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☆二章九話

「それなら大丈夫だと思います。ピーさんもそれを知ればビアンカを助けられるはずです」  蔵之介は考えてうつむいていた。するとそこに一人の子供がちょこんと座りに来た。蔵之介の顔を見ると笑って、蔵之介のお腹に寄り掛かった。  蔵之介はその子の頭を撫でた。 「ピーには頼れない」 「なぜですか?」  ゼノスは手元を止めた。 「ピーは医者を連れてきた。何をしてるかも全部見てたんだ。  それに、俺の部屋に様子を見に来た時、治癒糸が普通の糸に入れ替わってることに気付いていた。俺はそれでビアンカに伝えてくれると安心したんだ。だけどピーはビアンカに伝えなかった」。 「ピーさんも敵の一味なのかもしれないってことですか?」 「うん、もしかしたら……」  蔵之介はそれ以上言わなかった。  もしかしたら脅されている可能性もある。けど、どちらにても今は信じてはいけない気がする。  ゼノスは聞いた話のことを考えながら服を作っていた。  蔵之介の膝の上をずっと占領している子供は、ゼノスのマネをしているのか手元で糸を出し、何かを編んでいた。しかしそれは何かを作る為ではなく、ただマネをしようとしているだけで糸の塊になっていった。  その子は最初に蔵之介を吊るし落とした子。甘えん坊な子のようだ。 「君の名前は?」 「アウルム」  顔を上げて蔵之介を見て答えた。  すると他の子供たちも手を挙げた。 「俺はオール」 「僕はハウトゥ」 「僕はジン」 「俺はグムだよ」 「僕はコガネ」  わいわいと子供たちは蔵之介の服を引っ張り、呼んでと必死だった。  蔵之介は一人ひとり名前を呼んで名前を確認していく、呼ばれると子供たちは嬉しそうに蔵之介に抱きついた。  全員の名前に心当たりがあった。子供たちがまだ生まれる前にビアンカと子供の名前について話していた。その時にいくつか候補を作り、蔵之介は決定をビアンカに任せていた。  そして今聞いた子供たちの名前は蔵之介が提案したものだった。ビアンカの兄弟は皆白を意味する言葉からつけられた名前だとのことだった。なので金を意味する名前がいいんじゃないかと蔵之介は提案した。提案してから安直すぎたかなと恥かしくなって誤魔化したが、ビアンカはそれをちゃんと聞いてくれていたようだ。  それが嬉しく蔵之介は泣きそうになった。 「よし、できた!」  ゼノスが出来上がった服を持ち上げた。蔵之介は着ていた服を脱いでそれを来てみる。ゼノスがいつも通り、着付けをしてくれるが、裾が少し短かったり、肩幅が少し足りていなかった。 「あの、すみません……」  ゼノスが恥ずかしそうにうつむいた。 「大丈夫。着れるし、後で継ぎ足してくれる?」 「はい、それはもちろん!」  ゼノスは嬉しそうに頷いた。 「でもビアンカ様に会えたら作り直して貰ってください。今回は緊急時なので私が作りましたが、本来ビアンカ様の作った物しか着てはいけませんから」  蔵之介は頷いた。そしてゼノスが続ける 「先ほどの話ですが。すみません、私が蜘蛛がいることや、糸が張り替えられていることに気付いていれば、蔵之介様は回復できたかもしれないのに……」 「仕方ないよ。ワイトはゼノスがいるとき絶対に動かなかったし、糸を張り替えても全く同じ様に張り替えてて、ビアンカが張り替えに来る前に元に戻してたんだ。気付きようがない。ビアンカも俺があんな状態なのをみて辛いのかいつもと違ったし、気付けなかったんだと思う。あんな悲しんでるビアンカ初めて見た。動けなくてもどかしかったよ」  蔵之介は泣いているビアンカを思い出すと胸が痛んだ。 「城に向かおう、早くビアンカを助けたい」  ゼノスは蔵之介の着ていた服を圧縮して糸にくるみ、懐にしまった。  城がみえる崖につき城を見ると荒れ果て、無残な姿をしていた。