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紙で喋る

「あのさ……秋白(あきしろ)は就職のこととか、もう考えてる? ……俺と同じところ? じゃ、また一緒だな。嫌なわけないよ、小学生の頃からずっとこうだっただろ。今更、一人なんて寂しくて戻れないよ。……で、今更ついでにさ。就職したら俺と暮らさない? 呆れるなよ、これでもかなり勇気要ったんだから。まあ、確かに、今更っていえば今更だけどさ。ここ数年……中学入ってからだから、もう7、8年くらいか? 半分同棲してるみたいなもんだったからね。いや、改めてさ……俺らもうすぐハタチだし、言っておこうと思って。なあ、断らないよな。……『いいえ』? なんでだよぉ。  あ……す……明日から? ちょっと驚かすなよ……だめかと思った。ていうか急だな、嬉しいけど。いいの? 本当に。……なあ、これって、俺が『願った』せいじゃないよな……秋白が望んでることって思ってていいんだよな? だってさ。俺昔からそうだったし、お前も知ってるだろ。俺が『願った』ことってなんでも中途半端に叶っちゃうの。気になるよそりゃ。相手の意思が絡むことなら、俺が『願った』せいで思い通りになっちゃったって考えると気の毒だし、やっぱ、萎えるよ。  心配しなくていい? いや、秋白は優しいからそうやって言ってくれるけどさあ……俺も勿論、ここぞって時以外は『願わ』ないようにしてるけど。慎重にしてるつもりでも、ふと気が抜けた時はついやっちゃうんだよな。こないだもさ、学科試験の時に不正をしたんじゃないかって呼び出されちゃって……試験中、お前とちょっと話してたからだと思う。持ち込みOKの科目だったし、なんとなく気が緩んじゃってたのかな。あれ、でもなんでお前は注意されなかっ……え? あの時の試験は記述式だったし俺が『願った』ところでどうにもならなかったよ。だから濡れ衣だって言ってやったけど、はは、実は別の試験の時に1回だけやった。その時だったらやばかったかも…… 。  だめだ、俺けっこう自制心ないかも。へへ、呆れた? 『いいえ』か。ありがと。秋白はずっと俺に優しいね? 小学生の時からさ……秋白は俺の……俺の……。  ……ねえ、そういえばさ、試験の不正疑惑かけられちゃったから、俺結局再試験なんだよね。その前に、なんか外部からなんかの専門家を呼んでカウンセリングを受けなきゃならないんだって、俺。ひどくない? なんか犯罪心理学とかの診断テストでも受けさせられるのかな。嫌だなあ。秋白、その時はまた俺のそばにいてよ。俺ぜったい、大学卒業して、お前と一緒に暮らしたいんだ。今更? 今更じゃないって……ずっと俺の夢だったんだもん。秋白とずっと一緒にいたいって、あ」  びじ、と音がして、紙が破れた。  長く話しすぎたみたいだ。  また紙を用意しなきゃ。  どういうわけかコピーじゃだめで、五十音をいちいち手書きしなくちゃいけないのが、面倒といえば面倒だ。  4、5年前に瞬間接着剤で人差し指を十円玉に固定する方法を編み出してからは、文字を追うのが楽になった。十円玉はまるで意思を持ったかのように動き回るし、ここ数年で「流暢さ」に磨きがかかったので、固定していないと本当に腕が疲れるのだ。  日常生活では人差し指に十円玉の平面部分がくっついたまま。他の指で代替したりするけど、大学のレポートなどでPCを使うときはやっぱり不便だ。  瞬間接着剤は40℃くらいのお湯につければ簡単に外せる。痒いところに手が届く知識を得られるのでインターネットの集合知には本当に感謝している。俺のように口下手で人付き合いが苦手な人間でも、こうしてその恩恵に預かることができる。 「また後でな」  そういえば、どうしてこんな面倒くさい意思疎通方法をとっているんだっけ、と考えそうになると、秋白が笑う。  唇の形だけで、今更だろ、と言っている。

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