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第1話 スカウト
日払いのバイトが終わって、少ない日給で何を食べようかと、リョウタは作業着の埃を叩いて路地を歩く。
ここは、貧困層が住む町。
物価は安いが治安は悪い。喧嘩や、呑んで潰れた人、年老いた娼婦が手招きしてきたり、子どもがお金を誰かから引ったくって逃げる光景。
「待ちやがれっ!!」
ぼんやり歩いていると、前から怒号が聞こえ、顔をあげる。必死の形相で走ってくる子ども。
(見逃したいけどな)
足を引っ掻けて子どもを倒す。
「離せっ!離せよ!やっと手に入れたお金なんだ!」
「それは人の物だ。」
「こんのクソ餓鬼が!!」
追いかけてきたおじさんの振り上げた足を掴む。
「金は返す。だから許してやってくれ」
「ふざけるな!この餓鬼は毎回ここで盗みを繰り返している!俺がやっと薬を売り捌いた金だ!」
「薬は違法だ。」
「うるせぇ!法なんか守ってたら餓死するだけだ!法は俺たちゴミに向けて作られた物じゃない。天下のお金持ちが気持ちよくのうのうと生きるためのくだらねぇ決まりだ。守る義務はねぇ!」
おじさんはボロボロの服から袋に入った粉を見せた。
「お前にも売ってやろうか。捕まえた礼だ、安くしたらぁ」
子どもが逃げようとするのを抑え込む。おじさんに向かって首を横に振り、もう一度見逃すように言い、子どもが奪った金を返した。
「殺される…っ、殺されるっ」
金を返した瞬間、ガタガタ震え出した子どもに、おじさんは少し驚きながら去って行った。
「今日までに、12万って約束したのに…足りないっ、足りない」
顔面蒼白で泣き出した子どもに、ポケットのお金を確認した。
「あといくらだ?」
「8万…っもう無理だ…っ、さっきのお金は13万入ってたんだ!なのに、なのにっ!」
ガリガリと地を引っ掻く子ども。爪からは血が流れる。
(俺の日給じゃ半分もたりない…)
ザリッ
近くで足音が聞こえ、顔を上げると、周りがざわざわとしはじめた。
「おっかねぇ…あいつら何をしたんだ」
「あの青年じゃねぇさ、子どもだよ」
「あんな幼いのに可哀想」
人集りができてきて不思議に思う。路地からわらわら出てきたのは、如何にも、な人達。
「ひいっ!!」
「坊主、約束の時間だ。金を出せ」
「あ、あったんだけど、こいつに盗まれたんだっ!」
「えぇ!?」
いきなり責任転嫁され慌てて男を見る。上等なスーツを着て強そうな出立ち。ニヤついているのに怒りが見える。
「話にならん。殺せ」
そう言った瞬間、待機していたチンピラが一気に向かってきた。
(あぁもう!!お腹すいたのにっ!!)
子どもを路地に突き飛ばして、相手を確認する。
(8人…いける。)
スピードには自信があった。
この町で育ち、施設を出て独り立ちしてからはこんなことばっかりだった。
喧嘩を売られて、無視すればチンピラが囲む。
生きるために、仕方なく実践を繰り返すうちに、だんだん自分が人と違うことに気づいた。
(おっそいなぁ…)
リョウタには、向かってくる人達がゆっくりに見えた。動体視力なのか、その視力に身体がついてくる。全員を怪我しないように急所を打ち、気絶させて息を吐く。
ドサッ ドサッ
伸びっぱなしの黒髪から汗が滴れる。
「はぁ、はぁ、はぁっ」
パチパチ
いきなり拍手が聞こえた。人集りの視線がそこに注がれる。
「すごーい。1人で8人を!いやぁお見事!」
ニコリと笑う、優しそうなサラリーマン。
少しふわりとした癖のある茶髪。細身のスーツがよく似合い、スタイルが良い。
リョウタは首を傾げると、人集りが一気にひらけた。
「うわぁ、あいつ…!!」
「川崎組を壊滅させた…」
スーツの男は目を見開いて銃を取った。
「さ、桜井アサヒ!なぜ貴様が!?」
「いやぁ?ここは通勤路だから。お祭りかなーと思ったら…いいものが見れた。」
「近づくな!これ以上近づくと撃つ」
「どっちでもいいよ。お前に興味はない」
桜井アサヒは、リョウタに近づくとニコリと笑った。
「こんばんは。君、俺のところに来ない?」
「へ?」
「お仕事は何してるの?」
「えっと…日払いで…作業員とか、警備とか、鳶職とか…」
「そう。なら俺が雇ってあげる。寝床も用意するし、3食付き。まぁ…命懸けのお仕事だけど、その分給料も保証するよ。」
「えっ!?本当ですか?」
今のゲストハウスは、リョウタが仕事から帰ると、作業場の匂いで隣の人から文句を言われていたのを思い出した。
「おい!何を勝手なことを!!こいつは今俺が殺す!邪魔すんな!」
「邪魔はお前だよ。うるさいな」
パンッ!!
ドサッ…
「「ぎゃー!!死んだぞ!!殺した!あいつがやったんだ!!」」
人集りが散っていく。
「…死んでないし。足に当たっただけだ。」
桜井アサヒは呆れたように人々を見た後、またニコリとリョウタを見た。
「どうかな?」
(いつ…撃ったんだ…?全く見えなかった…)
喉がなる。感じたことのない緊張感。
笑っているのに、怖い。綺麗な色素の薄い茶色の目がずっとこちらを見てる。透き通る白い肌のせいで、この威圧感さえ、気品があるように感じた。薄い唇が笑って、リョウタのごわごわの黒髪を撫でた。
「まぁまぁ。適性を見てから正式に雇うか決めるから、無理なら辞めていいし。お腹すいてない?美味しい食事を出してあげる。」
立ち上がり、リョウタの腕を取ると、行こうか、と笑った。それを見ていた、先程の子どもが走ってきて桜井アサヒにしがみついた。
「俺も連れて行って!雇ってよ!」
「やだよ。お前は使えないから。足手まといの駒はいらないんだ。」
「借金があるんだ!なぁ!頼むよ!お前強いんだろ?お前のところにいれば借金取りはこない!」
「可哀想に。頑張りなよ?」
「ぅう…っ!助けてくれないなら用無しだ!死ねっ!!」
ナイフを出して向かってくる子どもに、やめろと叫ぶ。敵うはずがない、死ぬかもしれないと。
桜井アサヒは手を挙げた。
そして、その後子どもの真正面に立つ。
ザクっ…
「くっ…」
子どもはそのまま倒れ、地面が真っ赤に染まる。
「考えが甘い餓鬼は嫌いなの。ごめんね」
(何が…起こったんだ…?)
目のいいリョウタでさえも追えなかった。いつのまにかナイフは子どもに刺さっている。
あ、自己紹介、と笑うこの男が怖かった。
「俺は桜井アサヒ。隣町の俺のシマにアジトがある。まぁ…反社会組織ってやつ。ボスは俺だから何でも聞いてね」
理解する前に行こう、と腕を引かれ、リョウタは引っ張られるままついて行った。
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