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第11話
「そういうわけで引っ越しは決定。場所は彼に聞くこと。今日はそんなとこかな。じゃあ解散。帰っていいよ」
少し光が見えたのかと思ったけどすぐに謎に飲み込まれて困惑してしまった。しかも話が終わった。社長は追い払うように手を振っている。
戸惑う僕に近づいてきた那月さんは、僕の腕を取って引き寄せるようにして立たせた。
「あの、なんで引っ越し? どこに?」
「俺んとこのマンション。確か他の階に空きがあったはず」
「……え?」
あのやりとりでどうしてそうなるのか、答えがほしくて那月さんに問う。
「なんで那月さんのマンションに?」
「わかれよ。同じマンション内なら行き来してもバレないだろ」
気持ち声を潜めて告げられた理由に、ぱちくりとまばたきをしてしまった。
那月さんが家に来る時の写真が撮られたことで、そこに住む女優さんと熱愛記事を書かれてしまった。また次もあるかもしれない。次は真実に辿り着かれるかもしれない。
だけど僕が那月さんと同じマンションに引っ越せば、その移動は撮られない。
社長がそのために引っ越せと言ったのなら、それはつまり認めないどころじゃなく、僕たちの仲がバレないように配慮してくれたということだ。
事務所的に認められないのはある意味当然だ。それなのに首輪代わりのチョーカーといい、引っ越しの件といい、僕たちにとって最高の後押しでしかない。
「ほらほら二人とも、僕の前でくっつかない。言っただろう、事務所的には認めないって」
「わかりました。ありがとうございます」
すっと僕の手を離し、社長に深々とお辞儀をする那月さんはどうやらその考えをいち早く読み取っていたらしい。
だけど多くは言わず、そのまま部屋を出ようとしたから後を追う。
「認めてないからねー」
その背に社長の念押しの声がかかって、振り返って拳を握った。
「はい! 認めてもらえるよう頑張ります!」
「……そういうことじゃないと思う。いや、まあそれでもいいか」
精いっぱい頑張りますと意気込む僕の一歩前で那月さんがぼそぼそとつっこみを入れてきたけど、最終的に諦めて笑った。ポジティブシンキングは大事だ。
そんな風にして足取り軽く社長室を出て、先にタクシーで帰る那月さんを見送った。さすがにこのまま一緒に家に帰るほど、ことを軽く考えてはいない。
だからその後、車の中で「力いっぱい抱きしめてキスしたい」というメッセージが送られてきた時も、可愛らしいネズミのキャラが鳴いているスタンプを返しておいた。
返信には色んな猫のスタンプが送られてきたけど、理由についてはひとまず置いておこう。
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