やり座らせる。 「なぜこんな時だけ強引なんだ」 「私を信じて、本当に食べてはいけません!」 「ならもっと上手く誤魔化せよ」  そんな漫才のような口論が数分繰り返され、蔵之介は苦笑した。 「あの、そこまで食べたいなら一口だけでも」  蔵之介が言うと、ピーも諦めビアンカを解放した。ビアンカは瞳を輝かせ嬉しそうに蔵之介に歩み寄る。子供の様で蔵之介は思わずほほ笑み返した。するとビアンカはすこし驚いて目をそらした。自分の子供っぽい行動を自覚したのだろう、頬を赤くし恥ずかしさを誤魔化す様に咳ばらいをした。  ピーはそれを見て、やれやれと言った様子で肩をすくめた。  蔵之介はハンバーグをフォークに刺し、ビアンカにひと切れ差し出す。  ビアンカはそれを食べ、味わい飲み込んだ。 「これはうまい! 初めて食べる味だ。昨晩蔵之介の口越しに味わったものともまた違う美味しさだ」  蔵之介はそれを聞くと顔を赤くした。 「口越しにって……」  そんなことを言われたら昨日のキスを思い出して体が熱くなる。ビアンカたちはキスに羞恥心という物がないのだろうか? ナチュラルにしたいときにしてくるようだったし、話してても自然と会話の中にその話が入ってきたりする。  俺が気にしすぎなのかな?  ビアンカはもっと欲しいとねだり始めたが、今日の蔵之介の三食分しか届いていない。「これがなくなると蔵之介は一食抜くことになります」そうピーに言いきかされ、ビアンカは泣く泣く諦めた。  ビアンカは普段冷静そうに見えるが、欲しいものには執着が強い様だった。  そして、食事を終えると 「コバルトブルーを捕まえて、僕の前に連れてこい」  キーパーにそう指示を出していた。  普段の姿からは想像しずらいビアンカの言動に蔵之介は少し笑ってしまった。もっと大人な行動をとれる人かと思っていた。今のビアンカは子供っぽく親近感があった。またビアンカに少し近づけた気がしてほっとしていた。  安らぐ胸の内だが、それがまた、蔵之介の心を迷わせた。  俺はビアンカとこんなに近付いて大丈夫なのだろうか。優しくされて嬉しくて、どんどん心が惹かれていく……。  その日夜、皆が寝静まった後の事。  青い髪が風を切、城の中へと入っていった。  昨夜と同じルート。  蔵之介の部屋の前にコンビニの袋を置くと、あまりにもあっさり侵入できる事に違和感を覚え、あたりを警戒して見回した。何の気配もない。警戒されている様子もなかった。  城の中がこんなに警戒が薄いわけがない。ましてや連日来ているのに警戒していない方がおかしい。 「少しお時間よろしいでしょうか?」  急に声がして、コバルトブルーは驚きバックジャンプをした。しかしそこには扇状の網があり、すぐさま軸になっていた糸が切れ、コバルトブルーを包み捉えた。 「っくそ、油断したっ」  コバルトブルーは抵抗しようとしたが、糸が張り詰め力を入れても切れなかった。特殊に編み込まれた糸だ。抵抗を諦めた様に座り込み、声の主に向く。  それは昨日自分を捉えようとしていたキーパーだ。 「話ってなんだ?」 「その食事の入手経路と入手方法をお教えいただけないでしょうか?」  キーパーが言うとコバルトブルーはあっさりと答える。 「人間界のコンビニとかスーパー」 「そこに行けば貰えるのですか?」 「買うんだよ。お金が必要なの」  コバルトブルーは何をバカげたことをと言うように鼻で笑った。 「対価はどのように手に入れてるんでしょうか?」 「まあ仕事かなぁ~」  と言ってコバルトブルーは目をそらした。 「今後、倍の食事を運んでいただくことは可能でしょうか?」 「嫌だ」  コバルトブルーは即答した。 「では即刻死刑と致します」  キーパーが淡々と言い、ナイフを取り出した。 「え、展開早すぎない!?」 「では二食分お願いできますか?」  キーパーはナイフをかまえた。どう見ても脅しをかけている。  コバルトブルーは言い淀んだ。 「お金にも限りがあるんだよ。なんで二人分必要なんだ?」 「これは口外無用でお願いいたします。王が、人間の食事を大変気に入られ、蔵之介様の食事を奪いそうになったんです」  何事かと思ったが、事情を知りコバルトブルーはあきれた様子で笑った。 「なんでそうなってるんだよ」  コバルトブルーは後ろ手でナイフを取り出し糸を一本切った。それは縦糸で、粘り気はない。しかしそこから伸びる糸が体に付着し、さらには繋がる縦糸がまだ三本ある。 「ところで、あなたは蔵之介様に飼われていた海様でいらっしゃいますか?」  コバルトブルーは糸を切ろうとしていた手を止め、数秒黙った 「違うな、誰かに飼われて事はない」 「ではなぜ食事を運ばれてくるのですか? 王の見解では、蔵之介様に助けていただいた恩返しではないかと仰っていましたが」 「ちげーよ! 俺はあいつに捨てられたんだ!」  コバルトブルーは叫んだ。