あちこち建物がかけたり、崩れたり。どうみても誰かが住める環境ではなかった。 「ビアンカはどの辺にいるの?」 蔵之介がゼノスに聞くと、どこかから声がした。 「あれは生贄じゃないのか?」 遠くから声が聞こえその方向を見ると、五人のアダルト達が蔵之介に歩み寄ってきた。 「生贄だ! 世話役もつれてるし、白の子供がいる確定だな」 「生贄が自ら戻ってきたのか? そんな話聞いたことないが、今は王もいない。卵を産む許可は必要ないよな!」  崖を背に囲まれゼノスと子供たちは、蔵之介を守るように並んだ。 「子供は生まれて間もない、世話役も大した能力もないと聞いてるさっさとやっちまおう」  アダルトの一人が言うが、子供たちはバカにされたと思い、男たちを目掛け瞬時に飛びだした。なんの警戒もしてなかったアダルト二人は、肩や腕を噛まれ、子供たちを薙ぎ払い後ずさる。子供たちは蔵之介の前に着地すると、四つん這いでまだ威嚇していた。 「やばい噛まれた!」 「毒は弱いみたいだな、引き上げて解毒して来い」  噛まれてない一人が指示をするが、その隙をついて、子供がそいつに飛びつき首の後ろに噛みついた。 「いって! 止めろ! 離れろ!」  男は振り払おうとするが、かむ力が強く、なかなか離れなかった。  それを見た他のアダルトたちも、恐怖し後ずさる。 「ちょっとヤバそうだな」 「俺は先に行くぞ!」  無事な他の二人は駆け出し逃げ出した。 「待てって!」  噛まれた男は噛まれたまま走り出し、子供を振り払うように動いた。  すると子供は口を離して、男から離れ、蔵之介の元へ走った。  足元につくと蔵之介の足に抱き着く。 「恐かった」 「僕も恐かった!」 と蔵之介に子供たちが抱き着いた。  蔵之介は驚いていてすぐに声が出なかった。先ほどの戦いっぷりと言っていることが真逆だ。 「本当に強いんだね。助かったよ」 蔵之介は言って子供たちを撫でた。 「今城に近付くのは危険かな?」 「そうかもしれませんね。人間の世界にも蔵之介様を探しに着ているものが居ました。顔を知っている人が多いんでしょう」 「ヴィンター師の家にって行ける?」 「はい、でも山道を進むことになりまた時間がかかりますよ」  ゼノスが言うと子供の一人が手を上げる。 「僕が運ぶ」 「じゃあ俺も」 「僕も運べるよ!」  子供たちは次々と手を挙げた。  そして、子供の一人が姿は蜘蛛の姿へと変わる。そのサイズは大きく犬位のサイズはあった。それが足を広げるとさらに大きく見える。 「でかっ」 「この子達は体のサイズを自由に変えられるそうです。人型では無理みたいですが、今なれるサイズの最大が今の姿見たいです」 ゼノスが言うと 「ゼノスも足遅いから乗って」 そういって、もう一匹が姿を変えた。ゼノスは少しムッとするが、遅いのは確かだと自覚してその蜘蛛に乗った。 「しゅっぱーつ!」  人の姿の子供たちが言って、一緒に走り出す。  蜘蛛の姿になると喋れないのか、蜘蛛になった子は無言で走っていた。  途中で他の子に乗り換えて、暗くなる前にはヴィンター師の家にたどり着いた。  中に入り、縁側を覗くがヴィンター師は居なかった。 「どこかに出かけてるのかな?」 「そうかもしれませんね」 ゼノスが辺りを見て言った。 「どうしよう、ヴィンター師に相談しようかと思ってたのに」 「蔵之介様。それでしたら私が夜のうちに偵察に行ってみます。ここなら安全だと思いますし、子供たちは強いので頼りになります」 「そうだね、戦いはゼノスより頼もしいかも」  蔵之介が言うと、ゼノスはがっかりしたように肩を落とした。 「頼りなくてすみません……」 「あ、違うよ。ほら、強くなくてもゼノスは気を使えるし、いろいろ世話もしてくれるし、偵察にも行けるし」  ゼノスがしゃがんで膝を抱えた。 「そうなんです、私は小さいから偵察向きなんです……。