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それから、二人で朝食をとった。澄香(すみか)は朝から店の開店準備で忙しなく動く為、朝食をしっかり摂るのが日課となっている。しかし、蛍斗(けいと)は朝食を抜く事が多いらしく、朝食以外の食事も、一人だと外食かお弁当で済ませているようで、冷蔵庫の中はほとんど空だった。かろうじてあったハムを一枚ずつ二人で分け合い、トーストした食パンにのせて食べた。食パンの賞味期限は昨日までだったが、まぁ、一日くらい許容範囲だ。 きっと食事の管理も(じん)がしていたんだろうなと、澄香はぼんやり思いながら、ダイニングにて向かい合って食事をしている蛍斗を見つめる。 顔は洗ってきた筈なのに、蛍斗の髪は寝癖が跳ねていて、思わず笑ってしまった。 「なんですか?」 まだどこか眠そうな様子で問いかける蛍斗に、やっぱり笑ったまま、「何でもないよ」と、澄香は答えた。 嘘みたいに、穏やかな朝だ。蛍斗が淹れてくれたコーヒーは温かく、胸の内まで巡ってほっとさせてくれる。 こんな朝が、明日も来れば良いのにと、澄香は願わずにいられなかった。 朝食を済ませ、澄香が後片付けをしている間に、蛍斗は着替えを済ませ部屋から出て来た。今度は寝癖もしっかり直っている。 「澄香さんはどうするんです?」 「すぐに出るよ」 「え?じゃあ、俺も一緒に」 「ううん、一人で大丈夫だよ」 そう言って片付けを済ませると、澄香は早速帰り支度を始めた。それを見て、蛍斗は慌てて澄香の側に寄った。 「どうしてそんなに急いでるんです?仕事は休みを貰ったんですよね?昨日の男から逃げる為ですか?でも、ここに居るってバレてないんじゃないですか?」 「…ここは、仁の家でもあるだろ?本人が居なくても、俺がここに来ると思うかも…っていうか、もしかしたら待ち構えてるかもしれないし」 「何だよそれ」 不可解に眉を寄せる蛍斗に、澄香は笑いかけた。 「うん、だから、ちゃんと話してくる」 「は?」 「俺の体質も、俺が|周防《すおう》の愛人の息子っていう事も、世間にバレないようにするって信じて貰えれば良いんだから」 「簡単に信じて貰えるんですか?」 「大丈夫だよ」 「それ、大丈夫じゃないだろ。もっとちゃんと考えなきゃ、」 無理して笑う澄香に、蛍斗は思わず詰め寄ったが、伸ばした蛍斗の手は振り払われてしまった。 「俺はもう迷惑掛けたくないんだよ!蛍斗はこれから世の中に出ていくんだ、俺の事が足枷になるかもしれないだろ」 「そんなこと、」 「そんな事じゃない!せっかくのチャンスや成功が潰れるかもしれないんだぞ?」 澄香の剣幕に、蛍斗は驚いた様子だ。澄香は蛍斗の表情にはっとした様子で謝り、視線を落とした。 「…俺は、色々諦めてきたから、蛍斗にはそういう風になってほしくないんだ。俺と居たら、今回みたいな面倒事が起きるかもしれない。どこで話が広がるか分からないんだし」 「…え?ちょっと待って、また別れ話ですか?」 そう問いかけられて目を逸らす澄香に、蛍斗は「分かった」と頷いた。自ら申し出た筈なのに、すんなり受け入れられてしまうのは、少し胸が痛んだ。勝手だなと自分でも思うが、これは自分の胸に留めておくので許して欲しい。 何も言葉を返せず、澄香は鞄をぎゅっと握りしめる。それでも出て行かなければと、じゃあ、と言葉を発しようとしたが、それより先に蛍斗が澄香の横をすり抜けた。 「俺が話つけてくる」 「…は?」 ぽかんとする澄香を置いて、蛍斗はリビングを出て行く。その背中を見て、澄香ははっとして蛍斗の腕を掴んだ。 「ま、待って、いいから、そんなの!」 「だってこうでもしないと、あんた安心出来ないだろ?」 「説得したって俺の体質は変わらない!それなら一緒に居ない方が良い、傷つくだけだよ!」 「何の傷?好きな人がそういう体質だっただけ、それだけだよ。大丈夫だよ、大体、獣憑きが居るくらいで落ちる会社なら大した会社じゃない」 はっきり言い放つ蛍斗に、澄香は次の言葉が出て来なかった。 周防グループのやり方にはっきり物申した事もだが、いや、それよりも。 今、好きって言った? ぽかんとしていたが、蛍斗が再び歩き出すので、澄香は慌てて掴んだ手に力を込め引き止めようとした。 「で、でも、そんな事、」 「そんな事ある。俺はあんたが好きだから、もう手放したくない。仁の所にだって行かせない」 今度は真っ直ぐ目を見て言われ、澄香はドッと胸を跳ねさせた。言葉を理解して飲み込んでしまうと、自分でも嘘みたいに真っ赤になったのが分かり、澄香は混乱して、うろうろと視線を床に彷徨させた。それから、「あ、その、えっと、」と、澄香の口からは意味のない言葉しか出てこないが、蛍斗の腕を離す事も出来なかった。 そんな澄香の反応を見て、蛍斗はすっかり気を良くした様子で、澄香の手を取った。 「行こう」 「え、え?」 「スーツの男の所だよ、まずはあいつがもう来ないように話つけにいく」 そして、澄香は蛍斗に引きずられるようにマンションの下に向かえば、そこには車が一台停まっていた。澄香が足を止めると、車の中から男が出てくる。昨日は暗くて顔は良く分からなかったが、あれが昨日のスーツ男だろうと、蛍斗は澄香の手を放すと男に向かって行った。 「け、蛍斗!」 「話があります。俺は、外崎(とのさき)蛍斗、外崎仁の弟です」 「言うなってそういう事!」 「俺が仁の弟だって知れば、向こうだって用があるだろ」 「そう思うから、言うなって言ってるんだけど!」 「はいはい、痴話喧嘩はその辺にして」 パンパン、と手を打つのは、困った顔で笑うあのスーツの男だ。背が高く、髪は黒い短髪で、澄香の監視をする位だから怖そうな人を蛍斗は想像していたが、どちらかと言えば人当たりが良さそうであり、何より軽そうな雰囲気を纏っている。故に蛍斗は戸惑ったが、澄香は嫌そうな顔を浮かべていた。 「朝早く出て来てくれて助かったよ。早く風呂に入りたくてさ、いや~周防家はこき使うよね」 「…あの」 「さ、乗って乗って!社長の家に送っていくよ」 軽やかながら早速澄香を促すスーツの男に、蛍斗はすかさず澄香の腕を引いて後ろに隠した。 「拉致るつもりか!?」 「はは、威勢のいい子だね。何か言いたい事があるんでしょ?だったら、俺じゃなくて直接本人に言わないと」 スーツ男の言葉に、蛍斗は首を傾げた。 「…あんた、どっちの味方なんだ?」 「どっちも味方だよ。だから、一度話し合うべきだと思うんだよね」 にこりと笑う彼に、澄香は困ったように、蛍斗はきょとんとして顔を見合わせた。

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