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☆一章七話
蔵之介は言って、数秒後顔が赤くなる。これって好きって言ってるようなものだと自覚した。
「どうしよう、なんか恥ずかしいこと言った気がする!」
と両手で顔を覆う。
ゼノスが純粋で、そういう事を言っても茶化してこないせいかなんでも話してしまう。
蔵之介は気を付けようと心に決めた
ビアンカの部屋、ソファに座るビアンカの横で膝を付き、海はぎこちない笑みを浮かべていた。
「それで、蔵之介にどこまで話したんだ?」
ビアンカは怒り気味に聞いた。
「性別が一つしかないって事と、子供は一人で作れるってことと、俺の家系は 性成熟しても色が変わりにくくなったって事くらいかな」
海は呑気に言うと、ビアンカはため息を着いた。
「生贄の役割については話してないだろうな?」
「あー、やっぱそれも話してないんだ」
海はビアンカを睨みつけるように見据えた。海は冷や汗を垂らすが、笑いながら続ける。
「成熟したらするんだろ? 蔵之介に早めに話して心の準備はさせといた方がいいんじゃないか? 人間と蜘蛛は違うし、体内に卵を生みつけて出産させるなんてそう簡単に理解できることじゃない。しかも人間と生まれる数は比じゃない。そう簡単に心も体も耐えられるものじゃない」
「だから蔵之介が成熟してからと考えていたんだ。それをお前は余計なことをしてくれた」
ビアンカはため息をついた。
ドアがノックされ、ピーの声が聞こえる。
「入れ」とビアンカは短く言って、ピーは入ってきた。
空気の重さを感じわずかに眉間にしわを寄せる。海の少し後ろに立ち、逃げ場をふさぐように立った。
「それで、俺を雇ったってことは、将来的に俺も蔵之介としていいってことか?」
海が聞くとビアンカは鋭く海を睨みつける。
すると、部屋の空気が一瞬で変わった。海は背筋が氷り、身動きが取れなくなる。先ほど王座についていた時でも感じなかった威圧感。一歩でもむやみに動けば殺される。海はそう感じ、それでも軽く笑った。
「冗談だ」
海が言うと威圧感がやわらぐ。安心していると、後ろから頭を小突かれる。
「余計な事を言うんじゃない」
ピーも冷や汗をかいていた。それほど恐ろしい人間なのか。
海は察し、たたかれた頭をさする。
ビアンカは立ち上がり海の前に立つ。
「海、君が蔵之介に卵を植え付けた場合、流産させる。蔵之介の体への負担を考えてのことだ。未成熟の体に、沢山の子供を生ませる事はできない。しかし、流産をさせる事は出産と同等の苦しみと、それ以上の悲しみがある。そして君は死罪を免れない。蔵之介にその苦しみと悲しみ全てを背負わせる覚悟があるか?」
ビアンカは淡々と話すが、空気は重い。王座につくだけの事はある。
「ないな。俺は蔵之介を傷つけたくはない」
海はビアンカをまっすぐ見つめて言った。
「なら手を出すのは諦めろ。蔵之介は僕の物だ」
ビアンカの言葉にゾッとして海は頷いた。
先ほど蔵之介の前では避けたいと言っていた話はこのことなのだろう。
きっと蔵之介にこんな姿は見せられない、もしくは見せたくないのだろう。
しかし、これ以上怒らせたくはない海は膝をつき頭を下げた。
しかし、蔵之介を好きな気持ちが劣っているとも思っていない。海は顔を上げ、まっすぐビアンカを見る。まだその表情は硬く、海を見下している。
「王の意志は理解した、でも蔵之介が本気で嫌がるなら相手が王でも俺は全力で止める。それは俺が蔵之介のキーパーだからだ」
海が言うと、ビアンカの表情は穏やかになり頷いた。
「それでいい」
ビアンカはそういうとソファに戻り座り直した。
海は驚き拍子抜けた顔をしていた。ビアンカは何を望んでいるのか分かった気がした。それは蔵之介を守り切ること。もしそれが王相手でも。ビアンカが直接的に手を下すことが無くても、何かに操られた場合でも。それができるのは俺だけで、それが役割だ。