小さいころからそうやって使われてました。スキマに落ちた指輪を取ってくれとか、排水溝に何が詰まってるか見てきてくれとか……」  ゼノスはへこんでいてこれ以上何か言ってもへこませてしまいそうだった。 「ゼノス……」  蔵之介は困ったように呼ぶと、ゼノスは立ち上がった。 「でも良いんです、それが私の取柄ですから! 行ってきます!」  とゼノスは塀を飛び越え出ていった。 「元気に……なったのかな?」  蔵之介はゼノスを見送り、縁側に座った。 「夜の間にってことは朝にならないと帰ってこないんだよね」  室内で走り疲れ果てた子供たちは寝ていた。どうやってきたのかは分からないが、人間の世界まできて、そのまま森に入って城に戻って、さらにはここまで蔵之介をのせて走っていたのだから疲れないはずはない。  空を見上げると、ここでビアンカが海の腰を抱いて空に登っていったことが思い出された。暗くなり始めの空に星が見え始めていた。 「会いたいな……」  思わず呟く。笑いかけてくれて、抱きしめてくれたビアンカのぬくもりが思い出せた。  しかし、我に返り蔵之介は顔を赤くした。  あれ、なんで今俺……会いたいとか声に出てなかった?  ビアンカに会いたい、それは本心だけど。無意識に声に出てしまうなんて恥かしい。  今も鞭うたれてかもしれないのに、呑気なこと考えてる場合じゃない。じっとしてられず蔵之介が立ち上がると、何か違和感を覚えた。  空気が冷たくて重い。  木陰で何かが動いてざわざわと葉が揺れた。それに気づき目を向ける。 「誰?」  蔵之介は後ずさる。子供たちを確認すると後ろで七人とも寝ている。守らないと、と蔵之介は揺れた茂みを睨みつけた。 「蔵之介」  ビアンカの声がした。そして木の陰からビアンカが現れた。全身傷だらけでふらついて、木に手を当て体重を預けている。 「ビアンカ」  慌てて駆け寄り支えると、ビアンカは蔵之介に寄り掛かった。 「会いたかった……」 ビアンカはそう言って片手で蔵之介を抱きしめた  蔵之介はビアンカを支えて、縁側へ誘導した。  縁側に座らせると、ビアンカに抱き寄せられる。 「すまない」  ビアンカはそれだけ言って、立っている蔵之介のお腹に顔をうずめていた。 「俺もごめん傍にいられなくて」 「ここは危険だ。僕と一緒に来てくれ」  ビアンカが言うが、蔵之介は首を横に振った。 「ここは安全だよ。部屋の奥でビアンカも横になって、手当てするから」  蔵之介が言うとビアンカは立ち上がる。 「危険なんだ。蔵之介が戻ってきたって町では騒ぎになってる。逃げるならここだろうと皆ここを目指してきてるんだ」 「でも」  蔵之介はためらう。蔵之介はこの相手が本当にビアンカなのかと疑っていた。ビアンカに触れても何も感じなかった。けど姿は何一つ変わらず、確信も持てない。  ビアンカは強引に蔵之介の腕を引っ張った。 「待って、子供たちは? 行くなら子供たちも連れて行かないと危険だよ」 「子供たちは大丈夫だ。強いから」  それを聞いてビアンカの手を振りほどこうとする。がしっかりと捕まれ離すことが出来なかった。 「駄目だよ、子供達はほっておけない。ビアンカはそんなこと言わない!」  蔵之介は抵抗し、ビアンカの手に指をかけ外そうとするが、ビアンカは蔵之介の手を強く握り引き寄せた。 「大丈夫だ、前に僕に似た男に出会ったから疑ってしまっているだけだ。信じて」  蔵之介の耳元でビアンカはささやいた。 「子供たちを置いてくなんて信用できないよ!」  蔵之介が叫びビアンカを蹴るが、なんのダメージもなくビアンカはため息をついた。 「蔵之介様から離れろ!」  声がして二人が見ると見覚えのあるキーパーが三人立っていた。 「君が僕に勝てるわけないだろ」  ビアンカがあざ笑って言う。蔵之介は後ずさろうとするが、すぐに腕を握る手に力がこめられ引き戻される。 