どこか悔やんでいるようだった。 「では海様ということで間違いはないんですね」  コバルトブルーは、しまったと顔をそらす。 「必要でしたら王がここで使える対価でしたらお支払いすすると仰っております。対価を払うとすればあなたも真正面から城に入ってくることができ、慌てて出ていく必要もありません。蔵之介様とお話しできる機会もあると思いますが契約致しませんか?」  海は黙ったままだった。  キーパーも少し待ったが、答える様子がないのを見て、コバルトブルーの背に周りナイフを取り上げる。 「あっ」  ナイフを持っていた手が空になり慌てて声を上げた。キーパーは海を担ぎ上げた。 「おい! どこに連れて行く気だ?」 「私で契約が成立しなければ、王が連れてこいとのご命令です。今は寝ておりますので明日の朝面会して頂きます」 「嫌だ! 離せよ!」  海はもがくが、余計に糸が絡まっていく。  地下牢にたどり着くと、糸を外されそのまま放り込まれた。 「今日の食事は運んで頂きましたし。明日の夜までには解放されるでしょう。朝までここで待っていなさい」  海は項垂れるが、諦めたように横になった。 「仕方ないなー、おとなしくしてるよ」  と海は後ろ手を振った。キーパーはそれを見てその場を後にした。  キーパーが居なくなったのを確認して起き上がり、あたりを見渡し脱出の手段を探し始めた。  しかし、どこも外れる様子はなく、鍵もピッキングしようとしたが特殊な鍵で、数時間粘ったが解けず海は投げ出した。 「あー! くそ! 蔵之介以外に閉じ込められるなんて!」  海は格子を蹴って、頭をかきむしり横になった。  脱力して天井を眺めてから、横を向いて目を閉じた。  次の日の朝、食事を終えると蔵之介は王の間に連れ出された。即位式の時にも来た王広間。その時は人が沢山いたが、今は他に誰もいないそこはとても広く感じた。  ビアンカに王座の後ろのカーテンの中へと促され、蔵之介とゼノスはカーテンの奥へと身を隠した。 「なんで呼ばれたんだろう?」 「わかりません。しかし、王の間に呼ばれるのはよほどの事なのではないかと」  ゼノスが小声で言って、周りを見回した。 「蔵之介様はこちらへ」  椅子をゼノスが運び、蔵之介はそこに座った。ゼノスはその斜め後ろに立った。  カーテンは少し透けていて、王の間の方に誰かがいるという事くらいは分かる。  そこに一人が通された。その横にキーパーがいるのが背丈と恰好から推測できた。  通された男は、手足には糸で錠をされて、おとなしく連れられていた。捕まっているというのに、余裕を感じる面持ちだ。 「君がコバルトブルーか」  ビアンカは拘束される青年を見てほほ笑んだ。  コバルトブルー、それは先日話していた蜘蛛の事なのだろうか? と蔵之介は身を乗り出し立ち上がる。 「蔵之介様、お座りください」  ゼノスが周りには聞こえない程度の小声でささやく。  蔵之介はそれを聞くと、焦る気持ちを抑え頷き椅子に座った。  キーパーはコバルトブルーの背を押し、二歩前へと出した。 「話によると、蔵之介様の飼育していた海で間違いありません」 「違うって言ってんだろ」  海はあからさまに興味なさげに言う。 「違うといっているが?」  ビアンカがキーパーを見て問う。 「昨夜話した際、こんな発言をしていらっしゃいました」  キーパーは録音機をつけると海の言葉が再生された。 “俺はあいつに捨てられたんだ”  はっきりとそこに捕らえられた男の声で録音されていた。  海は目を見開きキーパーの持つそれを拘束された手で奪おうとしたが、軽くかわされる。 「お前、録音するとか卑怯だろ! それにそれ人間界の物じゃないか!」 「これはビアンカ王に許可を頂いて降ります。それに卑怯、でしたらあなたもでしょう? 嘘をついて何の得になるんですか? 蔵之介様に会えるというのに」 「会ったってしょうがないだろ、俺は捨てられたんだから」  海はうつむき、歯を食いしばる。 「おかしな話だな。そこまでどうでもいい相手になぜ食事を運んだんだ?」  ビアンカは椅子の手すりに肘を置き、体重をあづけた。 「どうだっていいだろ、そんな事。それより食事がまた必要なんだろう? 俺を捉えてたら今夜にはまた食事が尽きるだろう。良いのか?」  海は顔を上げビアンカを睨みつけた。 「そうだな、理由は今のどうでもいい。毒も盛られず、蔵之介の食べられる食事を運んでくれたんだ。それにはとても感謝している。だから君を雇いたいといったのに断ったと言うじゃないか。どんな理由があって断ったんだ?」  ビアンカが聞くと、海はためらい唇を震わせたが、言葉を絞り出した。 「蔵之介に合わせる顔がないんだよ。それだけだ。  俺は蔵之介を守りたくて、あいつに手を上げた奴に噛みついた。でも、あいつはそいつを助けて、俺は捨てられたんだよ。でも悪いことをしたとは思っていない。