それは蜘蛛の姿で蔵之介の側にいるときから思っていたこと。
「部屋に戻っていい。今後余計なことは蔵之介に話さないことだ」
「分かった」
海は立ち上がり部屋を出た。
それから数週間が過ぎた。
時折ビアンカの仕事に同行し、蔵之介はこの世界での上下関係、挨拶のしかた、立ち回り、礼儀を知った。毎日覚えることだらけで、暇することが無かった。
ビアンカは誰からも慕われているわけではない事、それでも一目は置かれていること、その中で自分を保っていく強さを持つこと、それには少なからず自分の存在が必要なのだという事。
少しずつ慣れていく生活の中で、蔵之介の部屋にあったスペルマウェブの犯人は見つからず。ビアンカ王からできるだけ部屋から出るのを控えるよう言われていた。
それでもずっと引きこもっているのは辛く、蔵之介は城の敷地内をは一日に一度は、ゼノスと海と共に見回っていた。
初日の一件依頼何事も起こらず毎日を過ごせているので蔵之介にはだいぶ心の余裕が出来ていた。侵入者の話も聞くけど、それも蔵之介に手の届かない範囲での所で解決されていった。
日々過ごす中で、海は強く足も早いということは分かった。突然居なくなるが気付いたらそこに居たりもする。
食事の買い出しにもほぼ毎日行っていた。時間を決めるとその時間に狙われる可能性があるとのビアンカの指示で、時間は決まっていなかった。基本的に蔵之介がビアンカに同行してる時間に買い出しに向かっていた。その方が蔵之介が安全だとのビアンカの判断らしい。
海もビアンカと一緒にいるのは嫌なようで丁度いいと言っている。罰を受けたりは無かったようだが、ビアンカに近付くのは極力控えていた。特にピーに対しては、蔵之介をも盾にすることがあった。これは多分、王広間であったあれのせいだろう事は察しがついた。
海の買ってくる食材で料理をするのも、ゲームやパソコンのないこの世界での趣味になっていた。デジタルデトックスされた世界と受け止め、蔵之介はそれを楽しんでいた。
城の中は歩いてみると、白い蜘蛛だけでなくいろんな蜘蛛がいることが分かる。
全てが人の形をしているため、どの種類か判別はできない。海の話によると、髪の毛の色は体の色と相違している。服の色は趣味なことが多いが、元の体のものと同じ色や柄を好む者が多いらしい。
まれに、髪を染めている者もいて判別が難しい事もあるとか。しかし、種族同士の対立も少ないので問題が無い。
そして、城で過ごす中で、ビアンカに提案され時間があれば通っている場所がある。それが座学。ゼノスより小さい蜘蛛が集まる学びの場だ。蔵之介はそこに混ざって話を聞いていた。たまに実技が入るが、それはできないのでゼノスが実践して見せてくれた。
その時に学んだ糸の話。人間の世界にいたクモはそれぞれ特殊な巣の張り方をする。その特徴は教育として技術を学び、どの種類でも拾得可能なのだそうだ。糸を編み込み手芸をしたり、染めたり、考えは人と一緒なようだった。
ウズグモの巣のような柄も、器用な蜘蛛は誰でも作り出せた。蜘蛛の糸の先に粘着性のある糸をつけ、トリモチのように使う事も糸が出せればみんなできるという事だった。
何度かゼノスにも巣を張ってもらったりしたが、ゼノスは糸を張るのが苦手なようで、不格好な編み縄を海に笑われてそのたびに拗ねていた。
それでも海に強固な糸の貼り方を教えて貰い、鍛錬し、海をトイレに閉じ込めることに成功していた。その時はゼノスの二人で笑ってしまった。その後は、海が拗ねていたけど。
毒や、酸に関しては種類ごとのものなので、進化の過程で変わったものもいる様だ。
しかし、性別がないため雌の要素を多く持つ蜘蛛は、通常のオスより大きく育ったり、色も雌の色になったりするらしい。
