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第42話

 物語上でテレビドラマで表される恋愛という括(くく)りだなんて、くぐり抜けている最中はそれと気付かない極彩色の景色と同一化しているのだと藤巻は思うが、だけれどやはり彼は何も言わない。外部には決して認識されない。内省(ないせい)が渦巻いて「現代人のかたくなさを端的に象徴しているように見えなくもないクリーム色の」壁材にそっと触れ、また新しい傷が付く。  ――そしてそれは拒絶でも孤独でも自虐でもなかった。何も言わない玲也に、藤巻は変わらず笑いかけ続ける。ボタニカル柄が日常に絡まって、いつしかほぐれて飛び去って行く。それまで。  ゆるゆると動かしていた腰は明確に彼の弱い所を突き、次第に喘ぎなのか啼き声なのかわからない単語だけが彼の口から漏れ始めた。 「はひ、ァ……ぁあ! ぁん」 「玲也さん、好き、好きです」 「んんッ、ぁっ」  通じているのか定かではない彼のうわ言も全てが愛おしかった。  激しく腰を打ち付ければそれに呼応して彼も揺さぶられるまま喘いだが、もうそれに気を配れる余裕はなく、溢れ出す腸液の滑りを借りて前立腺を突くと、一気に締まりが良くなった。その締まりと共に彼の腹に白い精液が吐き出され、藤巻自身も彼の中にそのまま欲を吐き出した。 「はっ……中、出した?」 「はい」 「良いの?」    「良いですよ。孕んでも全部責任を持ってあなたと子供を愛します」 「っ、ありがとう」  涙交じりの破顔した表情を向けられ笑みを返す。  彼を好きになって良かった。  この出逢いに感謝しながら夜は静かにふけていった。  淡い恋慕は始まったばかりで、寂寥も愛情も憐憫も我々の間にわだかまっている空間の間でちっとも纏まらないままだが、それで良かった。  ――今、今まさに閉ざされた過去が瓦解したのだ。    時津玲也にとってもまさに搔き集めてやっと得られた幸福の形だった。だから、それは彼の奔放な自由というもの、それを閉ざす本質的な理由にはならないんだと玲也は察した。  幸せなど一生訪れないと思っていた過去の産物。一人きりで過ごした学生時代の孤独は埋められた。  社会に出ても一人を好んで誰も寄せ付けなかったのをあっさりと破り目の前に訪れた彼の存在がなければ一人で孤独の闇に沈んだままだったに違いない。  大切な物は大概失った後に気付くものだが、その隠された、自分にとって有意義なものが転がっていると知ったのは今になってだった。  とても遠回りをした人生だった。  自分を苛んだ過渡期はとうに去った。  勿論今だって怖いものは沢山転がっているが、怖いものを怖いとおののいているばかりではいけないと知った。それは映画で見るような非現実的などこか時代錯誤した決定的に過ぎ去ったものと同類のものだった。  例えるならばトレーシングペーパーと同じくらいの薄さで隔たれたリアル感に過ぎないと思う。    一度不幸を味わった思いでここまで来た。  ここまでやって来れた。    何だか高貴気に微笑んでいる彼の存在に安穏さを想起させられる。  思春期などとうに過ぎ去ったが、ビビッドな色合いをした道を彼と共に歩んで行くのだ。  拾いながら進んで行く。ジジっと蝉が鳴いて夏の到来を知らせていた。  その真っ只中、未来の自分の人生が割り合い悪いものではないと玲也は思った。この感情に名前を付ける方法をまだ知らない。 完

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