「死霊傀儡(しりょうくぐつ)！？なんだそれは！」 　アレスの問いにレリエルが答える。 「人間の死体と死魂を加工して作られた、天使の使い魔だ！」 　ヒルデの表情が嫌悪に歪む。 「貴様らは死んだ人間を利用してこんな化け物を作り出すのか！？なんとおぞましい外法を！死者への冒涜だ！」 　死霊傀儡がくぐもった声を出した。 「グゲゲゲゲ……れりえる……あれす……ミツケタ……！！」 　バリバリッ、と音をたてて窓の木格子が破壊される。物質化した人影のごとき化け物は、窓からどさりと部屋の床に降り立った。虚ろな口からは鋭い牙が覗き、その手には長いかぎ爪が生える。 「裏切リ者れりえると、チカラヲ持ツ人間あれす……神ノ裁キヲ……」 　死霊傀儡は赤い目でアレスとレリエルを見比べながら、ゆらゆらと近いづいてい来た。 「なるほどな、俺たちへの追っ手ってわけか！」 　言ったアレスは既に、壁に立ててあった神霊剣を手にしていた。悪霊退治用に清められ鍛えられた特殊剣である。騎士の装備品の一つだ。 　金切り声のような恐ろしい咆哮と共に、死霊傀儡が襲いかかってきた。 　アレスは振り下ろされたかぎ爪を剣で弾き、胴のあたりに横薙ぎに払った。手ごたえあり、死霊傀儡は甲高い悲鳴をあげ後ろに飛びのいた。 　アレスは神霊剣を両手で握り、振り被りながら死霊傀儡に飛びかかる。 　そして思い切り振り下ろした。重さを込めて。 　すっぱりと影のような体が切断された。 　ヒルデが口笛をひとつ吹く。 「さすが、腕はなまってないな。だが……」 　切断され二つに分かれた闇色の体は、汚泥のようにどろどろに崩れたが、消失せずぐにょぐにょと動いている。 「くそっ、どういうことだ！ただの悪霊ならこれで霧散するはずなのに！」 　顔をしかめるアレス。目の前の真っ黒いどろどろした二つの塊は、床をはいずり始めた。まるで自分の半身を探すかのように 　レリエルが進み出た。 「このままじゃまたくっつく！傀儡魂(ギミック・セフィラ)を破壊するんだ、どけ！」 　レリエルが死霊傀儡にむかって腕をさしだした。魂(セフィロト)攻撃を加える。 　三発の攻撃を打ち込んだところで、十個の傀儡魂(ギミック・セフィラ)全てが崩壊した。 「シュアアアアアアア」 　沸騰する湯のような異音を出して、死霊傀儡は消し炭のように消失した。 　後に残ったのは、室内に散乱する窓格子の残骸である。 「やった……！魂(セフィロト)攻撃三発でやれるのか、人間よりは頑丈だけど天使よりはもろいってとこだな」 　アレスがそう言いながらふうと息をついた。 　レリエルがつぶやく。 「イヴァルト様の追っ手だ。天使はここまで来れないが、死霊傀儡なら可能だ」 　ヒルデが肩をすくめた。 「やれやれ、帝都に謎の化け物出現、か。天使襲来から一年半、やっと人心も落ち着いて来たのにな」 「……俺のせいかな？これ結構まずいよな？」 「まずいなんてもんじゃない、最悪だ。とにかくその天使を連れて城に行き、今の化け物への対策を考えるしかあるまい。騎士団長に報告だ。貴様の死にかけって手紙はキュディアス殿にも見せたからな、心配されてるだろう」 「レリエルを城に……」 　アレスはレリエルを見遣る。それしかないのは分かっていた。 　ここでレリエルを逃し、人間たちの世界に放逐するわけには行かない。 「いいよ、行ってやるよ」 「ほ、本当か？」 　 　あっさりと承諾されて、かえってアレスが驚いた。 　レリエルは小首を傾(かし)げた。 「僕は天使に追われる立場になった。行くあてもないし、ついて行ってもいい。別に人間なんて怖くないしな。お前にだけ気をつけてればいいんだから。お前が変な気を起こしたら、僕はすぐに逃げる自信がある。とりあえず今は、死霊傀儡のほうが怖い」 「俺にだけに気をつけてれば……」 　レリエルの言葉に、アレスの口許が緩んだ。 「そっか、言われてみればそうだな、お前にひどいことできるのは俺だけか……。俺の言葉、信じてくれたんだな？」 　アレスは嬉しそうに言い、レリエルが眉間にしわを寄せる。 「はっ！？そんなこと一言も言ってないだろ」 「ありがとな、俺を信じてくれて！」 「いやだから……！」 　ヒルデが小さく舌打ちをした。 「どうも貴様らの会話の流れが気に食わんが……。まあいい、決まったな、行くぞ城に」 　アレスはうなずいた。 「ああ！行こう、レリエル」 ※※※