海もその影響をうけたコバルトブルースパイダーだった。本来、オスのコバルトブルーは性成熟を済ませると色が変わる。しかし、海は青いままだ。
蔵之介は隣を歩く海を見ると、髪の色は光に透け綺麗に青黒さを輝かせていた。中庭の中央で陽が高く上り普段より透明感を感じる。
「どうした?」
「不思議だなっと思って。髪も綺麗な色」
蔵之介は海の頭に手を伸ばした。軽く髪を撫でると海はその場にかがんだ。
海は蔵之介より十㎝程身長が高い。かがんで貰うと頭は下に来る。それをのぞき込み何度か撫でた。
「あ、そういえばこの毛には毒があるの? バードイーターの種類には毛をとばして、攻撃するのもいるよね?」
「俺はバードイーターじゃないよ」
「え、そうなの!?タランチュラって全部バードイーターかと思ってた」
海は少し顔を上げ、蔵之介を見る。
「それで飼われてた時、俺を触るの避けてたよな。何度違うって言っても聞こえてないし」
「言ってたの!?ごめん、気付かなかった」
蜘蛛の言葉を分かるはずはなかったが、蔵之介は肩を落とす。海は俺に話かけてくれてたんだ……。それが正直に嬉しい。
「いいよ、伝わらないのは分かってたことだし。
毛に毒性のある種はいるけど、腹部のものがおおい。だから頭を触れる分には問題はないよ。そもそも頭に触れてく奴もなかなかいないけどな」
蔵之介ははっとして、撫でていた手を止めた。
「ご、ごめん。気安く触ってほしくないよね」
手を震わせながら、髪から手を離した。
「蔵之介ならいくらでも触ってぜ」
海は嬉しそうに笑った。
「そ、そっか。ありがとう」
蔵之介もホッとしてほほ笑む。
いろいろ聞いていると、実際のところ、蜘蛛同士でも全てを把握しているわけではないらしい。
人間もその人の習慣で性格も、特技も価値観も変わってくる。それと同じ感覚なのだろう。海外の人なんかになると、さらに違う。蜘蛛もそういう感じに違うのだろう。
中庭の散歩も終え、部屋に戻ろうとすると城内に突然鐘が響いた。
「何の音だ?」
海が音の出所を探す。ゼノスは慌てて蔵之介を海の方へ押す。
「警報です。海さん、すぐに蔵之介様を部屋へ連れて行ってください」
「警報? どんな時になるんだ?」
「分かりません、前は侵入者でした」
「分かった」
海は余裕そうに鼻で笑って蔵之介の背中に手を回した。
「えっ」
蔵之介は驚いている暇もなく、海に片手で体を持ち上げられ、糸を使い建物の二階通路へ入る。
通路に入るとお姫様抱っこに持ち替えられ、蔵之介はその状況に戸惑った。何か危険なことが起きているのだろうけどこの状況は……。海の顔を見ると、真剣な姿にドキッとしてしまう。これじゃあまるで恋する乙女じゃないか? と蔵之介は心の中で自分で自分に突っ込んだ。
通路を走り、海はさらに上へ飛ぼうとするが、警戒し足を止めた。
見ると通路の先には、巨体の男が立っている。
「約束の物だ」
そういって、鶏が何羽もくるまれた網が、目の前に投げられた。
「何のことだ?」
海は片足を下げ後ずさる。気配を察し振り返ると後ろにもずらりと巨体が並んでいる。バードイートだ。それは蔵之介にも分かった。
「人間の食事が必要だから食べれるものを取ってこいと言われてなぁ、その引き換えに人間と交接させてもらう約束だった」
男は餌を前にした犬の様に唇を舐めた。
「約束だ。人間を渡せ」
その言葉と同時に海の周りに三人の人が現れた。
一人は見覚えのあるキーパーだ。
他の二人も同じ服を来ている。海と、蔵之介を守るように立ち身構えた。
後ろの巨体の群れが走り、襲い掛かってくる。そちらに二人のキーパーが即座に駆け出した。一人は緑の糸を飛ばし、もう一人は短刀を取り出した。
緑の糸は毒を絡めた糸だと座学で聞いた。
バードイーターに飛ばした糸は簡単にちぎられていく。毒がついてるとはいえ、それが体内に入る必要がある。それに体内に入ってからも回るのには時間がかかる。