「蔵之介、今は危険だから僕から離れないで」  ビアンカは困ったような顔を見せる。  蔵之介はその表情に惑わされそうになる。 「彼はビアンカ様ではありません。ビアンカ様は今私たちが保護しています。私たちは町の騒ぎを聞き来ました。途中でゼノスにも会いました。事情を聞きこちらに戻ってきています」 「じゃあ、この人は誰?」  蔵之介が聞きビアンカを見ると、フとわらった 「君のビアンカだよ」  そういってビアンカは蔵之介にキスをした。  いつもと違うキスの感覚に蔵之介はビアンカを押した。しかし、強引に口を開き舌を絡ませてきた。  蔵之介は抵抗したが離れては貰えず、ビアンカの舌を噛んだ。  するとビアンカの口は離れ数歩後ずさった。 「僕のキスが気に入らなかったのか?」  ビアンカはほほ笑み、しかし蔵之介を睨みつけた。 「蔵之介!」  そう叫ぶビアンカの声が聞こえた。  目の前のビアンカからではなく別の方向から。その方向を振り返る。  そこにはもう一人のビアンカがいた。声も見た目もおなじで、同じように怪我もしている。動けなくされてい時の糸の巻き方と同様、一寸の狂いもなく傷の位置は全く同じだった。  しかし、そのビアンカは目を赤く光らせていた。 「ビアンカ?」 「お前のどこがビアンカだっていうんだ? 化けるにしてもその眼の色なんとかしないと」  蔵之介の隣にいるビアンカが笑って言った。対峙するビアンカの赤い目が強く濃く色が増す。 「蔵之介はお前には渡さない!」  目が赤いビアンカが糸を出した。しかし隣にいたビアンカは蔵之介を抱え飛び上がる。 「わっ!! やだ! 落ちる!!!」  蔵之介は暴れてビアンカを肘で打ち、蹴とばしてしまった。それと同時に体が離され落下する。 「やだやだやだ!!!」  騒ぐ蔵之介を横目にビアンカは屋根の上に着地した。肘が頬に当たり、不満そうに頬をさすった。  落下する蔵之介の体は途中で受け止められ、地面に着地すると蔵之介を受け止めた者は立っていられず膝をついた。  白い髪が舞い、蔵之介を抱き寄せた。顔が見えないがその隙間から目の赤い光が見て取れた。 「ビアンカ?」 「すまない蔵之介。君を守れなかった」  ビアンカは蔵之介をその場におろした。 「そんなこと……」  蔵之介は言おうとするが、ビアンカは言葉を続ける。 「キーパー、蔵之介を守って逃げてくれ、こいつの相手は僕にしかできない」  キーパーは頷き、瞬時に蔵之介を抱え走り出した。 「ビアンカ!」 蔵之介が叫ぶとビアンカは顔だけ振り返り横目で蔵之介を見た。しかしそれもすぐに木の向こうに消え見えなくなった。 「まって、マフラーを。これ治癒糸でできてるからビアンカの怪我を治せるから!」 「いけません今戻っては危険です。怪我をしているビアンカ様がどれくらいもつかわかりません」 「もつかわからないって、負けるってこと!? 死んだらやだよ!」 蔵之介はキーパーから離れようと暴れるがキーパーは蔵之介に糸を巻きつけ離れないようにした。 「おとなしくしてください。安全な場所に運んだら私も助けに向かいます」 「でも……」 「貴方はビアンカ様の大事な方です。貴方が生きていないとビアンカ様は生きていられません」  キーパーに真面目な顔で言われ蔵之介は顔を赤くした。 「そんなことそんな真面目な顔で言わないでよ! 恥かしいな!」 「恥かしくなんてありません。蔵之介様は愛されています」  蔵之介はそれを聞いて、気持ちを落ち着かせ、ため息をついた。戻ってくるときに多少の不安はあった。ビアンカに拒絶されたらと思ったらここに来るのもためらわれた。  けどビアンカは俺が戻ってきたと知って来てくれた。それを思い返すと胸が暖かくなるのを感じた。 「本当に?」  蔵之介はキーパーに捕まる手の拳を強く握りしめた。 「本当にビアンカは俺のこと、待っててくれたの?」 