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第16話 レリエルの回復(2) 拷問と実験

 ヒルデが寝室に入って、十分が経過した。  アレスは居間のソファで、落ち着きなく手をもんだり足を揺すったりして待っていた。  がちゃりと音がして寝室のドアが開いた。  アレスはソファから飛び起きた。 「早いな!もう終わったのか!?どうだ!?」  ヒルデはふん、と鼻を鳴らした。 「そこまでの一大事じゃない」 「だ、大丈夫ってことか?」 「死にかけは死にかけでも、不治の病に侵されてるわけではない。ただ異様に疲労している。滋養強壮薬と気付け薬を飲ませて、手かざしで疲労回復魔法をかけてやった。三日間の睡眠も効いている。じきにすっきりした顔で起きて来るだろう」  アレスはヒルデの両手を取りぐっと握り締めた。 「すげえよお前は名医だ!さすが宮廷魔術師だ!」 「手を離せ大げさな。茶くらい出せんのか貴様は」 「あ、ああ、すまんすまん!」  ヒルデは安物のソファにどかりと腰をかけ、アレスは狭い厨房から茶を持って来た。 「で、どういうことなんだ?あの小さい羽の天使はなんだ?」  茶を受け取りながら、ヒルデが問いかける。 「うん、実はな……」  アレスは経緯を説明した。ヒルデは無言で最後まで聞いていた。 「……なるほど。いろいろ興味深いな。神域か」 「やっぱりそこに興味を持ったか。カブリア王国のことを神域と呼んでるみたいだ」 「他の天使は神域、つまりカブリア王国を離れられないと言ったんだな。あの少年は例外として」 「ああ、帝国や周辺国にとっては朗報だろうな」  ヒルデは考え込むように顎に手をやった。 「『天界開闢』とはなんだ……?」 「どういう意味か、さっぱり分からねえ」 「まあ、その辺は尋問して聞き出せばいい。帝都自慢の刑場内に拷問器具がいっぱいあるだろう」 「お、おい!」 「騎士団のほうで情報を絞れるだけ絞ったら、俺によこすようにキュディアス団長に頼んでおこう。実験研究のチャンスだ、調べたいことはいくらでもあるぞ。まさか生きた天使が手に入るとは思わなかった」  ヒルデが嬉しそうに手もみした。 「待ってくれ、ヒルデ、俺は……拷問とか実験とか……そういう風には……」  歯切れの悪いアレスに、ヒルデが意地悪い表情で問いただす。 「どうしたアレス。天使を拷問して実験に使って何が悪い?まさか天使に情が移ったんじゃあるまいな?」 「……」  無言のアレスにヒルデはため息をつく。両手を組んでひじをテーブルに載せると、諭すように言った。 「頼む、自覚してくれアレス。お前にしか天使は殺せない。お前は人類唯一の希望なんだ」  アレスが苦悶の表情でうつむいた時。 「拷問と実験だって?」  アレスとヒルデは、はっとしてソファから立ち上がり振り向いた。  寝室のドアが開き、レリエルが立っていた。昏睡中にアレスに着せられた、だぼだぼのシャツとズボンを身につけている。 「レリエル!良かった回復したんだな!お前三日も寝てたんだぞ!」  レリエルは肩まで伸びる、紫がかった金髪を後ろで一つに縛りながら、つっけんどんに返す。 「下界の汚い空間に慣れるのに三日かかったんだ」 「そうか、目覚めて良かった」  レリエルに歩み寄り、優しげに目を細めるアレスを横目に見て、ヒルデはあきれ顔で首を振った。 「俺が助けたんだぞ、第一声は礼であってしかるべきだ。それとも天使にはありがとうって単語はないか」  レリエルは皮肉な笑みを浮かべた。 「拷問と実験のために助けたんだろう。ふん、どうやってそんなことするつもりだ?僕は天使、簡単に人間を即死させることができる!」  ヒルデが片側だけ口の端を上げて応じた。 「ああ、俺には難しいかもしれないな。他の人間にも。だが、ここにいるアレスなら君をどうすることも可能だ。君はアレスと戦い負けたんだろう?」  レリエルの顔が強張る。  アレスを見上げ、掠れ声を出す。 「へえ、そう。そういうことなんだ……。あんたが僕を拷問するの……」  アレスは慌てふためいた。 「おい待てよヒルデ!俺は一言もそんなこと言ってないだろ!」  ヒルデは悪びれもせず、腕を組んであさってのほうを見ている。 「いいよ、正直に言えば?僕を捕獲できて良かったね。僕をどんな拷問にかけるんだ?僕のどこを調べてどんな実験をしたい?」  レリエルは皮肉な口調で言う。口元に笑みを浮かべているが、その目は怒りと悲しみに染まっていた。  アレスは思わず、レリエルの両肩を掴んで声を荒げた。 「かんべんしてくれ!俺は拷問も実験もしねえ!俺はただ、レリエルを助けたかっただけだ!」  アレスの剣幕に、レリエルが戸惑いの表情を浮かべる。 「う、嘘だ……」 「頼む、信じてくれ。俺は本当に!」  言いかけてアレスは、はっと顔を上げた。  アレスの視線の先に窓がある。その窓に「いる」モノを凝視した。  ヒルデが怪訝な顔をする。 「なんだ?どうしたアレス」  ヒルデとレリエルも窓の方に振り向いた。  ヒルデの口があんぐりと開けられる。 「なんっだ、あれは!!」  窓にはめられた木の格子に手をかけ、明らかに人外の存在がこちらを覗いていた。  人影がそのまま立体化したかのような闇色の体、赤く光る目。  ちなみにここは四階である。  レリエルが上ずった声を出した。 「死霊傀儡(しりょうくぐつ)!」

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