「下手くそ」
海がつぶやく様に言うのが聞こえた。
それは糸を練るのが下手だという事だ。ゼノスの側でずっと練り方を見ていた 蔵之介でも糸の弱さは見て分かった。
キーパーと言っても全てが万全なわけではない。蔵之介は海の服をぎゅっと掴んだ。
「横暴が過ぎるな」
ビアンカの声がして、皆がその方向を見るが、その反対から巨体が糸で拘束された。
しかし男はフンと鼻で笑い糸をたやすくちぎり払う。ピーから伸びていた糸は簡単に千切れた。
「こっちもかよ」そう言いたげな海は器用で網の貼り方も上手い。なのに夜一人で鍛錬してるのを知っていた。だから実力は信頼している。
海が蔵之介に隠す様にこそこそとしていたが、ゼノスが規則を破ってると相談してきた。ただ、遊びに出てるだけではない。だから知らないふりをして過ごしていた。
「王はどこだ? 姿を現せ!」
男が叫ぶがビアンカは姿を現さなかった。
「呑気な奴だな。目の前で人間が交接されていくのを眺めるのが趣味か?」
男は蔵之介に歩み寄り、一歩ずつ進んでいく。
「鳥と引き換えに蔵之介を奪いに来たって事か。でも、もう鳥はいらない。食事には不自由してないからな。交接なんてさせねーよ」
海は蔵之介を抱えたまま、先ほど居た庭から通路を挟んだ庭に移に降りた。そして別の二階通路へと飛んで移っていく。
ピーが、二人の後を追う蜘蛛に何度も糸をかけ、止めようとするがそれもたやすく切られる。他のキーパーも加勢するが、体格差のある体に糸が絡みついてもすぐにちぎられた。
蔵之介ったちの元に、周りから糸が飛んでくるが、キーパーがそれをはねのけてた。海も身軽にその糸をかわしていく。
向ってくるバードイーターも増え始め、海も困惑していた。逃げ道がどんどんふさがれつつある。糸を網状にし何度も抑え込もうとするが、それもたやすく払いのけられる。
「力の差がありすぎる」
海が自分の糸でも切られるのをみて、その力を理解した。何度か攻撃を仕掛けるが、距離が縮まっていく。
「王は何をしてるんだ?」
海はぼやきながら城の中を飛び回る。先ほど声がしてからビアンカの姿を見ない。
海は素早いが、さすがに疲れてきているのか動きに遅れも出くる。
大きく育ったバードイーターは強い。蔵之介は恐怖を感じ、海の首に縋りついた。
海もどちらに逃げるのが得策か考え、あたりを見回した。
逃げてもすぐに後を追ってくる。建物をくるくる周り、何とか距離を保った。
「海さん、こちらへ!」
声が聞こえ、声の方を見ると先ほどまで居た中庭だった。いつの間にか一周していたらしい、ゼノスがそこに立っていた。
ゼノスの周りを見るが、何もない場所だ。逃げるには無防備過ぎる。しかし
「なるほど」
海は笑って、ゼノスの方へ飛んだ。周りを見回し、中庭を何度か飛んでゼノスの近くへと着地した。
海は蔵之介をおろし、しかし離れることなく抱き寄せた。
おびえる蔵之介に見せないよう海は抱え込んだ。
「それで逃げたつもりかぁ?」
巨体が何体も二階から何体もの蜘蛛が飛び降り、中庭へ走りこんで来る。
「だ、大丈夫なの?」
蔵之介は震えながら腕の中で海を見上げる。
「大丈夫です」
ゼノスが言った。ゼノスは何事も起きない、そう信じた態度でそこに立っていた。それでも恐怖があるのかぎゅっと手を握った。
キーパーが止めようと糸を飛ばすが、それをものともせず巨体が何体も走り込み、蔵之介の元に迫ってくる。半数が砂場に入り込むとそれを待っていたかのように、地面から何かが飛び出した。
巨体はそれに跳ね上げられ、宙に飛ばされた。
「くっ、しまった!?」
巨体から悲鳴があがる。その体には白い髪を持つ者が何体も巨体に牙を噛ませていた。
それは、生贄の戦いの時に見た光景と同じ。