「いえ、待ってはいませんでした」  蔵之介はそれを聞いてうつむいた。 「今この状況で戻ってきては危険ですから。今は戻ってこない方が良いと。しかし、必ず連れ戻すとは仰っていました。言い換えれば貴方と会えるのを待ち望みにはしていました」  蔵之介はそれを聞いて顔を上げ、強く頷いた。 「あと、蔵之介様。走りながらで申し訳ないのですが、私の懐に小さな巾着が入っております。お取りいただけますか?」  蔵之介は何かとキーパーの懐に手を入れた。中からめぼしいものを取り出すと赤い、お守りサイズ程度の小さな巾着だった。それに長く紐がついている 「これ?」 「はい、それにはビアンカ様が蔵之介様の為に取ってきた薬草が入っております。蔵之介様が居なくなり、ヴィンター師が乾燥させ長持ちできるように致しました。煎じて飲めば何にでも効く薬です。その巾着はビアンカ様が用意し染めたものです。首からかけて所持して頂ければ、蔵之介様に何かあった際、気付いた者が使用できます」 「分かった。何かあったら使うよ」  蔵之介は首に紐をかけ、巾着部分は襟の中に収めた。 「ここに居たのか。蔵之介」  ビアンカが目の前に降りてきた。しかし、それはもう別人だということを隠そうとせず、姿はそのままでもビアンカの表情をしてなかった。  キーパーは慌てて立ち止まり、地面に砂煙を立てた。  見てよ、この弱い男を。そういうと、本物のビアンカが目の前に転がって落ちた。 「び、ビアンカ……」  蔵之介はキーパーを突き放して、地面に飛び降り倒れるビアンカに駆け寄った。 「ビアンカ!」  体に触れ声をかけるが反応は無かった。  蔵之介は瞳を震わせた。首に巻いていたマフラーを急いで外し、ビアンカの首に巻きつけ、頭を抱きしめた 「ビアンカ……起きて……」  蔵之介は声を振るわせた。しかし、ビアンカはピクリとも動かず力尽きたように蔵之介に体重を預けていた。 「ビアンカは強い方だろ。ビアンカが負けるわけない。つまりは僕がビアンカなんだよ」  ワイトが蔵之介の腕を掴もうとすると、キーパーがそれを蹴りを入れた。しかし、それを片手で受け止め投げ飛ばした。 「もう、弱いんだからかかってこないでくれる?」  ワイトはそういって、蔵之介の腕を掴んだ。 「やめて! 離して!」  蔵之介は体を引っ張られ、蔵之介の膝に乗せていたビアンカの頭が地面に落ちた。 「何が目的なの!?」 「目的? そんなものはない。あの男が苦しめばそれでいい」  ワイトは蔵之介を抱え走り出した。  キーパーが立て直し後を追おうとするが、膝から崩れた。 「すみません、ビアンカ様」  先ほど捕まれた足はねじられ、真逆の方向に向いていた。  しかし、倒れていたビアンカは静かに動き出し身を起こした。呼吸は浅く短く繰り返されていた。  ビアンカは自分の胸元に手を当てると一気に治癒糸を放出し、自分の体へと血管のように糸を張り巡らせた。 「足止めよくやった」  ビアンカはそう言って、マフラーを顔に寄せる。蔵之介の香りとぬくもりが残っているのを感じ、ひと息つくとすぐにワイトの後を追い走り出した。  ビアンカは走りながらワイトの足音を聞き逃さず後を追い続けた。姿はまだ見えないが分かる距離だった。  随分奇妙な走り方をしている。こちらを惑わそうとしているのか? ビアンカは考えながら走っていたが、何かを思い出し足を止めた。 「磁気転門のある方向か」  ビアンカは目的の場所へ向かいまっすぐ走り出した。 「気付いたか」  ワイトもビアンカの足音で走る方向が特定されたのに気付き、同じ方向へまっすぐ加速し走り出した。  蔵之介はワイトに口をふさがれ、手と足も拘束されて抵抗できずにいた。  声を出せればビアンカに場所を伝えられるのに。そのもどかしさに蔵之介は目を潤ませた。  戦うことが出来なくてもやれることはしたかった。  そう思っていると横から何かが勢いよく飛んできてワイトの体に当たった。  