レリエルがアレスに片手をかざした。 　その手からアレスに向けて、呪殺の思念波が放たれる。 「くっ……」 　強い衝撃を感じ、アレスは胸を押さえた。鋭い痛みが走る。最奥にある大切な部分を傷つけられた感覚。 　……だが。 　レリエルが驚きの表情を浮かべた。 「死なない！？」 「ふう、今度は気絶しなかったな。ヒルデのとこでの訓練が効いてるな」 　アレスが冷や汗を垂らしながら笑みを浮かべた。 　これなら、行けそうだ。 「そ、そんな、魂(セフィロト)攻撃で人は即死するはずなのに！」 「じゃあこっちも行くぜ！」 「バカめ、お前たちの攻撃なんて天使には効かない！ 　——霊体化防御(エクトプラズマイド)！」 　レリエルが両手の指を合わせて三角の印を結んだ。 「出たな例の無敵化防御術、だがっ！」 　アレスはレリエルをじっと見つめた。訓練をしっかり思い出す。多くの小動物を犠牲にして開発した、霊眼。犠牲が無駄になっていないことを祈った。 　アレスの視線にたじろぎ、レリエルの瞳が不安げに泳いだ。 「な、なんだ……？何をする気だ！」 　アレスの目に映るレリエルの姿が、水面に映る像のように揺らいだ。揺らぎの中に、十の光の玉が見えてくる。 　白く輝く十個の光が、セフィロトの樹の形に並んでいた。 　セフィロトの樹はくるくると規則正しく回転している。まるで自転する地球のように。 　ヒルデの解説が脳内に蘇る。 『全ての生命体の魂は、十個の光る玉の形を取る。いわゆるセフィロトの樹、生命の樹と呼ばれるものは、強力な霊能者が見た、魂の姿を模写したものなんだ』 　肉体の中に精神があり、精神の中に魂がある。 　魂、それは生命の最奥に宿るもの。 　生命の本体。 「……捕らえた」 　アレスの両目の瞳の上に、今はっきりとセフィロトの樹の図形が浮かんでいた。 　霊眼が、開いた。 　アレスは手にためていた殺意の念を、呪術形式に展開する。レンズのように空間を歪ませる透明な球体が、手の中に発生した。 　手を突き出し、放つ。 「破魂(クリファ・セフィラ)！」 　透明な球体はレリエルの「セフィロトの樹」めがけてまっすぐ直進、それを貫いた。 「つっ……！」 　レリエルの表情が苦しげに歪んだ。アレスはよし、と拳を握る。 「どうだ！」 「痛っ……！に、人間のくせに魂(セフィロト)攻撃だと！？」 「残念、死ななかったか」 　しかしアレスの霊眼に映る、レリエルの十の光の玉の一つが、弱々しく点滅し始めていた。 　レリエルはアレスを睨め付ける。 「これくらいで死んでたまるか！」 「鼠みたいにはいかねえな。だが、繰り返せば、どうだ？」 　アレスの言葉に、レリエルは不敵な笑みで応答した。 「それはお互い様だ！お前の魂(セフィロト)も、攻撃を繰り返せば、どうだ？」 　アレスの頭の中で、再びヒルデの解説が回る。 『生命体は、魂を構成する十の光、すなわち魂構成子(セフィラ)を全て破壊すれば死ぬ。普通の人間の魂はきわめて無防備だから、ひと突きで全壊する。だがお前は無意識に自らの魂をガードしているのだろう。これからはより意識して守れ』 「じゃあ試してみるか！」 「望むところだ！」 　攻撃は同時に始まった。レリエルがアレスに片手を突き出し、叫ぶ。 「魂構成子(セフィラ)、十分の一破壊！」 　その手から思念波が発せられ、アレスに直撃した。強烈な激痛と共に、アレスの脳内で、パリン、と何かが割れる音がした。 「こ、これが魂構成子(セフィラ)が壊れる音か！ふん、一つくらい……！」 　即死条件は十の魂構成子(セフィラ)が破壊されること、だ。 　死にさえしなければ、破壊された魂構成子(セフィラ)は時間で回復するとヒルデに説明されていた。 　つまり最悪、最後の一つになっても生き残れるのだ。とはいえ残り一つの状態になると気絶し行動不能になるので、最低二つは残しておかねば勝てないだろう。 　アレスはくるくると回転する十個の光の玉、レリエルの魂をしっかりと目に捉えた。 　両手を突き出し、強力な念を送る。さっきよりもずっと強く。 「大破魂(メガ・クリファ・セフィラ)！」 　先ほどは手のひらサイズだったが、今度は直径一メートルはある球体が発生し、レリエルの魂を直撃する。 　強烈な呪殺の熱に照射され、三つの光の玉、魂構成子(セフィラ)が砕け散った。 「くあっ……！」 　レリエルの体が雷撃を受けたように痙攣した。震えながら腹を押さえ、アレスを睨め上げる。 「バカな、一発で……三つ同時破壊っ……！？」 　アレスはくっと口角を上げる。勝ちを確信した。戦い方さえ分かれば、想像していたより天使は弱い。 「まだ元気そうだな、結構タフじゃねえか」 　アレスの余裕の軽口に、レリエルが唇をかむ。苦しげに手をかざし、放つ。 「……魂構成子(セフィラ)、十分の二破壊！」 　パリンと割れる音と共に、アレスの呼吸が一瞬止まった。二つ目を破壊された。斧で切りつけられたような激痛が走った。アレスは痛みを懸命に堪え、両手を突き出す。ぐずぐずして足元を掬われてはならない、一気に片を付けねば。 「くっ……。もう一回……三つだっ！」 「なにっ……！」 　大破魂(メガ・クリファ・セフィラ)を再び放った。 「もらった！」 　レンズのように空間を歪ませながら、透き通る球体がレリエルの魂(セフィロト)を射抜く。 「あああぁっ！！」 　レリエルが悲鳴と共に、その場に崩れ落ちた。 「くっ……つあっ……！うあああっ……！頭が、割れるっ……！」 　レリエルは横向きに倒れ、両腕で頭を抱えた。滝のような汗を流して、激痛に耐えている。眉間にしわを寄せ、息も絶え絶えに言う。 「そ……そんな……なんで人間がこんな？い……きなり六つも……魂構成子(セフィラ)を破壊されたっ！」 　一方、大(メガ)級の魂(セフィロト)攻撃を連発したアレスもまた、体への負担ではあはあと呼吸を荒くしていた。 「も……もう、穴ぼこだらで後がないぞ、お前の命……！」 　レリエルはよろめきながら立ち上がり、アレスをにらみつけた。気丈に振舞っているが、全身が震えており、ぎりぎりの状態であることが分かる。 　あと一息で殺せそうだ。 　だがその時、アレスの胸がちくりと痛んだ。 　……やり過ぎただろうか？ 　いやしかし、相手は天使だ。アレスはずっと天使を殺したかったはずだ。 　この最も憎悪すべき、恐ろしい虐殺者たちを。 　レリエルはじりじりと後ずさり、死の霧をちらりと見た。 「悔しいが、ここは結界の中に……神域に撤退して、破壊された魂構成子(セフィラ)を回復させねば……。そしてイヴァルト様に報告を……！」 「私に何を報告すると言うのだ、レリエル？」 　頭上から声が聞こえ、レリエルははっとして見上げた。 　男の天使が宙から降り立つところだった。銀髪を肩まで伸ばした、容姿端麗ではあるが、冷たい眼差しを持つ男。 　飛んできた男に、アレスが舌打ちをした。 「仲間が来たか！」