しかし、その数は半端ない。ビアンカに似た白い髪の白い衣の者たちが、衣と砂を翻し次々とバードイーターに襲い掛かっていく。
「あいつらには毒がある」
蜘蛛と砂が舞い、あたりを砂煙が包み始める。
「まずい、糸を張ってくれ」
海は蔵之介を抱きしめたまま一緒にかがんだ。それを聞いたゼノスがあたりにドーム型の網を張り、砂埃をさえぎった。
その後も次々と罠にかかっていったのだろう。悲鳴が聞こえ、巨体が落ちる音が続く。
「蔵之介。怖いか?」
海が腕の中で震える蔵之介の背を優しくなでた。
「こ、怖い。けど大丈夫」
戦いを見るのは初めてじゃない。けど数が比じゃない。狙われているのは自分で、それから守ろうとしてくれている。何もできない自分が不甲斐なかった。
蔵之介が周りを見ると糸が張られ白い壁が出来ていた。外の様子は何も見えなくなっている。一度糸を貼り終わると、ゼノスは海に教えて貰った強い糸をさらに張れりめぐらしていく。
「ビアンカは何の蜘蛛なの? 地面に隠れて獲物をとるやつだよね?」
記憶にある蜘蛛の姿が頭に浮かぶ。それはしなやかで白くて綺麗な蜘蛛だった。
「シカリウスだ」
海が答え、ゼノスが話をつなぐ。
「砂の中に身を隠し、獲物を捉える種です。本来獲物を捉えるだけですが。ビアンカ様達はそれに対術を合わせ相手を打ち上げ抵抗してるまもなく牙を噛ませる技を持っています。
これはそれだけ鍛える必要もあり、ビアンカ王と共に育った者だけができる技です。毒も強く、相手を死に至らしめる事も出来ます。
知られていると罠を避ける者もいますが、彼らはまだ若いです。今回の場合、我々の領地で数が多い。どんなに頑張っても避けることはできません。
もし敵にまわりそうなシカリウスの領地に入るときは注意してください」
ゼノスが笑顔で言って、蔵之介は頷いた。今のゼノスはとても頼もしく見えた。
「お前はやらないのか?」
「私はシカリウスではありません。毒もないですし、ご存じの通り足も遅いし、糸も上手く編めないし……。できることは補助程度のことです」
「そうだったか?」
海は言って軽く笑った。
「お前はもう糸は編めるだろ。それに体格的にも戦う必要はない。蔵之介の世話も十分できてる。どこに問題があるんだ?」
ゼノスはそれを聞いて驚いた顔をした。
「なんだ? 俺の教えた糸の編み方を信用してないのか?」
「いえ、褒められると思ってなかったので……」
ゼノスは照れて、手を胸元でもじもじさせていた。
それから数分経ち、あたりのざわつきはおさまり始めた。
誰かが指示を出し、状況を確認しているようだった。
「三人とも、無事か?」
ビアンカの声が聞こえる。
「ビアンカ様、蔵之介様は無事です。三人とも怪我はありません」
ゼノスが答えるとビアンカのホッとした声が聞こえる。
「そうか、良かった。しかし、まだ事は納まっていない。海、今のうちにキーパーと共に蔵之介を部屋に連れて行って守っていて欲しい。部屋に糸を張って厳重に蔵之介を守ってくれ。まだバードイーターのリーダーが出てきていない」
「分かりました」
海はゼノスと目を合わせると、ゼノスは頷き、糸の壁を解いた。
まだ砂埃は少し舞っていたが、だいぶ薄れていた。
蔵之介が立ち上がると、ビアンカは歩み寄り、頬にキスをした。
「大丈夫だ、信じて」
その言葉に蔵之介はうなずいた。
「キーパー達は勝手についていく」
「分かりました」
ビアンカは海の耳元に顔を寄せ何かを伝えた。それに海は頷く。
海は再び蔵之介を抱え上げて走り、二階、三階へと昇って行った。
ゼノスも遅れながらその後を追った。
部屋につき、蔵之介を下すと部屋のドアと窓に糸を厳重に張り巡らせた。
海の糸は蔵之介も触らせてもらったことがあるが、本当に丈夫で引っ張ってもそう簡単に切れるものじゃなかった。先ほどは戦ってる間に練っていた糸だから少し弱くなっていたけど、安全な場所で冷静に編める糸なら強力なものが張れているはずだ。
