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三月十九日
その先輩は、抜群に綺麗な人だった。もう、浮世離れしてるというか。
男だけど髪は長くて、色素薄くて、細長くって、顔も掘りが深くて目元は絵みたいに奇麗だった。バンドに誘われたときも「ああ、あの有名な人がおるとこか」と真っ先に思った。
演奏よりも雑談の方がよっぽど多い集団だった。先輩は無口で無愛想でいつもすぐに帰るから、話したことはそんなになかった。同じ集団でありながらみんな彼に憧れてる、みたいな感じで。
ある日、どういう話の流れやったかな。ふと言われた。
「親嫌いやろ?」
確か、楽器屋でピックを買ってる時だった。色とりどりのピックをいくつか手のひらに乗せたまま、目をこっちに向けた。ガラスでできてる方が自然なくらいの目だ。
俺が肯定すると、ふと微笑んで、
「殺したい?」
って言った。ほぼはじめて笑顔を見た衝撃と、こんな物語のはじまりみたいな、「これは一緒に親殺して逃亡してっていうストーリー始まっちゃうんちゃうか」という期待があった。
残念ながら別に俺も先輩も親を殺すことはなかった。劇的なストーリーも禁断の恋もなかった。親の愚痴を言いあうことすらなかった。学校と家を往復しながら、いつ潰れてもおかしくない小汚いライブハウスに顔を出す日々が続いた。
ただ少しだけ仲が良くなった。お互いに、なんとなく気を許してる感じがした。先輩の透き通るような歌声はきっといつかテレビの電波に乗ると思ってたし、それを本人に伝えたし、サインももらっといた。科学の教科書の裏表紙にでかでかと。
なんで先輩が死んだのか、俺にはわからない。死ぬ前の予兆とかそういうのもなかったと思う。いつも通りに喋ったと思う。学校休みがちだったのは元々やったし。でももしかしたら、何かサインを出してたのかな。本当に止められんかったんかな。それを、未だに考える。
屋上。先輩は、どんな気持ちでここに立ったんだろう。柵を乗り越えて座り込むと、枯れた目からまた涙が溢れた。どうして俺の大事な人ばかり、いなくなってしまうんだろう。でも今死んだら、先輩のせいみたいや。センセーションなんぞにされてたまるか。死んだらあかん。死んだらあかん。呪文のように唱えた。鼻水で制服の袖がガビガビになった。夕陽を浴びる街並みがどんどん翳っていった。おなかがすいた。
がくん、と体が傾いた。咄嗟に手すりを掴んだ。情けなくてちょっと笑った。泣き疲れていて眠たい。うん、疲れた。疲れたなあ。死因、疲れたってことでええかなあ。
もう一度先輩の歌を聴きたい。春の風のなかを、落ちる。
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