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第21話

「お帰りー、ハチ」 「ただいまー。ヘムさんの方が早かったんだ」 「うん。迎えに行けば良かったねー。リリん所楽しかった?」 「うん。滅茶苦茶楽しかったよ。ヘムさんは?」 「んー。ヘムさんはね、ハチに会えなくて寂しかったかな。あー。あったかいし、匂いがあるー。生ハチ最高だね」  ヘムさんがぎゅと俺の体を抱きしめる。  いつもヘムさんの匂いに低い体温。  安心する。本当に、俺、生きてるんだな。あんな日常の先で。 「生ハチって何なん? おれも俺も少し寂しかったよ」 「だよね!」 「……ヘムさんだなぁ」  思わず笑ってしまう。  速攻で肯定してくんのね。  いや、いいけどさ。嘘じゃないし。  けど、今だけはそこに何処か救われる。自己嫌悪の先が少しだけ暖かく。 「寂しい思いをさせてごめんね? お詫びじゃないけど、これから沢山生ヘムさんを堪能してね」 「生ヘムさんって、自分で言う?」 「生ヘムさんだもん。ほら……」  唇に唇が触れる。  それと同時に、舌が口の中に割って入ってきた。荒くなる二つの息。  今なら、俺の身体に触れた汚い手達の気持ちがわかる。  縋りつきたい、流されたい。それが決して何一つ解決しない事柄でも。  それでも。何かに縋って、信じて、空っぽにしなきゃ立ち上がれない時があるだ。  見ないふりに他人を使うなんて最低なのに。それでも。  それが救いだと信じてなければ、心も体もバラバラになりそうなんだ。 「仕事頑張ったんだって? 聞いたよ、リリに」 「リリさん?」  裸のヘムさんからコップを受け取ると、俺は首を捻る。  リリさんからそんな予定聞いたことないけどな。 「珍しく空港迄迎えにきたと思ったらさ、ハチの話されちゃった」 「え、それって……」  バイトの事? リリさん、そんな事一言も言ってなかったのに。 「お陰でリリとバスと電車で帰ったよね。マジあの女、使えねぇクソヤババアだよ」 「いや、そんな言いすぎる事ある?」 「車ひとつも用意してないのに迎えだからと偉そうに私の前歩いてさ。私の知らないハチの話聞かされて、私が楽しいと思う? すげぇ昔の姉貴風吹かせてくるし、最悪だよ。ハチの事、真剣に考えてるのかって、何処のババア言葉だよって感じ」 「それは……、多分俺のせい?」  俺が、バイト続けたいとか言ったから……。 「そうね。ハチのせい」 「あ、ごめん」 「謝るのはなし。私もさ、今回の旅で色々と思う事もあったし、それが結構ムカついているんだよね」 「ムカつく?」  旅先で? ヘムさんが? 「え? 何があったん?」 「興味深々じゃん」 「まー、ね。ヘムさんがムカついても暴れないんだってびっくりしてるかも」 「あはっ。正直ー。ま、古傷を抉られた感じだからね。腹が立つ奴はもういないって奴」  ヘムさんは俺の頭を自分の肩に寄せる。 「自分の知らないところで変わられるのって、腹立つよね。正直、ハチはずーっとこのままでいて欲しい。何の不自由な事もさせたくなくて、私以外の刺激もなくて、何も知らないまま私が死ぬ時、又はハチが死ぬ時に二人揃って抱き合って死んで、血肉を溶け合わせて骨になりたい。死ぬ迄、いや、死んだ後でも、私以外の事は知らなくてもいいし、知る必要もない。そうやって囲って、ハチを殺したい。そう思ってたし、思ってる」 「……」 「お? 引いた?」 「引くって言うか、現実味あんまなくて想像できん感じ? 血肉を溶け合わせて骨になってる人、俺見た事ないからなー。よく分からんけど、同じ墓に入るって決意?」 「……ハチはそう言うところあるよねー。いいよ、それで行こう。そんな感じ」 「ヘムさんもリリさんと一緒で途中で投げ出すよねー」 「それと一緒に出来るハチもハチだよね。これでも、結構気持ち悪い告白したなって自覚はあるんだけど?」 「……ヘムさんの基準、多分人間と違うからキモいとかの前にヤバって感じだよね。いつも」 「私の事、そう思ってたの!? 嘘でしょ!?」 「否定はしんけどさ」 「いや、まず否定していこうよ。吸血鬼でも傷付くことあるんですよ?」 「否定出来ること言ってないじゃん? まー、それでもさ、それなりにヘムさんの信用してるし、頼ってるし、何だかんだで俺はヘムさんしかいないしさ、ヘムさんがそれしたいって言うなら、それするしかないと思ってるわけ。だからさ、バイトもダメっていうならやらんよ? はっきり言わんと、俺分からんよ?」  遠回しに言われても。  俺馬鹿だから、何も分からんよ。 「……そうね。私はヤダよ。バイトしなくてもいいじゃん。お金なんていっぱい私が持ってるし、わざわざハチが働いて稼ぐ事なんてなにもないよ。欲しいなら私が何でも用意してあげるし、お金だってあげる。それが嫌なら何が不満なの? って思う」 「……まー、そうなるよね。不満、現状ないし。ご飯も住むところも困らんし。逆にヘムさんの反対を押し切ってまで無理にバイトする方が可笑しいと思う」  俺はあくまでもヘムさんの気紛れで生かされている。  悔しいけど、そんな事も分からない能天気な馬鹿じゃない。何もわらない馬鹿ならいいのに。中途半端に考えあぐねく馬鹿なんだ。俺は。 