でももうあいつは俺の事なんて必要となんてしてないんだ」 「必要とされてないなら放っておけばいい。なのに食事を運び、蔵之介を助けようとするのは人間界で助けられた恩か?」 「違うな、それもあるが俺が助けたいから助けてるに過ぎない」 「それはなぜだ?」  ビアンカは少しイラついてるように見えた。 「何だっていいだろ」  海が答え渋った顔をする。頬は少し赤い。  ビアンカは悩むように頭に手をやり、目を閉じた。 「好きだとでもいうのか?」  ビアンカが言って、広間が静寂に包まれた。  海はその静寂を断つように鼻で笑た。 「それが心配なのか。俺が蔵之介に色目を使うかどうか」 「……」  ビアンカは黙って海を見据えた。 「それなら心配ない、……とは言わない」 「どういう意味だ?」  キーパーがナイフを海の首元にあてた。  ビアンカは海を睨み眉を寄せた。 「おい、大げさじゃないか?」  海は何もしないといったそぶりで手を頭上に上げる。  ピーが一歩前に出た。 「王座決闘の日、蔵之介の部屋にスペルマウェブが張られました。それを張ったのは貴方では?」 「スペルマウェブ!?誰が張ったんだそんな物!?っ!!?」  海は思わず前に出ようとするが、キーパーに首根っこ捕まれ床に押さえつけられた。 「黙って質問に答えろ」  キーパーが問うと、海はおとなしく答えた。 「俺じゃない、俺は常に蔵之介について回ってたからな。その日は、学校が終わってからしばらく神社にいた。そうだ、絵を描いてたよ。コバルトブルーの蜘蛛の絵」 「……っ!!!??」  叫びそうな蔵之介の口をゼノスが手で抑えた。確かにその日は午後は早退して、神社にいた。誰にも見せるつもりのなかった絵を見られていたことに、発狂しそうだった。  海が答えると再び広間が静寂に包まれた。ピーはビアンカの様子が気になりちらっと見るが、ビアンカは普段と変わらない表情でそこにいた。  しかし、ぶら下がった唯一の糸が張り詰め今にも切れそうな、そんな緊張感が一体に漂った。  ビアンカは大きくゆっくり深呼吸をする。  昨日の手すりを壊した姿を思い出し、ピーはまた何かを破壊しないかとひやひやしていた。 「なぜ蔵之介について回っていたんだ?」 「どうだっていいだろ」  蔵之介との事になると、海はすぐにはぐらかそうとしていた。  ビアンカは仕方ないといった様子で笑った。 「言う気がないなら仕方ないか。ピー、精液の採取を」 「は?」  海は間抜けな声を出し 「え?」  と蔵之介は驚き声を出したがその声は海の声とかぶり、海には届いていなかった。 「おい、止めろ!!」 「仕方ないだろう、理由もなく蔵之介について回るなんて考えられない。スペルマウェブの犯人だと思われても仕方ないだろう」 「違うだろ!?おまっ!」  海は口に糸を張られ、声が出せなくなった。 「んー!!!」  足を開いた状態で床に糸で貼り付けられ、キーパーに後ろから腕を羽交い絞めにされる。ピーはその前に起ちゴム手袋を両手につけ、引っ張り離すとパチンと音を立てた。 「や、やめ……」  海は涙目で暴るが、ピーは容赦なくズボンに手をかけた。  驚いて絶句する蔵之介はゼノスを見る。 「大丈夫です、すぐに終わります」  とゼノスは蔵之介の後ろに回り蔵之介の肩に手を置いた。黙って待てという事だろう 「え? え?」  混乱する蔵之介はカーテン越しで、シルエット程度でしか状況は分からない。  ビアンカは立ち上がり、玉座の後ろへ向かった。  カーテンをめくり、蔵之介の元へ向かい腰をかがめた。  右耳を手のひらでふさぎ、反対の耳に唇を寄せる。  蔵之介はキスをされるのかと思い、きゅっと目を閉じた。  しかし、耳にぬるりとした感触がし、ぞくぞくと腰が震えた。 「あっ」  思わずビアンカの服を掴み抵抗しようとするが、ビアンカの右手が首元にまわり離れない様強く引かれた。  耳元でぴちゃぴちゃと舌が動き、耳の穴の口をゆっくりなぞられる。 「ひぅっ」  蔵之介はその感覚におぼれながら、口を手で押さえた。  こんな所で、ゼノスも後ろにいるし。カーテンの向こうにはピーも、キーパーも、海もいるのに……。  右耳をふさがれているせいで、左耳から入ってくる音と感触に敏感になる。  肩が震え、声が洩れそうになるのを必死に堪えた。  海が何か抵抗する声が聞こえるが、何を言っているのかは分からない。ただ 耳元のビアンカの舌の動きに堪えるのがやっとだった。 「嫌だ!! 自分でやる!! やめろ!!!!んぅ……っ!!!」  海が叫ぶ声が聞こえ、静かになった。  数秒後、 「ビアンカ様、終わりました」  ピーの声が聞こえ、ビアンカは蔵之介の耳から口を離した。  震える蔵之介の頭を撫でる。

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