海は何度も糸をかけ、ドアの近くで見ていた蔵之介の元に戻った。
「これで大丈夫だろう。王でも破れない」
海が自慢げにいうと、部屋の中に不気味な笑い声が響いた。
とっさに海は蔵之介を背中に隠す。
部屋についたことで安心して油断していた。既に部屋の中にいるとは思っていなかった。蔵之介は辺りを見回すが姿は見えない。
ベッドある屏風の奥から、巨体が現れた。海はベッドはカーテンがしまっていた事を思い出し舌打ちした。
その姿に蔵之介は見覚えがあった。
「あ、あの時の」
蔵之介はそういって、海の腕をきゅっと掴んだ。
「知ってるのか?」
「生贄の戦いの時、ビアンカが最後に倒した相手……」
「あいつか」
海は警戒し、身をこわばらせた。海も遠くから戦いは見ていたが、誰が戦っているかには興味なく、顔は見ていなかった。
あの戦いは、事前に戦いが行われ強いものが選別され、少数に絞られる。
その絞られた強者同士の戦い。そして王となったビアンカが最後に倒した相手。それにかなう相手などビアンカしかいない。
キーパーも一人室内にいるはずだが、姿は現さずにいる。
巨体から鼻垂れる威圧感に何もされていないというのに、蔵之介は動けなかった。
男から威圧感が徐々に迫る。
「蔵之介、逃げろ」
海も警戒し相手を睨み動かず言うが蔵之介は震え、立っていられなくなりその場に座り込んだ。
怖い……。
それを察し海は叫びながら巨体へとびかかった。
殴りかかる拳は圧を感じるが深くまでは入らない。
海の体は軽くはじき返されるが、糸を使いすぐに立て直し、頭に蹴りを入れる。
「弱いな」
足を掴まれ壁に飛ばされた。
「うぐっ」
背中を軽く打ち付けるが、キーパーの糸が伸び海の体を引いたおかげで強く打ち付けるのをかわした。
巨体はそれに気づき、
「もう一匹いるのか」
そう言ってあたりに蜘蛛の糸を張り巡らせた。動きを探り
「そこか」
と見つかり腕を捕まれる。キーパーは姿を消し微動だにしなかったにもかかわらず、そのまま床にたたきつけられ姿を現す。
その巨体の背に海は飛びつき、牙を剥くが皮膚が固く牙が入らない。
「牙が入らない!?」
海は大きな手に頭を掴まれ勢いよく投げ飛ばされる。
壁が大きくへこむほどに背中を強く打ち付け、床へと落ちた。
あれを牙で倒したって。嘘だろ……
海は背中を強打し声に出せず、起き上がろうしてもなかなか力が入らなかった。「まずい」そう思っても糸を出すが、近くに散らばるだけだった。
物の数秒の出来事だ。
「もう邪魔者はいないな」
巨体はにやりと笑う。その口には糸が引きくちゃりと音を立てた。
「蔵之介逃げろっ……」
海がどうにか声を絞り出すが、蔵之介は足に力が入らなかった。完全に腰が抜けている。
「や、やだ……来ないで……」
蔵之介は涙目で震えながら後ずさり、壁に背中がぶつかる。無力ながらに腕で顔をかばう。
巨体は笑いながらその腕を掴み、ベッドへ引っ張り体を投げた。
「王も入れないんだったな。じっとしてればすぐに終わる」
男は口から粘着力のある糸を吐き出し、顔面を糸で固定した。
「んぶっ」
顔面を粘り気のある糸で包まれ、蔵之介ははがそうとするが手に糸が移り絡まっていく。
「んんっ!」
喋ることもできず、手も動かせなくなる。糸で前も見えない。呼吸もしずらく、呼吸が浅くなる。
そんな状況の中、服を破かれた。
「小さい体だな、お前の体が壊れたら王はどう思うだろうな?」
男は息を荒げ、蔵之介の顔に奇妙な匂いの息がかかる。
男は蔵之介の下半身を持ち上げあらわになったそこを探り、穴を見つける。
「ここかぁ」
にやりと笑い、唾液があふれ口からくちゃぁっという音がなる。
誰にも触れられたことのないそこに巨体の舌が塗りつけられる。力も強く抵抗して蹴っても何の効果もない。
嫌だ、怖い! 怖い! 怖い!