「でも、バイト楽しかったんだよ。俺にも出来ることあるんだって、見つけるのが、少し楽しかったんだよね……」  俺は何も出来ない。檻の中で死んだ顔して、厄と言う名の手垢を塗られて、神様のフリしか出来ないままここまで来た。  外の繋がりなんてない。繋がり方だって知らない。  普通の生活なんて、何一つ分からない。  人間という枠組みの中にしか属せないというのに。人間にもなれない、人間擬き。  そんな事、自分が一番よく知っている。  自分の無知さに馬鹿さに何もなさに、不安が込み上げてこない日なんてない。  だから、嬉しかったんだよ。  メリさんが、仕事を任せてくれるのが。  リリさんが、俺の仕事を褒めてくれるのが。  皆んなが、お疲れ様って言ってくれるのが。  嬉しくて、楽しくて、何か自分の中に溜まるようなあの感覚が、安心が、愛おしくて堪らなかった。 「私だけじゃ不満? 楽しくない?」 「そうじゃないよ。ヘムさんといて楽しいよ。不満なんてない。けど、不安だけがどうしようもなくあるんだよ」  捨てられる。いつかくる、その日が。  その日、俺は死ぬ。けど、出来れば、ワガママかもしれないけど、出来れば。不安に押し潰された様に死にたくない。 「取り残されそうのが、怖い。俺は、人間なのにまだ人間になりきれてない。自分でもわかるぐらい、多分俺は人間が下手なんだ。でも、ヘムさんは術がわれば否応無く人間になれる。俺だけが、人間になりきれないの、ヤダな……」  俺は、その日、人間として死にたい。  でも、今はまだ無理だ。今だけじゃない。このまま俺はヘムさんとだけの中に生きてたら、おそらく、ずっと……。 「……リリにさぁ、ハチの事、どう考えてるのか言われてさ、腹が立ったんだよね。私以上にハチのこと考えてるの奴はいないし、私以上にハチの事を愛してる奴もいないわけ。いちゃ、いけないわけ」 「……いなくない? 多分、ヘムさんが俺のこと一番考えてるよ?」 「でしょー? 私以上なんてないの。いたら殺すし、存在を許すわけがないわけ。なのにリリときたらババアの如く煩いの。私はね、ハチが一番好きで愛してるの。だから、一番考えるの」 「うん。そうだと思うけど、それ、何か今迄の会話に何か関係ある?」  突然すぎん? 「さっきも言ったように、ハチは私だけでいて欲しいの。二人だけの世界でいいの。他の奴は要らないし、隙間にさえ入って欲しくないわけ。それが、リリでも、メイディリアでも」 「よく分からんけど、うん」 「私が人間になったら、ハチと一緒に死ねるでしょ? 死が二人を分かつ時も一緒。それが欲しいの」 「あー、さっき言ってた同じ墓に入るって話ね。うん、オッケー」 「びっくりする程軽いな。ま、いいけどさ。だからさ、其れ迄に私たち二人で人間にならなきゃいけないんだよ」 「うん」 「わかってるんだよ、私も。私一人、人間になった所で意味がないんだよね。ハチは、本当に私と一緒に死んでくれるの? 最後に私と抱き合って人間として死んでくれるの? 死んだ後も、私と一つになって溶けれるの?」 「え? いいよ。他に何か選択肢あんの?」  俺の命、ヘムさんのじゃん。  拾われた時からそうでしょ? 「ないね」 「でしょー? なら聞かんでよ」  何の時間だよ。 「ハチは、バイトしてる時、自分のこと人間だと思った?」  俺は目を見開き、ヘムさんを見る。 「……思った」  この人は……。 「す……、凄く、思った! 人間みたいだなって、思った! 人間みたいになれるって、思った! ただのお飾りの神様擬でも人間擬でもないっ! ただのハチっていう名前の人間だと、思えたっ!」 「そう。じゃあ、ハチ。自分の言葉覚えてる?」  ヘムさんは俺の指に自分の指を絡める。  俺は頷いた。忘れるわけない。 「一緒に、人間になろって、言った……」 「そうだね。私だけが人間になっても、意味がないんだよ。ハチも人間にならなきゃ、私達二人が生きる意味がない訳。だから、ハチ。人間になるためにバイト頑張ってよ」  ヘムさんは俺の額にキスをすると、笑ってこう言った。 「心底イヤだけど……、それは必要な事だと思うから、さ。私も人間になる為に頑張るから。二人で頑張って人間になろうよ」  赤くキラキラしたヘムさんの瞳に、自分が写る。  汚くて、弱くて、何も出来なくて、無力で、ダメで、何も無い、愚かで穢らわしい人間の俺が。  人間が嫌だと、泣いていた俺が。  それでも。 「うんっ!」  それでも、ヘムさんとなら、そんな人間になってもいいと思えるんだ。  ヘムさんとなら。 「絶対に二人で人間になろう」  俺は、犬にでも人間にでも、なれるんだ。 『今日からバイトはじめまして』      おわり。 ※お付き合い有難うございました。  バイトを始めた話はここで終わりですが、また引き続き二人の話は書いていこうと思いますので、よろしければまだまだお付き合いのほどよろしくお願いいたします。  何もなければ、次はホストの話を書こうかなと思ってます。余りBLしてない話ですが、次は甘酸っぱいBLに少し近づけるといいな。  此処まで読んで頂き、有難うございました。

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