それが連続で何度か当たり、ワイトは蔵之介を手放し蔵之介は地面に落ちそうになるが、体を引かれ地面すれすれで止まる。よく見ると背中に糸がついていて吊るされていた。そしてゆっくり降ろされた。 「ママ! なんで寝てる間に勝手にいなくなっちゃうの!」 「寂しかった!!!」  子供が二人、拘束され起き上がれずにいる蔵之介の体に突っ伏して泣きだした。 「ママを誘拐したのはお前か!」  子供の一人がワイトと対峙する。勢いよく飛んできてワイトの体に当たったのは子供の体だった。他の体当たりした子供達も起き上がり、ワイトの方を見た。  ワイトが顔を上げるとフっと笑い起き上がる。子供たちは驚いて、顔を見合わせた。 「パパ?」 「パパに当たっちゃった」 「どうしよう……」  子供たちは怯えて、蔵之介の元へ駆け寄った。 「ごめん、これ解いてくれる?」  と蔵之介は手と足を持ち上げた。口の糸は自力で剥がせたが、どうやっても手足の拘束が取れなかった。アウルムが蔵之介の足の糸をほどき、オールが手の糸をほどいた。  蔵之介は起き上がると、オールとアウルムの頭を撫でた。 「ありがとう」  そういって子供たちをワイトから隠すように背中側に回した。 「パパに手を出したらどうなるか覚えてるよね?」  ワイトが言うと子供たちはびくりと体を震わせ目を潤ませた。 「ごめんなさい」 「ママがさらわれたと思ったの!」 「ぶたないで」  子供たちは蔵之介の後ろにかくれ服を掴んだ。  子供たちはワイトが父親だと信じている。子供達まで騙して苦しめ、ビアンカを陥れようとしていたのかと思うと蔵之介は怒りが沸いた。  ワイトが子供を一人掴もうとすると、何かに気付き後ずさり飛んだ。 そこにビアンカが着地し、蔵之介達をかばうように立った。 「本当に邪魔な子供たちだな。追いつかれちゃっただろ」  ワイトが言うと子供たちは、ビアンカを見上げた。 「蔵之介、ここから動かないで」  蔵之介がビアンカを見ると、蔵之介の渡したマフラーをしていた。 「うん」  蔵之介は頷いた。 「子供たち、バリア糸を張りなさい」  子供たちはそれを聞いて頷き蔵之介の周りにドーム状の糸を張った。前にバードイートが攻めてきた際に、ゼノスが張っていたのと似たような物だった。それに囲われると周りが見えなくなる。  蔵之介はそれに触れ確認するが、やはり子供が作ったもの。強度はそれほどなさそうだった。それでもないよりはマシなのかもしれない。蔵之介は子供たちを近くに集めかたまり抱きしめ、ビアンカが戦い終えるのを待つ事にした。 「本当にしつこいな」  ワイトが言って、ビアンカを笑って睨みつけた。 「しつこいのはお前だ」  ビアンカは言って飛びかかる。  外から戦う音が聞こえ、子供達は何度か体をびくりとさせる。 「あの人誰?パパにそっくりだった」  アウルムが蔵之介に抱き着きながら聞く。 「あれは君たちのパパだよ」  蔵之介は自分で言って顔を赤くした。ビアンカが父親なのは分かってはいたが、あえて口にすると妙な照れくささがありむずがゆくなる。 「パパ?」 「パパはママを連れてた人じゃないの?」  コガネが聞いた。 「あれはパパにそっくりだけど偽物だよ。パパは君たちをぶったりなんてしないよ」  蔵之介が言うと子供たちは不安そうに蔵之介を見る 「本当? 僕この前ぶたれたよいうこと聞かないからって」 「俺はまだお前は弱いって蹴られて痛かった」 「僕は……そんなところに立ってるなって突き飛ばされた」  子供たちはもじもじしながらワイトにされたことを打ち明けて泣きそうになっていた。理不尽な教育という名を借りた暴力。それを受けた蔵之介はその辛さはよくわかっていた。 「辛かったね。でもビアンカはそんなことしない。ちゃんと話せば分かるから。本当のパパはすごく優しいんだよ。