「んーんー」と唸り声を上げ、身を捩るが動けるわけもなかった。
「じっとしてろって言ってんだろ!」
と足を大きく開かされ、体を割かれたのでないかと思える痛みに、悲鳴にならない悲鳴を上げた。
巨体の肉棒が蔵之介のお尻にあてがわれた。触れられた感覚は大人の腕ほどもある。
そんなのはいるはずない! 蔵之介は嫌だと首を横に振る。
しかし、それは無視され、ぐっと萎みへ押し付けられる。だが、しまりが強く、尻の谷間にこすられる。
「上手くはいらねえな。ちっせーのか? まだ王ともしてないのか」
男は嬉しそうに笑い何度も穴に入れようとして男は固いものをこすりつけていく。
蔵之介は恐怖で身動きも取れずそれをただ受け入れるしかなかった。涙が溢れ、顔面の糸がぐちょぐちょになっていた。
何度かこすられると、萎みの口が緩み始め、先端が引っかかるようになる。それを感じ男は笑った。
「そろそろいけるか?」
緩んだ穴の口に先端をあてがい、勢いよく中へ打ち付けようとしたとき、プツと言う何かが裂ける様な音の後にぐちゃりと鳴った。それは蔵之介の中を割く音ではなかった。
「随分夢中になってるな」
ビアンカが巨体の首の後ろに強くかみつき肉をむしり取る勢いで首を振った。それと同時に疾風が起こり、巨体は投げ飛ばされ床へ転がる。
一瞬でドアを破り巨体へ牙を向く。結果しか見えないそのスピードはが起こした疾風は、窓をも破壊した。
ガシャンという音に蔵之介は身をこわばらせた。しかしビアンカの声がする。その安心感からか涙が溢れた。
「分からなくもない。蔵之介はそれだけの魅力があるからな」
ビアンカは血の付いた口を手の甲でぬぐった。
「しかし! 許さず置くべきか!」
ビアンカは怒りを露にし、目の奥が赤く光っていた。倒れた巨体は首元を抑え起き上がる。
「よくもやってくれたな」
生贄争奪戦と時は一度で倒れた巨体はにやりと笑った。ビアンカも容赦したわけでは無かった。むしろ争奪戦の時より毒は多く流し込んでいる。だいたいの相手なら即死する量だ。
「免疫か?」
「どうだろうな」
ビアンカが聞くと、巨体は首をひねる。そして即座にビアンカにとびかかった。前回も今回も隙をつかれた。しかし今は一対一で隠れる場所はない。力で負けると考えもしていない巨体はビアンカに後数センチというところまで手を伸ばした、その時。胸元を何かが貫いた。
ぐちゃりという音がする。
自分が今狙っていた獲物も目の前からいつの間にか消えている。体も動かせず、巨体は何が起きたのか分からず胸元に目をやった。
胸からは血が滴り落ちて床にぼたぼたと垂れた。
そこにはビアンカの右手が刺さっていた。刺さった右手から巨体の体内に糸を巡らせ体内を解析する。ビアンカは目を細め「なるほど」と小さく言った。
「まだだな、もう少し苦しんでもらおう」
ビアンカはそう言って、巨体を壁へ放り投げた。
ビアンカは巨体に歩み寄り、巨体を踏みつけた。
「解毒剤か。先に入れて置けばある程度は耐えられる。しかし致死量流し込まれれば治療することもできない、回復することもない」
巨体は呼吸が出来ず声も出せず顎を震わせている。
「争奪戦の時にさっさとやっておくべきだったな。そうすれば苦しませずに済んだ。蔵之介にも、お前にも」
ビアンカは血の付いた手で巨体の手を掴み手首に噛みついた。そこから毒をさらに流し込む。
海はやっとの思いで上半身を起こし、壁に寄り掛かった。目の前の光景を見て体を震わせた。
自分では噛みつけなかった鍛え上げられた皮膚を貫き、一撃も与えられなかった巨体をビアンカは投げ飛ばした。その事実が受け止め切れなかった。
その光景は恐怖そのもの。
それも何度も。肩、腕、太もも、脛。体の隅々まで牙を立て毒を流し込まれていく。巨体は毒を流された個所から震えだし、耐えられないといった様子だった。しかし解毒剤のせいで即死することができない。
