その宮殿は、壁も床も天井も、全てが白水晶に似た不思議な素材で出来ていた。 　半透明の白い氷のようで、ところどころに虹色の光彩を含む、未知の物質。 　王者のような威風を持つ天使が、宮殿の白亜の階段を昇っていく。 　凛々しくも大変な美貌の男である。 　ウェーブする長い髪は、陽光のように輝く金髪。薄い琥珀色の瞳は幻想的で、かつ威厳と気品に溢れている。 　その彫像のように引き締まった長身を包むのは天使の兵服ではない。たっぷりと垂れ下がる飾り袖に、裾は床を引きずるほど長い。その素材には真珠のような光沢があり、きらめく刺繍が繊細に施さている。 　兵服を着ていないのは、上級天使の特徴である。背中のスリットを通された羽もまた、他の天使たちと違う。 　無色透明ではなく、純白の羽だった。 　純白の羽は輝くヴェールのように背中から垂れ下がっている。 　階段を昇りきったその男は、大きな出窓前の椅子に腰掛けている、黒髪の男に声を掛けた。 「ここにいたか、サタン」 　全面が空色に染まった窓の外を見ていた男が、振り向く。 「ルシフェル」 　サタンと呼ばれた天使は、純白の羽の天使――ルシフェルと瓜二つだった。 　襟足長めの癖のある黒髪に包まれた顔つきはそっくり同じで、色違いの黒い長衣に身を包み、背中の羽は漆黒だった。 　二人は双子である。長い金髪に純白の羽の兄、ルシフェル。黒髪に漆黒の羽の弟、サタン。 　 　サタンは窓辺についた肘の上に物憂げにあごを載せ、再び視線を外に向けた。 「下界を見ているのか？」 　ルシフェルも問いながら窓辺により、外を見つめる。 　眼下に広がる、カブリア王国を。 　彼らのいる天空宮殿から、王国の街並も森林も丘陵も、まるで玩具のように見えた。 「少し考え事をな。霧に閉ざされた王国……。もう見飽きてしまった」 「それも今だけだ。程なく我らはこの穢れた下界を全て浄化し、天使としての使命を果たす」 　ルシフェルの言葉に、サタンは口角を上げる。 「そうだな。……分裂は順調か？」 「問題ない、既に分化は完了した。孵化は予定どおりだろう」 「次元上昇の時は近いな」 　サタンの言葉にルシフェルは深くうなずいた。その美しい横顔を、窓からさす光が青く照らす。 「全ては、天界開闢の摂理どおりだ」