後でいっぱい抱きしめてもらおう」  蔵之介が子供たちの頭を撫で、頭にキスをしていく。 「なに?」  子供たちは初めてされたキスに驚き頭を撫でた。 「今のは大切な人にするものなんだ。俺にとって皆は大切なんだよ」  蔵之介が言うと同時に周りに張っていた糸が急に飛び散った。 「本当しつこい!」  ワイトが糸を破った様で、ワイトが飛び込んできてそのまま蔵之介を抱え先ほど向かっていた方向へ走り出した。  子供たちは何が起きたのか分からず、ただ見ていることしか出来ずきょろきょろしていた。 「待て! ワイト!」  ビアンカは後を追い走り出した。  子供の一人がビアンカが追っていったのを見送り、まだ少し残った糸の中に戻った。 「どうしよう」 「あの人がパパなら、バリアを張ってって言ったのはパパだよ」 「じゃあ、張っておく?」 「でもママ連れ去られちゃったよ。助けに行かないと」 「パパが向かったから大丈夫だよ」 「でもパパ怪我してたよ」 「じゃあパパを助けないと」  子供たちは頷き合い後を追った。  ワイトの進む先に何かゆがんだ光が見える。それは青白く輝いている。周りには蜘蛛の糸が連なり六角形をしていた。その真ん中に光の根源がある。 「なにあれ」 蔵之介がつぶやく。 「転門だ。毎秒ごとに行き先が変わる。どこに出るかも分からない。お前とビアンカを引き裂くには丁度いい」  ワイトが笑って加速し、数メートル前で立ち止まり、蔵之介を転門へと放り投げた。 「うわあ!!」  加速の勢いで蔵之介の体が宙を舞い、門へと吸い込まれていく。 「蔵之介!!」  ビアンカは瞬時に糸を伸ばし、蔵之介をとらえようとするが、ワイトが糸の膜を張りその糸を止めた。 「ビアンカ!!!」  蔵之介は叫びながら転門の中へと消えた。ビアンカは歯を食いしばり拳を握りしめた。 「ワイト!!!!」  ビアンカは拳を振り上げ叫びワイトにとびかかる。 「俺もここまで。またな」  と笑って転門の中へと消えていった。  ビアンカは門の前で立ち止まり、しばらく息を切らしていた。そして崩れるように膝をついた。 「蔵之介……また、やられた」  ビアンカは拳を地面に叩きつけると地面がえぐれた。  ビアンカはふらりと立ち上がる。しかし、足元はしっかりしていた。 「ビアンカ様」  後から着ていたピーが追いつきビアンカの近くに降りた。 「蔵之介様は?」 「連れていかれた。門が繋がれる領域はここの他に六個所ある。しかし、その一か所が特定できたとしても、どこに出るかは不明だ。運が良ければここに戻ってくることもあるが、場合によっては行きついた先が危険な場所でその場で命を落とすこともある」  ビアンカは目を閉じ息を吐き出した。 「行ってくる。何度繰り返しても駆らなず蔵之介を連れ戻す」  ビアンカは蔵之介を求め歩き出す。しかし、ピーが腕を掴みとめた。 「待ってください。ヴィンター師に相談してからにしましょう。もしかしたら行き場所が特定できるかもしれません。そんな命がけの場所に何度も飛び込むなんて無謀です」  ピーが言って、ビアンカは首を横に振った。 「そんなこと気にしていられない」  ビアンカがそう言い終わる前に、ピーが首に何かを刺した。  それと同時にビアンカは力なくその場に倒れ、それをピーが受け止めた。 「無理をしすぎです。せめて一日お休みになってください」  刺したのは尖らせた糸だった。刺した場所は神経を刺激し、動けなくさせる効果があった。さらに刺した糸には睡眠効果のある薬が塗られていた。  ビアンカは動けず、数秒後そのまま眠りに落ちた。  ピーはビアンカを抱え上げ、走りだした。  ゲートは音もたてず光を放ち、その場は静まり返った。 二章完 続きはpixivファンボックスか、エブリスタで有料でお読みできます

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