それは今まで見たどの光景より恐ろしく、右手を左手に回し自分を守るように抱きしめた。
ビアンカは全身噛み終え、巨体を見下していた。口元と右手は血に濡れ見るに堪えない姿だった。巨体は最後にびくびくと体を大きく震わせ、事切れた。
「お、遅くなり、なりました……」
そこに呑気なゼノスの息切れした声が部屋の中に飛び込んでくる。海が見ると、ドアはいつの間にか破壊されていた。何の音もしなかった。誰にも破れない糸を張ったつもりだった。
海の全身に鳥肌が立った。ビアンカの強さは尋常じゃない。
ゼノスは顔を上げ、部屋の中の光景を見ると「ひっ」と悲鳴を上げた。
「なっ、な、な、一体何が!?」
ビアンカは顔を向けずに、ベッドを指で示す。
ゼノスがベッドへ駆け寄ると、ベッドで顔面糸に包まれる蔵之介に気付き、慌ててベッドに上った。
「蔵之介様! すぐに糸を取り払います」
ゼノスはねばつく糸を自分の糸に絡ませ取り去っていく。
「ビアンカ王!」
次に飛び込んできたのは、ピーだった。状況を見て察し、引き出しからタオルを取り出す。数枚はゼノスに渡し、興奮して息を荒げるビアンカに一枚差し出した。ビアンカは目線を息絶えた男から離さず、タオルを受け取り口元をぬぐい、そして手についた血も綺麗に拭きとった。
ピーは男を確認する。
「もう息はありません。処置をしても蘇生もむりでしょう」
ピーが言うと、ビアンカは巨体から降り息を整える為何度か深呼吸をした。
「っ、うぅ……」
蔵之介の鳴く声が聞こえ、ビアンカは我に返りタオルを投げ捨てベッドへ駆け寄った。
蔵之介は両腕で顔を覆い泣きじゃくっていた。体にはタオルがかけられ、両足を摺り寄せ身を縮ませ震わせている。
「蔵之介。もう大丈夫だ」
ビアンカが顔を寄せ言うと、蔵之介は腕をよけ、涙目でビアンカを見つめ瞳を震わせる。
「っ……びあんかぁ!!」
蔵之介は泣き叫んでビアンカの首に抱きついた。
「すまない、蔵之介。辛い思いをさせた。心音が変わってすぐに来たが間に合わなかった。本当にすまない」
ビアンカは歯を食いしばり、蔵之介を強く抱きしめた。
辛い思いはさせないと決めていたのに。ビアンカは蔵之介の頬に顔を寄せた。
蔵之介はその頬に頬をこすりつける。
「信じてた。来てくれるって信じてた」
蔵之介は声を震わせながら言って、ビアンカを強く抱きしめた。
ビアンカは蔵之介に覆いかぶさり、蔵之介が落ち着くまでビアンカは離れることはせず頭を撫で、優しく声をかけ続けた。
荒れた部屋で、ピーは海へと歩み寄った。
「怪我は?」
「ねーよ」
海は傷だらけでうつむいたまま言った。
「なら救護はいりませんね」
ピーは言って、海の服を引き上半身を脱がせた。
「何っ」
海が驚いていると、上半身にピーの治癒糸が巻かれる。
「勝手にまくな!」
「嫌ならほどいて構いません」
ピーは海が外すそぶりが無いことを確認して、海の服を整えた。それをするほどの元気が海には無かった。ピーは立ち上がり、キーパーの元へ向かった。キーパーには意識がないが、息はある。治癒糸を胸元に貼り気道を確保させた。そして救護を呼ぶ様、外にいたキーパーに指示する。何人かが指示を煽りにきた。皆動揺していたが、ピーの指示は的確で、安心してその通りに動いた。
ゼノスはどうすれば良いのか分からず、抱き合う二人を見ていた。
ビアンカは蔵之介を抱きしめ、蔵之介もビアンカを抱きしめ嗚咽を上げ泣いている。
ピーがゼノスの頭に手をのせる。
「もう大丈夫です」
ゼノスは視界がゆがんいるのに気付き、涙を慌ててぬぐった。
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