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第11話

「真雪さん、怒ってますか?」  そんな風にして帰る車の中、重い沈黙が気まずくて僕からそう切り出した。  真雪さんは気づいていて知らないふりをしてくれていたようだし、それでも見過ごせなかったから声を上げたわけで。それだけの原因が僕にあったわけだから、怒られて当然。  それでも真雪さんは「いいえ」と穏やかな声で返してくれた。 「別に怒ってはいませんよ。ただ、なんでも話してほしかったと思っただけです」 「ごめんなさい」 「なにも知らない間に、理性をなくしたアルファに噛まれていたかもしれなかったと思うと気が気じゃないので」 「……本当にごめんなさい」  社長以外に僕がオメガだと知っている唯一の人であり、まるで本当の兄のように世話を焼いてくれる真雪さん。  そもそも那月さんとの約束も、そんな真雪さんに心配をかけたくなくてしたものだけど、それで逆にこうなってしまったのだから申し訳なさすぎて身を縮める。  こうなったらもうひたすら仕事を頑張ろう。もっとキラキラして今以上に全力で輝こう。 「朝陽くんが思っているより、みんながあなたを大事に思っていることを覚えておいてください」 「はい。大丈夫です」  力を込めてしっかり頷くと、信号でそっと止まった真雪さんがゆっくりと振り返った。さっきまで穏やかだったのに、若干目を細めたうろんげな顔だ。 「……今、『だいじ』と『だいじょうぶ』をかけました?」 「や、今のは本当に無意識で」  ふざけてないです誤解ですと否定しても疑う視線がやまない。けれどすぐに信号が青に変わって前を向いてくれたから、隠れて小さく息を吐く。 「那月さんはそういうのどう思ってるんですか?」 「え、笑ってくれますよ?」 「笑う、んですか?」 「僕が『那月さんに懐きすぎ』とか『朔也さん、昨夜はどうでした?』って言うと『そうだな』って笑って頭を撫でてくれます」  油断するとぽろっと口をついて出るそういうものにも那月さんはいちいち反応してくれる。最近は頭を撫でてくれるおまけ付きだ。  たまには噴き出しもしてくれるから、そういうところもやっぱり相性がいいんだと思う。 「……意外と大人でいい人かもしれませんね、那月さん」 「いい人ですよ、とっても。だから大好きです」  もちろん出会い方は悪かったしいい人じゃないところもあるけれど、こうやって少し離れるだけでまた会いたいと思うのだからそれが僕の気持ちの答えなんだと思う。  一緒にいると景色がキラキラ輝いて見えるのは、僕にとってすごくわかりやすい判断基準だ。 「とりあえずですね、社長が、朝陽くんが喜ぶようにと仕事を今以上に詰めると言っていたので覚悟した方がいいですよ」 「仕事は嬉しいですけど、素直に喜んでいいことですか、それ」 「プライベートの時間はほぼなくなると思いますが、まあ自業自得じゃないでしょうか」 「やっぱり真雪さん怒ってますよね?」  淡々としたいつもの調子で危うく聞き逃しそうになったけど、言葉のチョイスが強い。  本当に、こうなったら精いっぱい仕事に励もう。  僕は窓の外を流れる景色を見ながら、そっと拳を握った。  その後、うちの事務所から出てきた那月さんの写真と「事務所移籍か!?」のネットニュースが出て回るオチは、隣に那月さんがいる状態で落ち着いて見れたからまあ笑い話ということで。

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